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終末まで残りX日  作者: 桐ノ奏
第一章
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4.守境大樹


 武闘大会が終わって1ヶ月ほど経つと、次に訪れるのは冬季休業だ。12月から1月にかけての約3週間ほどの休暇で、この期間に実家へ帰る生徒も多い。


 クレニアはというと、1週間ほどは家には帰らず、リディオン国の西側にある都市、コルディス領を訪れようと思っていた。無論、家族には既に手紙を送って伝えてある。

 家族は私の誕生日を直接祝えないことを残念がっていた。その代わり、両親からは保存のきく携帯食が、アディリアからは、彼女の固有魔法で育てたサラーペヴォ草という傷薬の原料になる青い花が同封されていた。


 旅費は、その昔狩りまくった魔物の魔石を売り捌いて稼いだ。5日程度ならそこそこ良い宿に泊まれる。あとは野宿と考えていた。


 ルーヴェクから西へ向かう列車に乗ってコルディス領へ到着。前回までの記憶を頼りに目星をつけていた宿の近くまで来ると、覚えのある声に引き留められた。


「えっ、クレニア? どうしてコルディスに?」


 どうやら、泊まる予定の宿の近くにスーリエの実家があるらしく、3日ほどお邪魔することになった。

 スーリエのご両親はとても優しく、クレニアに対してかなり良くしてくれた。需要の高い日常用品の商いを生業としているからか、2人とも恰幅が良かった。

 また、コルディス領の遺跡を回るつもりだと伝えたら、この辺りの地形や天候、それから冒険者ギルドの拠点まで教えてくれた。更に親切なことに、数日分の食糧まで分けてくれた。


「どうしてここまで……」


「スーリエは、あぁ見えて用心深くてね。そんなあの子が家に招くくらいだ、君は信用に値するんだよ。きっと将来有望だ。これは投資だと思ってくれ」


 スーリエのお父上は、そう言ってウインクしてみせた。なかなかユーモアのある御仁らしい。

 そうして3日が過ぎ、クレニアはデーニッツ家を後にした。


 冒険者ギルドへはとうの昔に登録してあるので、申請さえすれば遺跡へ出入りできる。が、クレニアの目的地は遺跡ではなく、周辺の魔力源だった。


 魔力源とは、その名の通り魔力が湧く源である。各地に点在しているが、神出鬼没なため一定の場所に留まっていることはほとんどない。

 だが、一部の地域には信仰対象とも言えるもの、つまり長い間同じ場所にある魔力源が稀に存在する。その1つが、このコルディス領にあるのだ。


 その名を「守境大樹しゅきょうたいじゅ」。

 それはクレニアが生死を繰り返す中で密かに育っていたらしい。50回を上回る頃から、その存在を度々耳にしてきた。コルディス領の西端、ニーヴル森の奥地にそれはある。


 そこは、クレニアが最期を迎えた場所だった。

 今までの記憶をすべて思い出した今でも、どうしてか最期の記憶だけは、すべて朧げなままだった。

 他殺だったのは覚えている。その時、かなりの確率でネオが隣にいたことも。そして、クレニアが何度も時を遡っているのは自分を殺した魔術師の魔法のせいだということも。


 だから、守境大樹を訪れれば何か分かるのではと思ったのだ。


 ニーヴル森は比較的瘴気が濃いので、魔物が多く出る。そのため周りに集落は少なく、人里の方面には石壁がある。その石壁の上に飛び乗ると、後ろから嗄れた声がした。


「お若いの、ニーヴル森へ行くのかい」


 振り返れば、杖をついた老人がクレニアを見上げていた。


「守境大樹様がおられるとは言え、森の中は危ない。おいで、加護を分けてあげよう」


 老人の言葉に、邪気は感じられなかった。ついでに守境大樹についての話を聞いておこうと思い、クレニアは石壁から飛び降りた。

 老人の住処はすぐそこにあったようで、招かれるまま中へお邪魔した。木製の丸椅子に座ると、向かいに腰掛けた老人がクレニアの手を取った。


「ニーヴル森に1人で入ろうとは、勇気があるねえ。守境大樹様のことは知っているかい」


「いえ、あまり」


「それじゃあ、少しだけ昔話をしよう」


 老人は、クレニアの手に自身の魔力を流しながら語り始めた。



◇◆◇



 今から1000年ほど前、この世界は大きな厄災に見舞われた。

 遠い昔に封印されたはずの邪神が蘇り、魔力と相対する瘴気を振り撒き、それに汚染された動物たちが皆魔物へと変化……否、進化した。瘴気に適応したのだ。

 しかしながら瘴気は理性を蝕み、魔物たちは本能の求むるまま人里へ下りて、あたり一帯を食い散らかした。無論、国の騎士団や魔術師たちも戦ったようだ。だが、被害は既に甚大であったと聞く。


