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第三十四章 裏遊星歯車 その四

 先島は謁見の間でため息をついていた。


 アルフォンソ審議官の来訪を告げに来たのだが、田中最高導師がラリっていてどうにもならない。


 先島は田中最高導師の近くのソファーにうなだれるように腰掛けて頭を抱える。


「先島導師、戻らなくてよろしいので?」と秋月伝師が声をかける。

「戻って何しろって言うんですか?」と先島が秋月伝師に投げやりに答える。


「ねえ、秋月伝師。薬控えるように言ってもらえますか。そういうのもあなたの仕事でしょ」


「そう言われましても・・・」と秋月伝師は身をすくめる。


 萩尾伝師の一件から教団幹部の空気が変わった。

 その場にいた全員が共犯としての自覚と共に、相互監視が厳しくなる。


 田中最高導師から睨まれる事、罰を与えられる事を極度に恐れるようになった。

 あの場にいたメンバーは異論や疑問を述べて、孤立すること、罰を受けることを恐れて沈黙を守るようになる。田中最高導師の理不尽な言いつけや、矛盾する指令にも盲目的に従うようになった。


 幹部連中のそのような振る舞いは、すぐに雲上(うんじょう)にいる出家信者の間にも広まった。


 天の階協会本部は、田中最高導師への批判が完全に抑圧された沈黙の螺旋を滑り落ちている最中なのだった。


 田中最高導師は以前とは違う存在となっている。


 田中最高導師は、意図せずカリスマを身につけつつある。


 先島も秋月伝師も、田中最高導師の気まぐれな一言で殺されるかもしれないという恐怖から田中最高導師を諌めることができなくなっている。


 以前にあった田中最高導師を影で笑う声は、少なくとも本部内では一掃された。


 先島は気まぐれな田中最高導師を恐れつつも、いいことだと思う。


 田中最高導師がこの状況をうまく使えば、教団内で勢いを増しつつある派閥を一気にまとめることができる可能性もあった。


 問題は一つ。田中最高導師自身がそのことに全く無自覚であるということだった。


 教団は難しい局面を迎えており、田中最高導師は次々に沸き起こる問題に対して事後的に対応することに忙殺されている。


 田中最高導師は自分が手に入れつつある力に全く気付いていないどころか、自身の無力感に苛まれ、薬に溺れている。


「秋月伝師、わたしにも一服くれますか」と先島は言った。


「えっ」と秋月伝師。


「えっじゃないよ、早く持って来なさい!」と先島は秋月伝師を脅すように言う。


「はい・・あのぉ・・どちらをお持ちすれば・・」と秋月伝師。


「おいおい、秋月伝師。田中最高導師はちゃんぽんしているのか?」と問い返すと、秋月伝師が頷く。


「わかった、わかった、アッパー系をください」と投げやりに先島が言う。





 先島が田中最高導師を呼びに行くと言って30分が経つ。


「遅いですね」とアルフォンソ審議官が言う。


「そうですね」と美しい女が言う。

「なにかあったんでしょうか」と美しい男が言う。


 紅茶は既に冷めている。

「様子をみてきていただけませんか」とアルフォンソ審議官が言う。


「そうですね」と美しい女が言う。

「なにかあったんでしょうか」と美しい男が言う。


 アルフォンソ審議官は何度目かのため息をつく。




「互いに慈しみ、互いに支え合い、貧しさに耐え、祈ります。最後の裁きが訪れるその日まで希望を失うことなく祈ります。どうか、悪しきカルマから逃れることができますように」


 先島が教団の祈りを唱えながら、謁見の間をぐるぐると回っている。


「秋月伝師!」と先島が叫ぶように秋月伝師に呼びかける。

「あなたは、わたしには、できないと思っているでしょう?あっ」


「何のことですか、先島導師」と秋月伝師。


「この先島にバチカン大使をさばけないって思ってるんでしょう?」と先島。


「いえ、そんなことは・・・」と秋月伝師はオロオロとあたりに目を泳がせる。


「おいおい、秋月伝師。わたしの目を見なさい・・あなたはわたしにできると思っていますか?」


「はい、先島導師はおできになります」


「本当に?」


「はい」


「わかってるようだね。そう、できるんだよ、わたしには。できるんだよ」

 部屋の扉がノックされ、美しい男が入って来て言った。


「アルフォンソ審議官が田中最高導師をお待ちです」と伝える。


 美しい男は、美しいだけで馬鹿なのだ。そのことを先島は知っている。


「あなた、壁に手をついて尻を出しなさい」と先島が言う。


「はい」と言って、美しい男はケツを出して壁に手をついて何か期待するような表情を浮かべた。


「秋月伝師、どうですか?」と先島は声をかける。


「結構です」と答える秋月伝師。


「でしょうね・・・わたしも結構だ。動くな、そのままでいろ」と若い美しい男に命じる。


 そう言って、先島は再び祈りを口にしながら部屋を回り始めた。

 田中最高導師は夢の中で恍惚としている。





「そこで、主は・・・・」美しい女は忘我の境地で、シン聖書を暗唱している。




 美しい男信者が田中最高導師を呼びに出てから、美しい女信者はアルフォンソ審議官の膝に腰掛けてきた。


 アルフォンソ審議官は驚いて彼女の腰をソファーに座り直させる。


 すると女は両手をアルフォンソ審議官の首に回して来た。


 その彼女の両の手を取って彼女の膝の上で抑えながら、アルフォンソ審議官は言った。


「あなたの教団の聖典をお読みいただけますか?」


「シン聖書ですか?今は持っていません」


「実際に読んでいただかなくても結構です。覚えているところだけでいいので、わたしに教えてもらえませんか?」


「わかりました」女信者はそう言って、しばし(うつむ)き、胸に手を当てた。


 女信者は顔をお越し語り始めた。


「創世記の1、はじめに神は闇をコネられた。闇はパンの生地のように引き伸ばされ、折りたたまれ、叩かれた。神はもう十分と思われた。神はコネた闇を一気に引き伸ばされた・・・」


 彼女はもう、アルフォンソ審議官のことなど頭になかった。

 アルフォンソ審議官は彼女の気を自分から削ぎ、誘惑することを止めさせることに成功した。

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