2.再会
時は経ち、14歳の誕生日。
クレニアが目覚めると、やはり記憶通り枕元に真っ青な封筒が置いてあった。中身も記憶と寸分違わず、クレニアのグロースフィア魔術学校への入学を許可する、というもの。
便箋を封筒の中へ元の通りにしまい、机の引き出しへ入れる。カーテンを開けて伸びをすると、ちょうどそのタイミングで元気な声とともにドアが開かれた。
「姉さんおはよう! 誕生日おめでとう!」
まだ寝癖のついているアディリアを見て、ふと笑みが溢れる。既に何度も見た光景といえど、やはり可愛らしいと思うし、なにより自分のことをこんなに祝ってくれる人がいるのだと思うと凄く嬉しい。
「うん、ありがとう」
「今日は晴れてるし、一緒に街に行こ!」
「いいね。じゃあ朝ごはんを食べたら出掛けようか」
「うんっ!」
両親は朝から既に張り切っており、いつもより2、3品多い朝食だった。特に、母さんが作ってくれたらしいふわふわのスクランブルエッグは絶品だ。
それらを腹に収め、外出着に着替えてアディリアとともに家を出る。
空は雲一つない快晴で、コートを着ても少し肌寒いが風はさして強くなく、出歩くにはちょうど良い天気だ。久しぶりの街は、やはり変わりなく賑やかだった。そしてアディリアが可愛いからか、どこへ行っても大体値引きかオマケしてもらえる。ついさっき買った果物は、店長のおじさんがオマケしてくれたおかげで今にも袋から溢れ出そうだ。
「姉さん! 次どこ行く?」
アディリアが小首を傾げてクレニアの顔を覗き込んだ。
うーん可愛い。やっぱり私の妹可愛い。
思考を放棄し始める脳を何とかしばき、次に行く場所を考える。
ちょうどその時だった。
「!?」
クレニアは殺気を感じ取り、勢いよく後方へ振り向く。しかし、そこには行き交う人々がいるだけで、特段武装している人もいなければ、先ほどの殺気も既に無くなっていた。
「姉さん? どうかした?」
「……ううん、何でもないよ。そろそろお昼だし、どこか入ろうか」
「うん!」
クレニアはアディリアの手を引き、足早に近くの食事処へ入る。
そんな2人を、少し離れた建物の屋根から見下ろす影があった。
「クレニア・グレイシス……前回までは気づかなかったけど、今回はちゃんと気づいたみたいだね。ふふ、また会えるのを楽しみにしてるよ」
フードをかぶった影は黄金の目を細めて笑い、そして虚空へ溶けるように姿を消した。
◇◆◇
翌年9月。
ついに今日はグロースフィア魔術学校の入学式だ。
シャツにスラックス、そして属性を表す青のネクタイを締め、上から濃紺のブレザーを羽織る。制服の着こなしに対して厳しいルールはないので普段はカーディガンなどラフな上着を着ていたが、式典の時はきちんと制服を着る。それがクレニアなりの規則だ。
「じゃあ、いってきます」
「いってらっしゃい!」
家族の見送りを受け、まだ日が昇りきらぬ内に家を出る。
グロースフィア魔術学校は、リディオン国の中心地、ルーヴェクという都市にある。クレニアの生家はツェンブルク領にありルーヴェクとは少し距離があるが、グロースフィアは寮生活となるので問題ない。家に帰るのは長期休暇のみになるだろう。
家から少し離れた開けた場所で、グロースフィアからの真っ青な封筒を取り出し、背面に描かれた魔法陣へ魔力を流す。
目を閉じると、一瞬の浮遊感の後、先程までとは違う香りの風が髪を揺らした。
目を開けると、そこには燦然と輝く太陽の下、石造りの門が聳え立っていた。門の両側には羽を広げた梟の石像が、埋め込まれた紅玉の双眸で門番のように通行人たちを見つめている。
懐かしい。
クレニアは目を細めて静かに微笑んだ。
近くに流れる川のせせらぎ、森の木々が騒めく音、遥か頭上を飛んでいく鳥の鋭い鳴き声。昔と寸分違わない。
門を通り抜けると、所々苔むした煉瓦造りの、歴史を感じさせる建物が現れた。グロースフィア魔術学校、本館である。
入学式などの式典は、通常別館の講堂で行われる。グロースフィアは国で最大の魔術学校であるため、入学者数も他の追随を許さないほど多い。
講堂へ入ると、既に半分ほどが埋まっている。事前に指定されていた席へ座ると、ちょうど隣に人が来た。
「あら、隣? 宜しくね。私、スーリエ・デーニッツ」
「クレニア・グレイシス。宜しく」
クレニアと握手を交わした後、淑やかに座ったスーリエは、俯き加減で柔らかな茶髪を耳にかける。クレニアは記憶を辿り、彼女に関する情報を引っ張り出す。たしか、彼女はルームメイトだったはずだ。争いを好まない性格なので、基本的に穏やかなクレニアとぶつかることは一度も無かった。ただそれは自分の意見を主張しないのではなく、引き際や相手の地雷、沸点などを見極めた上での結果なので、箱入り娘のような外見に比べ、存外世渡りが上手いらしい。