 厄災は時間の経過とともに去っていった。邪神は、リディオン国の魔術師と魔国の王によって封印され、各地の瘴気も次第に薄れていった。


 しかし、此処コルディス領の瘴気は一向に薄まることを知らなかった。どうやら、ニーヴル森のあたりに魔国と繋がっている遺跡があるらしい、と実しやかに囁かれ始めた。結論から言えば、その噂は正しかったのだ。


 厄災が収まってから数年。ある時、ニーヴル森の奥地に魔力源が出現した。森で道に迷った子供が発見したらしい。最初はただの花に見えた……が、それは数日のうちに大人の背を越すほど成長したのだそうだ。

 そして、その魔力源が成長するにつれ、周囲の瘴気が段々と薄まっていった。おかげで周辺を調査出来るようになり、噂通り、地下遺跡に魔国への門があると分かった。


 瘴気が薄まると同時に、その魔力源の周辺の魔力濃度が高まっていた。これの原因を調べたところ、なんと、木が瘴気を取り込み魔力に変換して放出しているのだと言う。よって彼らは、その木を「魔国との境界を守る大樹」、すなわち「守境大樹」と名付けたのだ。



◇◆◇



「これが、守境大樹様のお話だ。

……ほら、終わったよ。加護を感じるかい?」


 老人が手を離す。クレニアは自身が何か温かいヴェールに包まれているように感じた。これが加護だろうか。しかし、属性魔術はおろか無属性魔術の気配すら感じない。特殊魔術の類だろうか。


「えぇ。一体どうやったのですか?」


「言わば防御魔術の応用さ。

防御魔術の回路を書き換え、瘴気を弾くように設定する。それを他人に付与すると、自然と“加護”になるんだよ」


「防御魔術の応用……なるほど、ありがとうございます」


 基盤は無属性魔術だが、恐らくは人に付与することによってその枠を外れるのだろう。クレニアは与えられた加護を分析し、老人の言葉を参考に加護を強化してみる。それを見た老人は、小さな目を皿のように見開いてクレニアを見つめた。


「お前さん、今の説明だけで理解したのかい? こりゃあ……たまげたもんだ」


 老人の言葉に、クレニアは曖昧に微笑んで返す。お礼にと硬貨を差し出そうとしたら、老人は慌てて断った。自分の好きでしたことだから、見返りはいらん、とのことだった。


「ありがとうございました」


「気をつけるんだよ」


 老人の家を出て、ニーヴル森へ入る。

 加護のおかげか、瘴気はあまり気にならなかった。魔物もあまり近寄ってこない。良い知識を得た、とクレニアは1人笑った。


 森の奥へ向かうにつれ、魔力も瘴気も濃度が濃くなってきた。視線を少し遠くへ向けると、他の木々より遥かに高く、大きな木が見えてきた。きっと、あれが守境大樹だ。

 近づくにつれ、魔物の気配が減っていく。魔物は瘴気には強いが、あまりにも魔力が濃いところには生息出来ないらしい。


 クレニアは足を止めた。

 目の前の開けた空間には、巨大な木が聳え立っていた。

 堂々たる苔むした幹、空を覆わんと四方へ広がった枝、張り巡らされた根のそばには、小さな花畑が出来ている。


 生命力に満ち溢れた大樹。正しく守護者の如し。


 溢れ出る魔力は並大抵でなく、恐らく伝説級の魔法も、ここでなら使えるだろう。

 たとえば、時を遡る魔法。

 魔法というものは、影響を及ぼす範囲によって消費する魔力量が変わる。時間に干渉するのであれば、相当な魔力量が必要だろう。


 分からない。

 誰かの恨みを買った覚えもないから、自分を殺したいような人間など知らない。それとも、知らぬうちに憎まれていたのだろうか。


 せめて、自分を殺した魔術師を明らかにしなければ。最期の記憶に残る顔はいつも同じだったから、その顔が思い出せれば、話は早いのだが。

 クレニアは目の前の大樹を見上げ、葉の隙間を通り抜けてくる夕日に目を細めた。


「……強く、なろう」


 誰だろうと返り討ちに出来るほど、強くなればいい。きっとそれが、今できる最善だ。



少しでも続きが気になる、面白いと思っていただけたら評価等々してくださると嬉しいです。何卒。


そろそろ学校が始まるので、恐らく次の更新は週末になるかと思います。

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