第三十八章 それぞれの絵図 その一
姪であるユリアをイエズス会で匿ってもらった日から、何日経ったろう、安原義人はまだ台帳をパクった相手を突き止められていなかった。
始末した名簿屋金森のところから奪ってきたファイルやPCを調べ上げ、自分等に舐めた真似をした連中に落とし前をつけさせねばならない。
PCのハードディスクに取引記録らしいファイルが残っていたが、ガチガチにロックが掛けられていた。
日頃、目を掛けてやっているハッカーに暗号を解かせ、今日、PCが戻ってきたのだった。
ファイルを調べたがデータによる取引に関するものばかりで、安原の顧客台帳に関する記録はなかった。
金森はデジタルを専門に取り扱うデータ屋で、今回の件は、イレギュラーの取引として、イレギュラーに処理されたのだろう。
「なにもありませんね」と若い小籔が言い、右腕の多田がため息をつく。
二人に入れ替わって、PCの画面を睨む安原。
小籔と多田が目を合わせて眉を潜める。二人は安原がPCについて何も知らないことを知っているからだ。
画面を見つめている安原に多田が声をかける。
「このA列が日付でB列が卸先らしいんです。でうちの台帳が取られた日、その翌日、翌々日と見てみたんですが、取られた日が55件、翌日に31件、翌々日に43件の取引があったことがわかります。B列の卸先はアルファベットと数字5文字の組み合わせで、うちらにはなんのことやらさっぱりっス」
「F列は?」と安原。
「多分なんですがデータの件数ではないかと・・」と小籔が答える。
「件数順に並べられたりしねぇのか?」と安原。
「できますよ」と言って小籔がデータを昇順で並べ替えた。
「最小が100で最大が1,250,000ですね」と小籔。
「どんどん見せろ」と安原が言い、小籔はゆっくり画面をスクロールしていく。
「なるほどな、最小単位が100で100単位でデータを売ってたってことだな」と安原。
「そ、そうですね」と小籔は答えたが、そのことに気付いてはいなかった。
データは直ぐに1,000件台に入る、そして少し長めの2,000件、さらに長い3,000件に入ったところで安原が言う。「顧客でまとめることはできるのか?」
「できますけど・・・どうしましょう?」と小籔。
「U2640がみたい」と安原が言う。多田が画面の見える位置に移動してくる。
小籔がPCを操作し、顧客コードU2640でデータを絞り込んだ。
多田と小籔があっと声を上げた。
金森はU2640に過去5年間2ヶ月に一度3,000件のデータを提供している。
ところが最後の取引ではデータ件数が2,900件となっている。
日付を見れば、台帳が奪われた翌日、金森を殺害した前日だった。
「これ怪しいですね。いつもの3,000が用意できずに、うちの台帳の100を足して納品したってことでいいんじゃないっすか」と多田が言う。
多田は領収書や請求書の束を取り出して目を通す、目当てのものはなかった。
多田は、金森の部屋のゴミ箱をさらった袋を小籔に突き出して、ここに宅配なりの送り状があるか調べろと命じた。
すごく嫌そうな顔をして小籔がその袋を受け取る。
あっ、と多田は小籔の頭を張り倒して「なんだぁ?文句あんのか」と凄む。
「ないっす。すいません」と小籔は言って作業に取り掛かった。
しばらくして「送り状ないっす・・・すいません」と小籔が言った。
「手渡しの可能性もありますね」と多田が言う。
「コーヒー淹れます」と小籔が席を立つ。
安原と多田は、考えを巡らせながら小籔がコーヒーを準備する音を聞いていた。
すると電話の着信が響いた。
多田が席を立ち、掛けてある安原の上着からスマートフォンを取り出して「益岡の兄貴からです」と安原に手渡した。
安原は姿勢を起こして電話に出た。
「兄貴お久しぶりです」と言う安原の言葉に、多田と小籔が緊張する。
「おおお、安原よ、やっと繫がったじゃねぇか」とスマートフォンから漏れる声が多田と小籔にも届く。
「生きてたか兄弟。ったく・・・何があった?・・・てか、なんで俺に知らせをよこさねぇ。こんなこっちゃ何のために盃交わしたかかんねぇじゃねぇか」と声が言う。
「兄貴の気を煩わせるほどのことじゃないんですよ」と安原が答える。
「おい」と先ほどとは明らかに違う声音で益岡が言う。
「聞き捨てならねぇな・・・俺のシマで人殺っといて俺の気を煩わせる程のことじゃねぇってか?あっ?」と益岡が言う。
「金森のことですか」と安原。
「金森?お前らが金森殺ったのか兄弟?」クソが、と安原は思う。
益岡はどこまで知っているのか、こちらに悟らせないように話を進めてくる。
安原は黙った。
「金森が殺られったって聞いて、調べてみたら、お前が刺されったっていうじゃないか、しかもどうやらこの2つは繫がってる。だろ?」と益岡。
安原は沈黙を守る。
「何があったか話さなくていいし、聞くつもりもねえ・・・それはおめぇのメンツに関わる話だ。俺はおめぇのメンツを尊重するぜ兄弟」
「それに、金森なんてクズはどうでもいい。いつか殺られて当然のクズだ。ただ、筋は通せよ。筋を通してこその極道だろが」
「金森を殺る前に一言あればよう・・・問題なんて何もなかったんだぜ」
「しかも金森の死体をほったらかしかよ。俺に尻拭けってっか、あっ」と益岡は凄んでみせた後、一転して「尻拭くからには綺麗にケツ穴まで洗ってやるよ、俺は親切なんだよ」と言う。
「お前が追っかけてる奴のこと知りてぇだろ?」
「知ってるんですか、兄貴」
「ああ、知ってる。知りてぇか?兄弟」
「教えてください」
「ルシファーって奴だ。半グレだ・・・聞いたことあるか?」
「はい」
「兄弟、そいつに落とし前つけろや。それで、今回の件はチャラだ」と益岡は言った。
「もちろん。きっちり落とし前つけさせますよ、兄貴。ありがとうございます」と安原は額に青筋を立てて礼を言った。
「いやいいんだ、兄弟。しっかりやれよ・・・」そう言って、益岡は通話を切った。
安原はスマートフォンを壁に投げつけた。




