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第四章 カルトの影 その三

 マクガイアが浴室を出ると、かごの中に部屋着があり、脱いだ衣服は取り除かれていた。


 マミが用意してくれたのだろうと見当をつけて、その部屋着に袖を通した。


 廊下に出ると奥の部屋から明かりが漏れている。部屋の前まで進み中を覗くと、そこは食堂で、火にかけられた鍋の横で、マミが何やら調理していた。手前に8人がけのテーブルがある。


「マミさん」とマクガイアが声をかける。

 マミが振り返り「いいお湯でしたか?マクガイア神父」と尋ねてくる。


「ええ、ありがとう。すっかり温まりました。こちら、どうもありがとう」と着ている服の胸元を摘んで見せた。


「いえいえ・・」とマミ、マクガイアがタオルを手にしているのに気付き、「あっ、タオルは椅子にでも掛けておいて下さい。さあ、こちらにお掛けになって・・」と奥の椅子を引く。


 マクガイアが席に着くのを待たずに、台所に向き直るとお椀を一つ取り、鍋の蓋を開け、何やらスープを注いでいる。


 マクガイアは椅子に座った。マミがお盆に乗せた料理をテーブルに運んできた。


「今日の余り物で、すみません。おにぎりと豚汁です。それときゅうりのお漬物、えっとピクルスです」とお盆から皿とお椀をマクガイアの方に差し出して向かいの席に座った。


 お椀にはフォークが添えられていた。

 箸を使えないかもという配慮なのだろうとマクガイアは思い、マミのことを良い人だと思った。


 マクガイアは食事を前に、祈りを捧げた。そして、両手を胸の前で合わせて「いただきます?」とマミに問う。「はい、いただきます、です」と嬉しそうにマミが微笑む。


「いただきます」と言って、おにぎりを手に取り、それをマミの方に向けて少し頭を下げて礼を伝えてから、一口食べた。頬張ると塩っ気に唾液が溢れ、噛みほぐすと次第に米の甘みが感じられた。

 マクガイアは、冷めた米がうまいことを初めて知った。


 その様子を嬉しそうに眺めて「豚汁も飲んで下さい」とマミがお椀を両手で示して見せた。

 マクガイアはお椀を手に取り、フォークで具材をかき分け何が入っているのか確かめた。人参、大根、芋、豚が確認できた。


 フォークで具を刺し、口に運ぶ、旨い。さてスープをと思うのだがフォークしかない。

 目の前でマミがお椀を口に運ぶ身振りをした。

 マクガイアはマミに頷き返し、お椀を直接口に運びスープを吸った。


 味噌の甘みが、豚バラの脂に包まれてまろやかに口内に広がった。醤油の味も微かに感じられた。多様な味わいのあるスープだった。


 マクガイアはきゅうりの漬物があることを思い出し、一切れを口に放り込む、コリコリと小気味いい音がした。


 おにぎりが無性に欲しくなり、齧り付く、米の感触を味わっていると汁気が欲しくなり、豚汁を流し込む。アクセントを求めて胡瓜の漬物を一切れ口にする。


 その流れを3度繰り返すと器は全て、綺麗に空になっていた。


「おかわりいりますか?」とマミが声をかけてきた。

「いえ、十分です。ありがとう。とても美味しかったです」と言うと、手を胸に合わせて「ごちそうさま?」とマミを見る。


「そうです。ごちそうさまです」

「ごちそうさま」と言ってマクガイアは頭を下げた。日本での最初の晩餐が終わった。


「どうぞ」とマミがお茶を、マクガイアに差し出した。

 ありがとうと礼を言って、一口飲むと、その熱さと渋さで口の中が清められた。


「お疲れでしょうけど、マクガイア神父。一通り、この施設の説明を聞いてから、お休みになってくださいね」と言うとラミネートでコーティングされたA4の「しせつあんない」と書かれたパネルをマクガイアの目の前に置いた。


 それは全部ひらがなで書かれており、ところどころ可愛らしいイラストが添えられていた。マクガイアのためにそのような仕様になっているのではない。


 ここはシェルターで、傷ついた人が身を隠すためにやってくる場所なのだ、子供もやってくる。少しでも柔らかな印象を与えるためにひらがなで、イラストを添えて書かれている。


