6.狩猟の会
ラマゼルと討ち取ったオルトロスの魔石を魔術基礎の教師であるアイゼルに渡すと、たいそう驚かれた。
「え? 2人? 2人だけで、凶暴化したオルトロスを倒したのかい?」
「はい」
「うわー、予想以上だね、これは……」
それきりアイゼルは側に立つクレニアに目もくれず思考に耽り始めたので、もう用は済んだので帰ろうと思ったところ、クレニアの存在を覚えていたらしいアイゼルが引き留めた。
彼は真剣な眼差しをしていた。
「ちょっと待ってくれ、グレイシス。君の実力は知っているつもりだったけど、どうやら僕らの想像を超えているらしい。
そこで、一つ提案だ。
僕の所属する組織、“狩猟の会”に入らないか」
クレニアは戸惑った。
“狩猟の会”とは、その名が表す通り、魔物を狩る民間組織だ。こんな風に組員と直接関わったことは、今までで一度もない。たまたま彼らの討伐に立ち会って手助けしたことは何度かあるが、面と向かって会話したのは数えるほどだ。
発足に至った経緯だとか、どう活動しているかだとか、そういった詳細はまったくと言っていいほど知らない。
「もちろん、無理にとは言わない。でも、きっと魔術を学ぶいい機会にはなると思うよ。
もし君にその気があるなら、冬季休業が終わった次の週末、ルーヴェク西端の酒場まで来てくれ。そこが僕らの拠点なんだ。
そうそう、シェーベールも誘うつもりだ。彼には去年から目をつけていたからね、いい口実になったよ。
じゃあ、寮まで気をつけて」
最後、アイゼルはニヤリと悪い笑みを浮かべていた。彼が注目していたということは、やはりラマゼルの実力は一年の頃から頭一つ抜けていたのだろう。
それにしても、ヴィクトール・アイゼルが“狩猟の会”のメンバーだったとは。
初耳だったため多少面食らったが、たしかにいい機会ではある。
“狩猟の会”にはかなり腕の立つ魔術師がたくさんいる。彼らの戦い方を間近で見られるのは喜ばしいことだ。
週末、ルーヴェク西端の酒場か。
◇◆◇
「あれ、グレイシス? 君もアイゼル先生から誘われたの?」
町外れの酒場の近くまで行くと、私服姿のラマゼルがクレニアに気づいた。
「ゼルさんも?」
「あぁ。アイゼル先生が逃してくれなくてさ」
「大変そうですね」
「君も気をつけな……って言っても、もう囲われてそうだね、君は」
「あはは……」
クレニアの向上心を、アイゼルは見抜いていたということだろう。「学びの機会」という適切な餌で釣ってみせた。
恐らく、これ以降も絡まれるだろう。
日も傾き始めているので、そろそろ入ろうかとラマゼルが酒場のドアノブに手をかけようとしたが、それより早くドアが開かれた。
ラマゼルは鼻を手で抑えている。
逆光からヌッと現れたのは、背の高い女性のようだった。
「あぁ! 君たちだね? ヴィーが言ってた新入りってのは」
芯のある、腹に響く声の持ち主は、クレニアといまだ鼻をさすっているラマゼルを酒場の中へ招き入れた。
酒場の中には、あちこちに屈強な戦士や魔術師たちが座していた。
女性はカウンターの前に立つと、両手を広げて朗々と喋り出した。
「改めまして、“狩猟の会”へようこそ! ここは我らが拠点、ベスティール酒場だ。
そしてアタシはここの経営者、かつ“狩猟の会”創設者! ディアナ・ベスティールだ。どうぞ、よろしく頼む」
ディアナが自己紹介を終えて礼をすると、拍手と歓声が起こった。
「それじゃあ新入り諸君! 君たちも自己紹介を頼むよ。あぁ、もちろん本名でなくてもいいさ」
隣にいたラマゼルが一歩前に出た。
「俺はラマゼル。ゼルって呼んでくれ。器用貧乏だが、魔術なら大抵のことはできる。よろしく頼む」
「クレニアです。未熟ですが、皆さんから学べればと思います。どうぞよろしく」
礼をして頭を上げると、端の方にアイゼルを見つけた。学校での姿とは違う、どこか気怠げな雰囲気で、しかし微笑んで拍手を送っていた。
ディアナは満足げに頷くと、一つ手を叩いて注目を集める。
「よーし、それじゃ今夜も狩りといこうか。場所は伝えた通り、ここから更に西に進んだコルディス領のトゥポル山だ」
壁に貼られた地図を指し、ディアナは衆人に告げる。
「ここで、鳥型の魔物が巣を作っているという報告があった。幸い、まだ仔はいない。今のうちに叩く。
