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終末まで残りX日  作者: 桐ノ奏
第一章
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7.騒動


 どうしようか。

 クレニアは、思いがけず出来た自由時間を持て余していた。


 と、いうのも、今日の1限目は国史だったのだが、担当の教師が急用でいないため自習となったのだ。


 次の授業までの時間を模擬戦で潰す生徒たちもいれば、その辺に寝転がっている生徒もいる。


「どうしようかな」


「ちょっと、そこのあなた」


「え?」


 ぼんやり廊下を歩いていると、空き教室の中から声をかけられたので立ち止まる。声色的には女性だ。


「あなたよ、オレンジ色の髪の」


 自分のことか、と認識したクレニアは声が聞こえた教室の中へ入る。


 目の前にいる女性は、肩にかかった淡い水色の髪を手で払うと、キッとクレニアを睨みつけた。


「あなた、ゼルとどういう関係なの!?」


「ゼル……あぁ、ゼルさんですか?」


「気安くゼルって呼ばないでっ!」


「ラマゼルさんは先輩です」


「そういうことを聞いてるんじゃないのー!」


 あくまで冷静なクレニアに、顔を真っ赤に染めた彼女は痺れを切らしたのか、ビッとクレニアを指差した。


 この前もこんなことあったな、とクレニアは思った。無論、込められた感情はまったく別物だろうが。


「こっ、この間の週末に、あなた、ゼルと2人きりで! よ、夜! 一緒にいたでしょう!!」


 そこまで言われて、やっと“狩猟の会コン・テーリュス”の集まりから帰ったときのことだと気がついた。


「別に何もありませんよ」


「そうよ、私知ってるんだから……って、え? 何もないの?」


「私とラマゼルさんはただの先輩後輩です。疾しいことなど何もありません」


「なんだ……ならいいの。ごめんなさいね、急に捲し立てちゃって。私、2年のナージャ・スカンドよ」


「クレニア・グレイシスです」


 ナージャは1人で突っ走ってしまったことが恥ずかしいのか、両手で頬を覆ってモジモジしている。


「私、ゼルとは中等学校の頃から一緒なの。でも私、あんまり友達がいないから、ゼルがずっと一緒にいてくれて……それで、あなたと一緒にいるところを見て、早とちりしちゃったの。ごめんね」


「いえ。私も誤解されるような行動をしてしまったので」


「えっ、超いい子……そういえば、あなた1限は?」


「国史だったんですけど、マチルダ先生がいなくて」


「そう……私は1限目は魔術理論だったんだけど、アーノルド先生がいなくってね。他の先生方も、何人か出払ってるみたい」


「そうなんですか……」


 クレニアは顎に手を当てて考え込むが、ナージャが何やらソワソワしながらクレニアに話しかけてきたので、一旦思考を止めた。


「ねね、せっかく女の子どうしなんだし、恋バナしない?」


「……え?」


「だって、うちの学校って女の子より男子の方が多いでしょ? 気になる人の1人や2人、いるんじゃないの!?」


 クレニアの話を聞きたい、というより、恐らくはナージャが想い人について語りたいだけではと思ったが、話に付き合うことにした。


「で、どうなの?」


「そう、ですね……」


 1人ふっと浮かんだが、頭から消し去る。向こうはそんな認識ではないはずだ。


「今は勉強に必死って感じで、あんまりそんな余裕はないですね。ナージャさんは?」


「私? 聞いちゃう? 誰にも言わないでね? えっと……私、ゼルのこと好きなの」


 言っちゃった! とナージャは真っ赤になって悶えている。

 対するクレニアは、やっぱりか、くらいの感想だった。


 ナージャ・スカンドは、未来で小規模ではあるが魔力による災害、すなわち「魔災まさい」を引き起こす。

 それは、ラマゼルを失った悲しみによるものだった。

 ラマゼルが魔塔の任務中に死亡した際、最初にその遺体を見つけたのはナージャだった。なぜなら、彼らは同じ任務を遂行していたから。


 ナージャは土属性だ。魔力が暴走して、一帯に地割れが起きたと聞いた。


 ラマゼルの怪我を未然に防いだ今、未来は変わったはずだ。


「あっ! ナージャいたぁ!」


 突然バァンッとドアが開け放たれ、小柄な女性がナージャを指差して叫んだ。


「ちょっ、セラ? 何?」


「大変なの! さっき魔草学まそうがくでヤンヴィ草使ってたんだけど、ジョーの馬鹿が魔力込めすぎちゃって、今暴走してんの! 止められるのアンタしかいないから、先生が呼んでこいって」