 一階には「しゅくちょくしつ」と「おふろ」と「トイレ」と「しょくどう」があり、「ちゅうしゃじょう」があった。


「しょくどう」の前に階段があり2階に繋がる。2階には201から206まで部屋が5つ、「トイレ」がある。204号室はない。


 3階は2階より大きめの部屋が4つあり、奥の一番大きな部屋が「りょうちょうしつ」となっていた。


「寮長室の向かいの部屋に、今はアントン・モーヴェ教区長がお泊りになっています。そのお隣がパウロ・ガウェイン神父。寮長室のお隣に、マクガイア神父にお泊りになっていただきます」


 うんと頷いて「寮長室には誰かお泊りですか?」とマクガイアは聞いた。

「はい、こちらは当シェルターの寮長をしておられるシスター杉山のお部屋です」と言った。


「では、あなたはどちらにお住まいなのですか」とマミに聞いた。

「宿直室です」とマミが答える。


 ここはシェルターで、用心すべき施設である。収容されている女、子供を追って、加害者である、多分に暴力的であろうと思われる者が乗り込んでくるとも限らない。


 それは、当然、想定されるべき危険のように思え「大丈夫ですか?」とマクガイアはマミに問うた。


「わたし、モーヴェ教区長の一番弟子なんですよ」と力こぶを見せるように腕を上げて、微笑んだ。


 アントン・モーヴェ教区長は柔道の達人である。その一番弟子ということは、なにか格闘技の心得があるということなのだろう。


 そんなことはどうでもいいと言うようにマミは続けた「大事なのは2階の住人です。5部屋のうち3室が埋まっています。3人とも女性です。傷ついた女性です。


 男性に傷つけられた女性たちです。といっても、一人は8歳の女の子です。彼女たちのことはおいおい話しするとして、彼女たちがあなたを見て怯えるかもしれないということを覚えておいてください」


 そして、彼女はシェルターのルール、起床時間や就寝時間、食事の時間などを説明し終えると彼を部屋まで案内し、「おやすみなさい」と言って外から扉を締めた。


 マクガイアは部屋を見渡した。左手にベッド、右手に机があり、机の横にスーツが4、5着掛けれそうなクローゼットがある。自分の荷物は机の椅子の上に置かれていた。


 入って来た扉の脇に簡素な洗面台がある。

 正面のモスグリーンのカーテンを開くと網入りガラスの窓があった。


 見晴らしの良い景色を到底期待できそうにない網入りガラスを開けると、案の定、隣の建物の壁が現れる。


 カバンからスマートフォンを取り出して、充電の準備をしていると、スマートフォンが着信を知らせていることに気付いた。


 ”ヤッホー!マクガイア、ちゃんと教会に着いた?”


 ”おーい、返事ないですけど、既読もつかないんですけど!”


 ”おーい”


 ”怒!”


 とユリアからLineが届いていた。

「無事着きました」と返す。


 そして、まだSNS上で何もつぶやいていないことに気付いた。さて、と身構えた瞬間にスマートフォンが着信を知らせ振動した。慌てて通話ボタンを押す。


「おせーよっ!」とユリアの声。

「心配したんだからね、ちゃんと返信しろよ!マクガイア、大人でしょ?」


「心配ない、ユリア。私は大人だから」

「マクガイアの癖に生意気だぞ!まあ、いっか。無事でなにより。疲れてるでしょ?今日はゆっくり休むんだぞ」と言って、おやすみと通話が切られた。


 改めてスマホの画面を前にマクガイアは息を整え”宣教地日本着。神の国は、近付いた。悔い改めよ!”と呟いた。


 カバンから着替えの僧服を取り出してハンガーに掛ける。

 そして、壁しか見えない窓に向かって夜の祈りを捧げた。

ここまで、お読みいただいたみなさん!感謝です。

本当にありがとうございます!!!

キーワードにある「天使」「堕天使」「AI」がなかなか出てこないじゃないか!とお怒りの方もあるかもしれません。出てきます!お約束します!

でも、それはまだ少し先になりますが・・・

次の第五章では倉棚ユリアに焦点を当てて物語が進行します。引き続きよろしくお願い致します。

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