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終末まで残りX日  作者: 桐ノ奏
第一章
9/15

8.試験



「筆記試験、はじめ」


 教師の合図で、一斉に教室が紙にペンを走らせる音で満ちる。


 今日は魔術試験1日目、筆記試験の日だ。

 魔術試験は2日に分かれており、1日目は筆記、2日目は実技となる。


 筆記試験は昇級にも響く、大事な試験だ。主に魔術理論がメインで出題される。この試験で基準を満たせなければ、後日追試験がある。


 実技試験は、昇級に直接の影響はないが就職の際に役立つ。

 これは精度と速度の2つの観点で、AからDの4段階評価が為される。試験官は5人。4人は学校の教師で、残り1人は魔塔の職員だ。


 この試験は5人1グループで教室に入り、1人ずつ試験官たちの前で指示された魔術を見せる。この時、他の4人には指示も聞こえなければ、1人が行っている魔術も見えない。教室に 入った時点で防音、不可視の魔術をかけられるからだ。


 筆記試験は3時間で終わった。

 この後の時間は、各々明日の実技試験に向けて準備や対策をする。


「心配だなぁ、明日の実技」


「そう? スーリエの実力なら大丈夫だと思うけど」


 同室のスーリエと夕食をとっていると、スーリエは不安そうな表情を浮かべていた。

 対するクレニアは、一応何十回と受けた試験なので不安も何も無かった。試験内容もほぼ知っているようなものだ。


 基本的に1年生の実技試験で要求されるのは、授業で習った基礎魔術と、その応用だ。

 スーリエは武闘大会でも良い成績を収めていた。基礎も身についているし、恐らくは本番にも強いだろう。


 それからしばらくの間、2人はただ黙々と食べ進めた。


 食事もひと段落ついた頃、頭上から芯の通った声が降ってきた。


「グレイシス、隣いいか?」


 ネオだ。クレニアが顔を上げると、真っ直ぐな赤い瞳と目が合った。夕食は食べ終わったのか、厚い本を小脇に抱えている。

 クレニアはスーリエをチラリと見て、彼女が頷いたのを確認すると答えた。


「どうぞ」


 ネオは椅子を引き、クレニアの隣の席に腰を下ろす。


「アスティーズ君、その本って?」


 スーリエが身を乗り出してネオに問いを投げた。ネオは、あぁ、と分厚い本に視線をやる。


「これは魔術理論の教本。興味があったから、この前買ったんだ」


 意外だ、とクレニアは内心驚いた。

 彼は感覚派だ。いわゆる天才肌というやつで、大抵の魔術は感覚で使える。

 そんな彼が、こんな早くに理論をきちんと学ぼうとしているとは。


 これは、焦らないといけないかな。


「グレイシス、ちょっと聞きたいんだけどさ」


「うん?」


「明日の実技、何やると思う?」


 どこか、探るような目つきだった。

 ネオは勘が鋭い。嘘をつけばすぐにバレるだろう。

 なんて答えようか。

 そう逡巡していると、ネオが先に口を開いた。


「俺は無属性がメインなんじゃないかって思ってる。属性だと、人によって変わるだろ?」


「そう、だね。たしかに。無属性なら、障壁なんかが分かりやすいかもね。あれは色々応用も効くし」


「そういえば、クレニアの防御魔術って凄いよね。全然攻撃が通らないの」


 スーリエはクレニアの動揺を感じ取ったのか、さりげなく話の軌道をずらしてくれた。クレニアは心の中でスーリエに手を合わせる。


 ネオはスーリエの言葉に深く頷く。


「魔術理論勉強してるんだけど、やっぱグレイシスって凄いんだなって思うよ」


「えっ」


 突然の褒め言葉に、クレニアは動きを止める。ネオは真っ直ぐにこちらを見ていた。


「俺、今まで無詠唱を何となくで使ってたから結構コントロール甘かったんだけど、グレイシスって無詠唱なのに、鬼みたいな精度してるだろ。

色々読んでるとさ、ちゃんとした無詠唱魔術って難しいんだなって」


 ネオは、クレニアから目を離さずに言葉を続ける。


「今度、俺の練習に付き合ってくれないか。お前の力を借りたい」


 ずい、と身を乗り出して聞くネオに、クレニアは上半身を逸らし気味にしながら手で顔を覆う。


「なんで顔隠すんだ」


「ちょっと、ちょっと待って」


 スーリエは友人の珍しい姿に、口元を緩ませている。


 クレニアは深呼吸して自分を落ち着かせると、やっとネオに向き直った。


「分かった。今度の週末はどう?」


「空いてる。場所はどうする?」


「うーん……じゃあ、学校近くの森にしよう。あそこなら人通りも少ないし、何より広い」


「分かった。じゃあ、また週末に」


