第四章 カルトの影 その一
パウロに続きマクガイアがタクシーの座席に体を押し込む。
運転手が二人に「いきなり降ってきましたね。ゲリラ豪雨ってやつですか、最近はこれがあるから天気予報もあてになりませんよねぇ、でもお客さん達、ラッキーでしたね、グッドタイミングだ」と言って、言葉を待った。
「イエズス会修道院までお願いします」とパウロが行き先を告げる。
「焼け跡じゃないか」と、そこへ行ってどうするんだとマクガイアが聞き返す。
パウロは答えない。
代わりに運転手が「いやぁ、ぶっそうな事件が続きますよねぇ、放火だって言うじゃないですか・・・、やっぱりあれですか・・・・」とバックミラー越しに、パウロを覗う。
「先週は妙心寺の御本尊がバラバラにされたとか、全くバチ当たりなことですよねぇ」ウィンカーを点滅させて車線を変える運転手。
パウロは押し黙っている。返事がないことを気にすることなく、運転手はハンドルを握っている。
堪らずマクガイアは身を乗り出して「なにかご存知で?」と運転手に声を掛けた。
運転手は、目だけでマクガイアを覗き込むように振り返り「いやぁ〜、知ってるってほどのことじゃないんですがね、色々噂になってるじゃないですか、ね」と訳あり顔で声を潜めるた。
「噂ですか・・」と、マクガイアが喰い付く。
運転手が後部座席に顔を向けて「あれ?お客さん、日本に来てどのくらい?」と尋ねた。
マクガイアは、せく気持ちを抑えて「今日の昼に着いたばかりです」と答えた。
バックミラー越しに運転手がマクガイアの顔を再度確認するかのように窺いながら言う。
「あ〜、うん、だったら知らなくても無理はないですねぇ。でも、お客さん日本語うまいなぁ、ペラペラじゃないですか。長いのかなぁと思いましたよ。いやぁ、すみません」返す言葉に、マクガイアは焦らされる。
「で、噂とは?」とマクガイアが話を戻す。
「いやいや、ご存知ないですよねぇ、今日来たばかりじゃ仕方ないですよ」と、間を置く運転手に焦らされるマクガイアは「で、噂とは?」と話の先を催促した。
運転手は、マクガイアの圧に怯んで「そうでした、そうです。最近ね、と言っても、3年くらい前からですかねぇ、新興宗教のあれ、あれっ、ど忘れしちゃった。なんてったかなぁ、あれ、あれ・・」と、ハンドルに顔を伏せる運転手に「天の階教会」と横からパウロが助け舟を出す。
「それだぁ」と運転手がハンドルから身を起こす。
マクガイアは隣のパウロに「てんのき・・ざ・し・・きょかい?」と聞き返した。
「天の階教会、かなり前から日本で広まっているカルト教団だ、忌々しいことに彼らは、旧約・新約聖書を偽書と決めつけ、自分たちこそ真の聖典を持つものであると自称している」パウロは、自分に向けられているマクガイアの視線が熱を持ったことを感じた。
マクガイアがパウロの肩に手を掛け引き寄せる「それは、もう戦争だな」と不気味に微笑む。
パウロは呆れてマクガイアを見つめ、頭を振り目線を逸すと、道を確かめるため激しい雨が打ちつける窓の外に目を凝らした。
パウロの指示でタクシーはイエズス会の本部があった焼け跡の前を通り過ぎた。近くの交差点を左折して裏通りに回り込むと、ちょうど焼け跡の真裏あたりで、静かに停車した。
パウロは料金を支払い領収書を受け取ると、激しくなった雨の中を正面の建物の軒下まで駆けた。
振り返りマクガイアが降りてくるのを待つが、なかなか降りてこない。
すると、唐突に雨が止んだ。
タクシーの全貌が街灯に照らされて浮かび上がる。
中を覗き込もうと目を凝らすが様子が窺えない。
タクシーのドアが閉まり、発進しようと路肩の砂利を踏んだ。
瞬時にパウロは「ノー!ノー!ノーッ!」と叫びながら駆け出し、タクシーの前に立ちはだかった。
キュッと音を立ててタクシーが止まる。反動で運転手の頭がガクッと揺れる。
パウロは運転手に両手を前にして「すまなかった」と態度で示し。そして、頷きながら行くなと伝える。
マクガイアの席の方へ回り、ドアを開ける。マクガイアの腕を掴み引っ張って「早く降りろ!どこへ行く気だ!」と叫ぶ。
マクガイアは、離せと抗う。そして運転手に向かって「天の階教会へ、早く!」と告げる。降りる降りないで揉めているパウロに声をかける人があった。
パウロは振り返って声の主に言う「マミ!手伝えこいつを引きずり出すんだ!」
「どうされましたか、ガウェイン神父」とマミと呼ばれた修道服姿の女がタクシーの中を覗き込む。
マクガイアと目が合うと「ニコラス・マクガイア神父ですね。真庭マミです。よろしくお願いします」と、微笑みながら右手を差し出す。
あいにく、マクガイアの両手はがっしりパウロに押さえつけられている。
マミの登場で少し場が落ち着いた、その時、ニャ〜と猫の鳴き声が、マミの胸元から漏れた。その声に、弾かれるようにマクガイアはタクシーを飛び出した。
マクガイアはマミの胸に抱かれている猫を一心不乱にモフる。ネコ鳴きを真似ながらモフる。
ネコがマミに抱かれていることなど一切忖度せずに、顔をネコに擦り付ける。ひえ〜っと悲鳴を上げるマミを尻目に、ネコはゴロゴロと気持ちよさそうな声を上げていた。
パウロは冷静に、マクガイアのバックをタクシーから取り出すと、運転手に行ってくれと合図する。
運転手は、やれやれと首を振って、静かに車を発進させた。




