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第三十八章 それぞれの絵図 その二

 益岡は安原との電話を切ると直ぐに、もう1件電話を掛けた。


「益岡社長・・・珍しいですね。何のようですか?」と沈んだ声が言う。


 益岡は数年前に見た相手の陰鬱な姿を思い浮かべ鼻で笑って言った。


「何のようとは、ご挨拶だね。田中最高導師」と早速、脅しにかかる。


 天の階教会が今の本部、大聖堂を建築する用地買収の際に世話になったのが、益岡だった。


 それから教団は益岡の組のマネーロンダリングを請け負う形で関係が続いているが、益岡かから直接連絡があるなど今までなかった。


 田中は、また厄介事が増えたと胃が痛くなる。


「い、いや、すみません。ご気分を害されたなら謝ります・・・」と田中。


「気分を害されたのはよぅ、別件何だよ田中最高導師ぃ」と益岡が絡む。


「別件といいますと?」


「おめぇんとこで世話してる、ルシファーっていう半グレいんだろう?」と益岡が探るように言う。


 田中は以前にルシファーが言っていたヤバイ筋とは益岡のところだったのかと思い、脇から嫌な汗がどっと出た。


「ルシファーと名乗っている男は知っていますが、うちで世話してるわけ・・・」田中が最後まで言い終わるのを待たずに、益岡の怒声が響く。


「田中ぁ!やってくれたな!ルシファーがうちの奴を()りやがった・・・締め上げたら、おめぇんとこで世話になってるってよ!てめぇんとこのシノギのためにやったって言ってんだよ!」と益岡。ハッタリである。


「いや、でも・・・」と田中が口ごもる。


「でももへったくれもねぇんだよ、田中ぁ!あっ!こっちは人一人()られてんだぞ!」


 ルシファーが益岡のところの人間を()ったと聞いて、田中は眼の前が真っ暗になった。冷や汗が止まらない。


「なあ、田中最高導師・・・正直に話してくれ、俺もあんたとの関係を切りたいわけじゃないんだ」と声を落として言う。


「俺等はいい関係を続けてきたし、これからも続けていけるはずだよな」と益岡。


「田中最高導師・・・正直に話してくれ・・・あんた、ルシファーって奴の扱いに困ってったんじゃないか?」と益岡が優しく言う。


「はい・・・そうです」と答える田中の目尻には涙が浮かんでいる。

 嘘ではない、田中はルシファーとの縁が切れるなら、今すぐにでも切りたい。


「だよな・・・安心したよ」と益岡が静かに言った。


「つまり、今回のやつがやらかしたことは田中最高導師が指示したことじゃないと、そういうことでいいんだな?」と優しく問いかける。


「はっ、はい、そうです!全く関係ありません!」と田中が叫ぶように言う。


「舐めんなよ田中・・・」と益岡が怒気を孕ませて言う。


「関係ねぇってことにはならねぇよ。そうだろ?」と言う益岡の声が遠くから聞こえるほど、田中は動転していた。


「一億だ、田中・・・これで手を打とうじゃねぇか・・・その代わり、ルシファーはきっちり()ってやんよ」と言う益岡の提案に、田中は「はい」と答えるしかなかった。


 益岡は田中の返事を聞いて満足した。

 これで安原とルシファーが向き合って、安原がルシファーをやれば天の階教会から金が入り、安原がルシファーに()られることがあれば安原のシマを乗っ取れる。


 仮に両者共倒れとなれば、全部、自分のモノになる。


 もちろん、益岡は全部自分のモノになるよう、もう1件電話を掛けた。




 田中は益岡の電話を切った後、自分の汗と脂でビタビタになったスマートフォンの画面を見つめていた。


 もうダメだと田中は思う。逃げなければ破滅するという思いが込み上げる。逃げよう、そうだありったけの金を持って逃げようと思い席を立ち、金庫に向かう。


 足がもつれて、金庫に向かう途中で、転倒する。

 四つん這いで金庫に向かう。


 金庫により掛かるようにして立ち上がり、金庫の扉を開ける。

 重たい扉を押しのけるようにして、札束が足元に崩れ落ちてきた。


 ”よく見るんだ目の前のモノを・・・お前の力だ。お前には力がある・・・怯えることはない”

 又だと田中は思う。自分の背後に大きな影を感じる。


 その影が田中に呟いてくるのだった。


「もうダメだ・・・マスコミも、政界も敵となった・・・今度はヤクザだ・・・」と田中。

 ”さあ、お前の力を知らしめようではないか・・・各地に遣わした敬虔なお前の信者達が、もうすぐ屈強な戦士となって帰って来る・・・”


「なぜ!お前はわたしを破滅へと誘うのか・・・わたしには無理だ・・・」

 ”見えているのだろう・・・闇の向こう・・・栄光の国・・・黄金の玉座”


「できない!できない!わたしには・・・っ」オゲェと田中は嘔吐した。なんとか札束の上に吐瀉することは避けることができたが、吐き気がなかなか収まらない。


 田中はもう駄目だと思った。限界だと悟った。

 教団を運営するなど、自分には向かいないのだ。


 側近であった萩尾伝師を殺してしまった・・・週刊リークの記者鳴門の殺害を命じた・・・

 殺さなければ、自分の過去が暴かれてしまう。教団がしていることが暴かれてしまう。

 それは絶対に避けねばならなかった。殺すしかなかった。


 なんども自分の決定を正当化しようと試みるが、考えはどこかでほころび自分の喉元や足元に絡みつく。


 「田中最高導師・・・」と従者が謁見の間に顔を出しおずおずと声をかける。


 「大丈夫ですか・・・」と田中の姿を見て従者が言う。


「なんのようだ」と田中は立ち上がり、従者に向き直って言った。


 「はっ、関西教会の山本導師からお電話です・・・」と従者が彼に電話を差し出した。

 

 「なあ、田中。もう限界ちゃうか?」と挨拶も抜きに山本導師が言う。


 西日本を任せている山本導師は前に所属していた教団からの付き合いだった。

 彼は大学での工作を得意とする現場叩き上げの実務派だった。


 前の教団が破綻してから、どこかで潜伏していたが、田中が天の階教会を乗っ取ったと聞き、身を寄せてきたのだ。


 大学での信者獲得に乗り出そうとしていた時でもあり、彼の出現は田中にとって渡りに船だった。


 山本は皆の前では「田中導師」と田中を立てるが、一対一になれば、昔のように呼び捨てであった。


「聞いてるか?田中」と山本が言う。


「俺は、お前のことが心配でなぁ。柄にもない、教団背負うような立場になってもうて・・・」


「聞くところによると薬の量も、相当、増えてるらしいやないか。あかんでぇ、やり過ぎは・・・」


「できるなら、お前に代わってやりたいと思てるんやで・・・」


「代わってくれるのか?」


「代わる、代わる。任しとき」と山本が請け合う。


「無理だ・・・」と田中が力なく言う。


「なんでや?」


「わたしが、お前に任せたと言って、収まる状況じゃないんだよ・・・」と田中。


「わかってる。わかってる。派閥のことを言うてるんやろ?」と山本。


「お前ンとこと、うちを合わせたら三分の二は取れる。あとは、任しとき。そこは、俺は得意やから・・・知ってるやろ?」と山本。


「ええか、田中。声を聞いたというんや、これ大事やで、一線を退いてからも席が欲しいやろ。やったら、声を聞いたと言うんや」と山本は田中を思いやるように囁く。


「で、発表せえ。後継者を発表する言うんや。皆を集めろ。な」


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