 ネオは席を立ち、心なしか嬉しげな後ろ姿で去っていった。


 スーリエは、先ほどからクレニアを見てニヤニヤしている。


「クレニアさん?」


「……何も言わないで」


「ねぇねぇ」


「ほんっとに……」


「じゃ、食べ終わったことだし帰ろっか」


「うっ……」


 その日、珍しくクレニアがスーリエに手を引かれるがままになっている様子が目撃された。



◇◆◇



「で! どういう関係なの?」


「どうもこうもないから……」


 寮の部屋にて、クレニアはスーリエから尋問を受けていた。

 スーリエはビシッとクレニアの鼻先に人差し指を突きつける。


「アスティーズ君に動揺してたでしょう」


「それは……」


「言い淀むってことは肯定かな?」


 クレニアは唸った。


 そして、もういいや、と諦めた。


「はい。好きです」


「誰が誰を?」


「私がネオ・アスティーズをです」


「きゃー!」


 スーリエはまるで自分のことかのように頬を染め、両手で顔を覆った。そしてしばらくジタバタしていた。


「どこが好き? いつから!?」


 クレニアは視線を落とす。

 いつから、と聞かれれば、答えは単純だ。


 私が、初めて死んだとき。


 最期に視界に捉えたのは、ネオの苦しそうな、泣きそうな表情だった。


 泣かないでほしい。笑っていてほしい。


 そう、思った。


 そして2回目の人生で、ネオと出会った瞬間にパッと視界が開けるような感じがして、「あ、好きだ」と思った。


 つまるところ、既に魂に刷り込まれているのだ。


「うーん……武闘大会…の、とき」


 しかしありのまま伝えるわけにもいかないので、そう答えた。


「そっかぁ。アスティーズ君、かっこいいもんね。あぁいう顔が好みなの?」


 どうやら、恋愛絡みとなるとスーリエは人が変わるらしい。

 普段のお淑やかなご令嬢とは別人に見えるほどだ。


 その夜は、割と遅くまで尋問が続いた。



◇◆◇



「やっぱり変わんないねー」


 夜明けの澄んだ空気に、カツ、とヒールが地面を叩く音が高らかに響いた。


 グロースフィアの門の前に現れた中性的な美人は、ニヤリと楽しげな笑みを浮かべる。


「さーて、餓鬼どものお手並み拝見といきましょうか」



◇◆◇



 ___数時間前、職員室にて。


「まだ来ないの!?」


 アイゼルは頭を抱えて、悲痛な叫びをあげた。


「アイゼル先生、魔塔からメッセージが…」


 他の先生が差し出した手紙をひったくって読み、そしてそのままズルズルと背もたれ付きの椅子に沈み込んだ。


「はぁぁ……ほんっとに寿命縮む……」


「いらっしゃいますよね?」


「あぁ。夜明け頃に来るそうだ。どうやら、直前まで任務があるらしい」


「はぁ……とにかく、良かったですね」


「うん……僕は仮眠とるから、日の出の30分前に起こしてくれ……」



◇◆◇



 無事日が出る前に起きたアイゼルは、目の前の女性に片頬をヒクつかせていた。


「はじめまして、君がヴィクトール・アイゼル君だね? 今日は宜しく頼むよ」


「はい……あの、お名前を伺っても?」


「私はカサンドラ・レオンだ。ツォンリーは任務が立て込んでしまってね、代わりに私が来たという次第だよ」


 そう、本来ならツォンリーという魔塔の職員が特別審査員として来る予定だった。


 本来ならば。


 カサンドラは後頭部に手をもっていき、屈託もなく笑う。


「いやー悪いね、連絡が遅れてしまって」


 遅れる、とかいう次元ではなかったようなとアイゼルは思ったが、口にはしなかった。


 魔塔には、超一流の魔術師が集う。


 しかし、しかしだ。

 アイゼルは心の中でため息をつく。


 優秀故か、ネジの外れた連中が多いのだ。

 しかもこのカサンドラ・レオンは、魔塔の中でも屈指の実力を誇る魔術師だ。魔の巣窟たる魔塔の中でも、変わり者と呼ばれるくらいらしい。


「で、試験は何時からだっけ?」


「9時からですね」


 腕時計を見て、アイゼルが答える。


「了解した。じゃあ私は少し仮眠をとるから」


「仮眠室を使われますか?」


「いや、その辺でいいよ」


 カサンドラは壁際に立ち、数箇所触って感触を確かめると、そのまま壁にもたれかかった。数秒して、規則正しい寝息が聞こえてくる。


 教師たちは、顔を見合わせて困惑した。


 まさか、立ったまま寝るとは……



少しでも続きが気になる、面白いと思っていただけたら評価等々してくださると嬉しいです。何卒。

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