今日は弓を扱う奴らをメインで組む。エマ、ビリー、エドガー、それからヴィーと新入り2人、そして最後にアタシだ。異論ないね?」
全員が賛成の声を上げる。
名前を呼ばれた者は、各々武器をとって立ち上がった。
「医療班は、いつも通り近くで待機を。討伐が終わったら合図を出す」
「了解、ボス」
薄汚れた白衣をまとった、痩せぎすの男が頷く。
「それじゃ、出発だ!」
◇◆◇
トゥポル山に着いたのは、すっかり日も暮れきって夜の気配がし始めた頃。
一行は巣があるという山の中腹で岩陰に身を潜め、魔物の姿を探す。
鋭い鳴き声が空気を裂いた。
「おいおい……ボス、これはまずいぜ」
「どうした、ビリー」
「今の鳴き声が聞こえたろ? ありゃ、ルフ……ロック鳥だ」
瞬時に空気が張り詰めた。
ルフ、またの名をロック鳥は、成人男性の身長を優に超すほど大きく、翼を広げれば、その全長は民家二軒を覆えるほど。
「ロック鳥……」
隣で、アイゼルがポツリと呟いた。
それに応えるように、ディアナは立ち上がって彼を見下ろした。
「はは、何の因果か知らないが……行くぞ、ヴィクトール」
「あぁ」
「ここで確実に仕留める。新入り2人は援護を頼むよ」
ビリーはスルスルと木に登り、葉の隙間からロック鳥の動向を伺う。
エマとエドガーはそれぞれ反対方向へ弓に矢をかけながら向かった。
ディアナとアイゼルは低い姿勢で木々の隙間を縫いながら走り、アイゼルはロック鳥の死角へ回り込み、反対にディアナはロック鳥の目の前へ出る。
ロック鳥の濁った黄金の双眸が、ディアナを捉えた。
「やぁ、いい夜だね? こんな夜は、狩りが捗る」
ドン、と体が振動した。
なんだ、今の。
「何なんだ、あの人……!」
隣でラマゼルが驚愕したように口元を覆った。
あの振動は、ディアナがロック鳥の頭を撃ち抜いた音___正確に言えば、撃ち抜くために放った、魔術の音。
否、魔術ですらない、純粋な魔力の塊。
しかし、魔力の密度が尋常でない。
超圧縮された魔力。
ロック鳥の頭を一撃で貫通させるほどの。
頭上で翼をはためかせる音が何重にも響いた。ディアナはそれを見て、ニヤリと口角を上げて叫ぶ。
「野郎ども、追加のディッシュだ!」
エマとエドガーは魔力を纏わせた矢を、そしてアイゼルは魔術を放つ。
しかし、仲間を殺されて激昂したロック鳥は自身の怪我など気にせず攻撃しようと迫ってくる。
「グレイシス」
クレニアと目を合わせて頷き合ったラマゼルは立ち上がって、ふわりと浮き上がった。風魔術の応用だ。繊細なコントロールを要するため、誰にでもできる代物ではない。
きっと彼は上から援護するつもりだ。
なら、私は地上から。
「“剣よ”」
ディアナに襲い掛からんとしたロック鳥の足を斬り落とす。すぐさま重力魔術で飛び上がって落下を利用し、トドメを刺す。
「助かった、クレニア!」
「いえ」
背中合わせで目の前の敵を屠る。
十数分して、やっと夜の静寂が戻ってきた。ディアナは空へ一筋の魔力を打ち上げ、合図を送る。
「皆、無事か?」
「おう、傷一つないぜ」
「結構戦いやすかったよ。やるじゃないか、新入り」
エマに肘で小突かれ、クレニアは少し口元を緩ませる。
皆で討伐を終えた達成感に浸っていると、合図に気づいた医療班が駆け寄ってきた。
「今回、かなり多かったな。怪我人は?」
「ゼロだ、アル」
アルと呼ばれた白衣の男は目を見開いて驚く。
「本当か? そりゃあ凄い。帰ったら宴だな」
「あぁ、大盤振る舞いだ」
◇◆◇
討伐完了を祝う宴ではたくさんの料理や酒が振る舞われた。メンバーたちは皆酔い始めたため、まだ学生であるクレニアとラマゼルは先に帰ることにした。
夜は更け、頭上では星が瞬いている。
「ディアナさん、強いな」
ラマゼルは星を見上げながら、ポツリと呟いた。独り言のようだったので、クレニアは曖昧に頷く。
「俺も、あんな風に……」
振り向いたラマゼルは、クレニアを指差してニッと笑った。
「上から見てて分かった。君は強い。多分、俺よりも。
だから、しばらくは君を追いかけることにする。その次はディアナさんだ」
クレニアはつられて笑った。
ここまで清々しい人だったとは。
「よし! 明日が休みで良かったな。でも早く戻ろう。そろそろ眠い」
「そうですね」
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