「はぁ!? もう、ごめんねクレニアちゃん! 恋バナはまた今度しようねっ!」


「ほら早く!」


「ちょっと引っ張んないでよー!」


 嵐のように去っていった。


 ヤンヴィ草とは、魔力を込めることで一定時間対象を捕縛する魔草の一種だ。よく、護身用に用いられる。


 ただ、あくまで魔力が少ない人向きのものだ。魔力を込めすぎると、先ほどのセラが言っていたように暴走する。

 限りなく成長して、手当たり次第に敵と認識したものを捕縛するのだ。


 ナージャの固有魔法は知らないが、ヤンヴィ草の暴走を止められるとなれば、恐らくはアディリアと似た類のものなのだろう。


 気づけば、もうすぐ1限が終わる時刻となっていた。


 次はたしか魔草学だ。

 騒ぎが収まっているといいのだが。



◇◆◇



「はてさて、どうしたものかねぇ」


 グロースフィア魔術学校学校長、セドリック・ランカストは顎を撫でながら眼下の光景を見つめた。


 彼らグロースフィアの教師陣は、リディオン国北側のアリステリシア領、ネカロ村の入り口が見える高台にいた。

 頭上では、錆のような色をした重い雲が空を覆っている。


「これは……」


「酷いな」


 マチルダは鼻を覆い、アーノルドは眉間の皺を深くした。アイゼルは顔を顰めて、村の惨状を観察している。


 彼らがここに着いたのは昨夜。

 その時点で既に、村は魔物によって荒らされ、ほぼ壊滅状態となっていた。

 最初に着いていた教師数人で魔物を狩っていたが、劣勢に追い込まれ、一度体制を立て直すために撤退した。


 魔物は無尽蔵に湧いていた。

 おかしいと思ったアイゼルがランカストへ連絡をとり、つい先程合流した。


 村には既に、生存者はいなかった。

 1人残らず魔物に喰われており、魔物たちも食糧が無くなったことを悟ると、共喰いを始めた。


「瘴気はそこまで濃くないんだがね、どうやら魔国との”門”が開いているらしいなぁ」


 ランカストは鋭い眼光を宿した碧眼をスッと細め、そして教師たちを見回した。


「僕を呼んだのは賢明な判断だった、ヴィクトール。もう手遅れだが、“門”を閉じられるのは僕くらいだからね」


「宜しくお願いします」


「あぁ」


 ランカストは何も無い空間から杖を取り出すと、トン、と地面を突いた。

 瞬間、足元に村全体を覆うほどの巨大な魔法陣が現れ、溢れ出した魔力が突風を起こす。


「我がランカストの名の元に命ず。“門よ、閉じよ”」


 一瞬空間が歪み、魔物の姿がかき消えた。そして雲が晴れ、何事もなかったかのように透明な青空が広がった。


「取り敢えず、これでしばらくは魔物が出ることはないだろう」


 ランカストがパッと手を離すと、杖はふっと粒子になって宙に溶けた。


「それにしても、どうして“門”が開いていたんでしょう」


 マチルダが呟く。


「うーん、もしかすると、魔国との境界自体が曖昧になってきているのかもね」


「大丈夫……じゃ、ありませんよね」


「あぁもちろんさ。超マズい」


 アーノルドは嘆息する。ランカストが言うと、どうも大事に聞こえない。


「ま、今回は様子を見よう。ヴィクトール、忙しいとは思うが、定期的に……そうだな、月に2回、ここの状態を僕に報告してくれ。場合によっては僕が結界を施す」


「承知」


 ランカストは一同を見回した。


「急に集まってもらってすまなかったね。僕は少し残るけど、君たちはもう帰っていいよ」


 最初にマチルダが踵を返し、次にアーノルドが続いた。


 アイゼルも村を一瞥し、ワープ魔法で移動した。


 1人残されたランカストは、後ろを振り返る。


「誰かな、さっきから覗いているのは」


「へぇ、気づくんだ」


 ランカストの眼光が鋭くなる。

 人語を操る小鳥は、嘲笑うかのようにチチッと鳴いた。


「“門を閉じる魔法”……とても面白い。家伝だろう?」


「そんなことまで分かるとは。只者じゃあないようだ」


「ふふ、褒め言葉として受け取るよ。君も只者じゃないよね。僕の正体を見抜いているだろう?」


 小鳥は妖しげな光を放つ金の瞳でランカストをじっと見据える。ランカストの頬を一筋の冷や汗が伝った。


 まるで、蛇に睨まれた蛙の気分だ。


「まぁ、今日はここでお暇するよ。この姿じゃ君には敵わないしね。じゃあ、また」


 小鳥は飛び去っていく。

 ランカストはふっと息を吐いた。そして小鳥が飛び去っていった空を見上げる。


「……」


 これは、近いうちに大きな波乱が起きそうだ。



少しでも続きが気になる、面白いと思っていただけたら評価等々してくださると嬉しいです。何卒。

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― 新着の感想 ―
全体的にキャラクターが生き生きとしており、ストーリーの構成も興味を引くものとなっています。特に、未来の知識を持つクレニアの視点や、魔法・世界観の設定がしっかりしている点は魅力的です。改善点としては、場…
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