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第三十四章 裏遊星歯車 その三

 アルフォンソ審議官が本部玄関の天井を見上げてから、目線を戻すと「我が教会をご案内致します」と先島が言った。


「ぜひお願いします」とアルフォンソ審議官が答える。


 美しい女性信者と美しい男性信者の二人が、それではと楚々(そそ)とした足取りでアルフォンソ審議官と先島を先導して聖堂へと案内した。


 北側の回廊を通り、急階段をよじ登る。

 アルフォンソ審議官はその階段を登りながら、窮屈な姿勢を取らされることに屈辱に似た感情を抱いた。


 階段を登りきり、開かれた扉を抜け聖堂に入る。


 聖堂内はステンドグラスから漏れる光に満たされている。


 正面奥まで20メートルほどあるだろう。幅5メートルほどの通路がその正面奥まで伸びており、その両脇を木製の長椅子が並ぶ。


 若い二人がアルフォンソ審議官を正面奥に案内しようと歩みだすが、アルフォンソ審議官は脇にそれて柱に触れる。


 柱はゴシック風にデザインされているがそれはコンクリート製であった。

 天の階教会の聖堂が意匠、装飾をカトリックから拝借して建てられているのは明らかだった。


 アルフォンソ審議官は教団の、その無礼で無分別で安易な着想に侮蔑の念が湧き上がるのを抑えることはできなかった。


 アルフォンソ審議官は振り返り、先島の待つ中央の通路へ戻った。


 もし先島が教団の聖堂を誇るような素振りを見せたなら、嫌味の一つも言ってやろうと思ったのだが、先島はこれまでとは違う、少し引きつった笑顔で「さあ」と正面へ向かうよう促すのが精一杯の様だった。


 先島は、本物のゴシック教会を知っているに違いない、ヨーロッパに旅行した際に大理石で作られた権威ある建築物を目にし、触れたことがあるのだろうとアルフォンソ審議官は思った。


 中央通路を歩きながらアルフォンソ審議官は先島に尋ねる。

「先島さんは、神学を学ばれましたか?」


「いえ学んでおりません。あなたが言う神学がキリスト教神学ならと言うことですが」


「なるほど、では何を学ばれたのですか?」


「大学では西洋美術を専攻しておりました」とか細い声で答える。


 アルフォンソ審議官は先島の苦衷に同情した。本物を知る人間が、偽物に囲まれて生活しているのだ、忸怩(じくじ)たる思いを抱いているに違いない。


「西洋美術ですか。かなり範囲が広いですですが、専門は?」アルフォンソ審議官は先島の羞恥を刺激したい欲望に逆らうことができなかった。


「専門は・・・ゴシック様式です」と先島の声は消え入りそうである。


「なるほど、では、この聖堂の設計は先島さんですか」とアルフォンソ審議官は先島に向き直り、(とげ)を含んだ明るい声で言った。


「違います!」と話題を断ち切るような声で否定する。その激しい声に、前を行く若い二人が振り向いた。


「先島さん、あなたが真偽が分かる人で良かった」とアルフォンソ審議官は言った。

 アルフォンソ審議官の本心である。先島は押し黙った。


「真偽のわからぬものにとっては、この聖堂は荘厳なものと感じられるのでしょうね」とアルフォンソ審議官は先島を追い込む。先島は押し黙ったままである。


 若い二人が正面奥で、アルフォンソ審議官と先島を静かに待っていた。


 アルフォンソ審議官は正面奥の壁面の階段を十分な時間をとって眺め、説明を促すように先島に視線を向けた。先島は、視線を逸らす。


 アルフォンソ審議官の問いかけに答えることなく「アルフォンソ審議官を応接室にご案内しなさい」と先島は言った。


 美しい女性信者と美しい男性信者の二人はどうぞとアルフォンソ審議官へ声をかけて歩き出す。


 案内された部屋は狭くもなく、広くもない少人数で対談するのに丁度よい広さだった。


 部屋の調度品はシックにまとめられている。というか、シックにまとめようと頑張っていると言った方が正しい。


 日本の新内閣発足の際に、燕尾服を着て立ち並ぶ政治家たちのように不似合いな印象を拭えない。


 それは先島も感じているのだろう、アルフォンソ審議官の部屋を眺める目線を自信なさげに追いかけている。


 居たたまれなくなったのか「田中最高導師を呼んできます」と先島が部屋を出て行った。


 場を持たせるために若い二人が席に着く。が、驚いたことに彼らはアルフォンソ審議官の向かいではなく隣に、アルフォンソ審議官を挟み込むように腰掛けたことだった。


 しなを作って美しい女の信者が言う「コーヒーと紅茶、どちらをお淹れしますか?」


「紅茶を」とアルフォンソ審議官。


 それを聞いて、右に座る美しい若い男が左にある茶壺に手を伸ばす。自ずとアルフォンソ審議官の体と交差する。若い男の香の匂いがアルフォンソ審議官の鼻腔を刺激する。


 左に座る美しい女が右にある茶器に手を伸ばす。


 たった一杯の紅茶を淹れるために、男と女がアルフォンソの膝上を行き来した。


 アルフォンソ審議官は、一体何のために、とは思わなかった。


 自分を誘惑しようとしているのは明らかだ。アルフォンソ審議官は二人の無益な振る舞いにため息をつく。

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