第四十章 天使がいないところに預言者はいない その三
ミカエル荘の食堂でユリアと京大生の二人はポテトチップスをつまみながら駄弁っていた。
「でも、ほんとに二人は学校行かなくていいの?」とユリアが呆れたように、仁と紫紋先輩に言った。
「ユリアちゃんが生徒会長になる言うてんのに、大学なんかに行ってられるか?」と紫紋先輩。
「ちょちょ、決まってないし、立候補するなんてわたし言ってないし」とユリアが紫紋先輩の発言を否定する。
「それはないでしょ、だって、みんな凄く張り切ってたじゃん」と仁。
「おかしくなってるんだよ、みんな・・・クラスで除け者のわたしが生徒会長になれるわけないっしょ!」とユリア。
「いや、なれるでユリアちゃん。俺やったら絶対、ユリアちゃん応援するもん」と紫紋先輩。
「僕もユリアちゃんに一票!」と仁が言う。
「はぁぁぁ・・・なれるわけ無いでしょうが・・・」とユリアがテーブルに突っ伏す。
「ユリアちゃん、クラスで除けモンにされてるとか関係ないで・・・今は、ネットや、インターネットの世界で評判取ったモンの勝ちや」と紫紋先輩。
「そうだね、紫紋先輩の言う通り・・・アキラ君に相談してみれば?」と仁が言う。
「それや、仁!それええわ、決まりや!」と紫紋先輩。
「決まりじゃないし」とユリアが半開きの目線を紫紋先輩に向ける。
すると廊下から足音が聞こえ、マクガイアが食堂を覗いてきた。
食堂にいるユリアと京大生二人を見留めると。京大生の二人に護衛を代わってもらったことの礼を言い「弟を連れてきました」と三人に告げた。
「テオ・マクガイアです」とテオが食堂を覗いて、拙い日本語で挨拶する。
「教区長へ挨拶したら、また来ます」と言ってマクガイアとテオの二人は階段を登って行った。
「似てなくない?兄弟なのに・・・弟さんフサフサだったよね」と笑うユリアに「そこちゃうやろ!」と紫紋先輩。
「あれ、テオ・マクガイアや!」と紫紋先輩がユリアに言って聞かせる。
「いや、知ってるし、そう言ったし」とユリア。
「わかってへんやろ。Chatolの開発者でCEOのテオ・マクガイアやないか!」と紫紋先輩。
「そうですよね!やっぱり。びっくりした」と仁が言う。
「えっ有名人なの?」とユリア。
「めっちゃ有名人で、大金持ちです」と仁。
「そういえば、前にマクガイア言ってた。弟がコンピューターでめっちゃ成功してるって」とユリアが思い出して言う。
「まじでぇ」と騒いでいるとアキラがひょっこり顔を出した。
「こんちわ、皆で何話してるんスカ?」とアキラ。
「おお、ちびっこハッカー。ええとこに来たな」と紫紋先輩。
「その呼び方、止めてくださいっていいましたよね」とアキラが嫌そうな顔で言う。
「まあ、ええがな、座れ座れ」と紫紋先輩が自分の隣の椅子を引く。
「マクガイアさんは、いないんですか?ちょっと話をしたかったんですけど」とアキラ。
「それやがなアッキー」と紫紋先輩。
「その呼び方も止めてくださいって言いましたよね」とアキラ。
「マクガイア神父の弟さんが来てるんだよ」と仁がアキラに耳打ちする。
「フッサフッサなの受けるっしょ?」とユリア。
「それが〜、マクガイア神父の弟、誰やと思う?知ったらびっくりすんで」と紫紋先輩。
「テオ・マクガイアですよね」とアキラがあっさり答える。
「知っとったんか〜い!」と紫紋先輩が大げさに体を仰け反らせて言う。
「テオ・マクガイアが来てるんですか?」とアキラが確認する。
「チャンスだよアキラ。売り込んじゃえ、売り込んじゃえ。世界のChatolに入社でアキラ、キッラキッラの人生迎えちゃいなよ!」とユリアが楽しそうにアキラに言う。
「ははは」と調子を合わせて笑ったアキラは「そうだ、用事思い出しました・・」と席を立とうとする。
「なんでや」とアキラを引き止める紫紋先輩に「用事なんてないし」とユリアが被せる。
「もしかして知り合い?」と仁が尋ねる。
3人を見渡して、ううっとうなだれるアキラの後ろを、マミがお茶をお盆に載せて食堂を出ていった。
マミは教区長の部屋の扉をノックして「お茶をお持ちしました」と声を掛けた。
シスター杉山が部屋の中から扉を開けて、お盆を受け取った。
シスター杉山がテオ、教区長、パウロ、マクガイアの順でお茶を出し、最後の湯呑みを両手で持って自分の膝の上で抱えた。
「常々、教会にご寄付を賜っているのに、今回もまた多額の寄付をいただき、なんとお礼を申し上げてよいやら。本当にありがとうございます」とアントン・モーヴェ教区長がテオに礼を言う。
「金持ちが天国に行くのは、ラクダを針の穴に通すより難しいと言うじゃないですか。私も天国に行きたいので、できるだけ寄付させていただきました」とテオ。
「すばらしい、お心がけです」とアントン・モーヴェ教区長が頷いて「この度は、お仕事ですか、それともプライベートで?」と尋ねる。
「公にはできない仕事ですね。日本の政治をDX化するにはと相談を受けまして・・・」とテオが曖昧に答える。
「宇津奈議員です」とマクガイアが言う。
「兄さん!」とマクガイアを咎めるようにテオが言う。テオは諦めて続けた。
「そうなんです・・・宇津奈議員に相談されまして、こちらにもお見えになったようですね?」
パウロがマクガイアを睨む。
「ええ、お越しになりました。その時も公にできない仕事の話でした」とアントン・モーヴェ教区長は答えた。
「宇津奈議員をどう見ましたか?」とテオの人物評を聞きたいとアントン・モーヴェ教区長は言った。
「そうですね・・・野心家です。非常に賢く、また、手を汚すことも厭わない人物と見ました」とテオは実際に感じたことをそのまま言った。
「善か悪かでいうと、どちらの人物と思われますか?」と尋ねる。
アントン・モーヴェ教区長は自分が宇津奈議員に感じている違和感というか、危うさをテオがどう見たか知りたかった。
「善悪はわかりませんが・・・有能であり、今後、日本の政界で強力な影響力を持つでしょう。貸しを作っておいて損はないと思いますよ。そのへんは、周到に立ち回っていらっしゃるようですね」とテオは核心を避けて答えた。
パウロがマクガイアを睨む。
「教区長、下の連中に弟を紹介したいと思います。よろしいでしょうか?」とパウロの目を撥ねつけてマクガイアが言う。
「ああ、それがいい。テオさん、人工知能に関して、また改めてお話を伺えるとありがたいのですが、いかがでしょうか?」とアントン・モーヴェ教区長。
「もちろんです。近い内にセッティングしましょう」とテオは快諾した。