その後、入学式は恙なく終了した。寮の部屋割りは既に済んでいるらしく、事前に運び込まれている荷物に残った自分の魔力を辿って、割り当てられた部屋を探せとのこと。
この通過儀礼は何度も経験しているが、やはり身が引き締まる。グロースフィアは国で最高の魔術学校。そこの生徒になったからにはこのくらい出来て当然、というわけだ。
自分の魔力を感知しながら学生寮を歩いていると、ふと遠くに見覚えのある銀髪の頭を見つけた。
ネオ・アスティーズ。
向こうは気づいていないらしいので、クレニアは彼を避けるようにして自分の部屋へ向かった。別にまだ何もないから険悪になる要素は無いのだが、初期の彼はだいぶ取っ付きにくいのでなるべく関わりたくなかった。
辿り着いた部屋の扉を開けると、既に先客がいた。
「わ、グレイシスさん? もしかして同じ部屋?」
「そうみたいだね。宜しく。あと私のことはクレニアでいいよ。私もスーリエって呼んでいいかな?」
「うん、もちろん。これから宜しくね、クレニア」
部屋の中もやはり記憶と変わりなく、比較的日当たりが良く、少しだけ埃っぽい空間だった。それすらも懐かしい。
グロースフィアでの生活がいよいよ始まったのだと思うと、何度も体験したこととは言えど、胸が踊った。
前回の私を必ず超えるのだと、クレニアは強く誓った。
◇◆◇
入学式の翌日から、授業は始まる。
1限目は魔術基礎で、担当は入学式で進行役を務めていた教師、ヴィクトール・アイゼル。カールした鮮やかな赤毛が特徴的な、風属性の魔術師だ。
「それじゃ、最初はレクリエーションといこう。みんな、中庭に出てくれ」
そういえばこの先生、爽やかな見た目に反して結構頭のおかしい人だったな、とクレニアは思い出す。そう、初日にして私たちは、「レクリエーション」と称して互いに戦わされたのだ。
「お互いの実力を知ることは、これからの学校生活で役立つからね」
まぁ、間違ってはいない。
11月には武闘大会がある。個人種目がメインの大会であり、これが近くなってくると生徒同士で訓練をしたりするのだ。この時、相手の実力を知っていると同じくらいの相手と戦れたり、逆に強い人との差を知れたりする。
ただ自分の実力を隠す人もいるので、一概には言えない。
「僕が適当にペア作るから、やりたい奴から前に出ておいで」
アイゼルは召喚したらしい木製の椅子にゆったりと腰掛け、長い足を組む。
クレニアとペアになったのは、体格の良い赤いネクタイの男子生徒。つまり火属性だ。火属性と水属性は、その魔術師の力量、魔力量にもよるが、基本的に水属性が有利だ。加えてクレニアには圧倒的な経験値がある。さっさと終わらせようと、相手を促しアイゼルの前へ出た。
「クレニア・グレイシスとルイス・ギルバートだね。言い忘れてたけど、固有魔法は禁止。相手を降参させたら勝ちだ。準備はいいかい? それじゃあ、始め!」
ギルバートは炎を拳に纏わせて、クレニアに向かって突っ込んでくる。クレニアはそれを最小限の動きで躱すと、水を浴びせて鎮火する。それを何度か繰り返すと、ギルバートは痺れを切らしたのか唾を飛ばす勢いでクレニアに突っかかった。
「お前、避けてばっかりじゃねえか! それとも、水属性サマには攻撃魔術が使えねえのか?」
ギルバートはさぁ怒れとでも言うように歯を剥き出してクレニアを煽るが、生憎これしきで憤る彼女ではない。
「“水球”」
「ッ!?」
至極冷静なコントロールで、ギルバートの頭のみを水で包む。つまりは頭だけ海の中にいるのと同じ状態だ。この状況で、冷静に判断できる学生はまずいないだろう。
「降参するか?」と空間に描き出し、ギルバートの答えを待つ。今にも窒息しそうになりながら首肯するギルバートを見て、クレニアは魔術を解除した。ギルバートは地面へ倒れ込み、喘ぐように咳き込みながら呼吸をした。そして憎々しげに拳で地面を殴る。
「っはぁ、はぁ……ッくそ!」
「うん。勝者、クレニア、グレイシス」
アイゼルは腰掛けたまま悠々と宣言した。
「攻撃魔術を使わず勝利するなんて、これだから水属性の子は面白いよね」
クレニアはアイゼルの賞賛と思しき言葉と探るような視線を受け、曖昧に微笑む。
「さ、どんどん行こう。次の勝者は誰かな?」
その時間中、ギルバートはずっとクレニアを睨みつけていた。もちろんクレニアはどこ吹く風。気にも留めず、目の前の戦いを黙々と分析していた。
学生たちは、戦闘においてはもちろん初心者だ。だがそれ故に、戦場慣れしたクレニアにとっては新鮮なアイディアを持っていたりする。クレニアはそれを見逃すまいと、じっと観察しているのだ。
相手をよく観察すれば、勝ち筋は見えてくる。
それが、クレニアの信条である。
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