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終末まで残りX日  作者: 桐ノ奏
幕間
21/21

グレン・エンマ



 グレン・エンマは、極東の国で生まれた。


 小さく、狭い国だ。周りは山と海に囲まれていて、他国との交流も少なかった。民の多くが自国の物資だけで生活していることに誇りを持ち、貿易しなければ生活できない他国を蔑んでいた。


 そんな国が、彼女は嫌いだった。


 だからグレンは、十五の誕生日を迎えたこの日、家を出た。


 こんな狭いところで、自分の才能は証明できない。


 山を越え、また山を越えた。

 二ヶ月ほどかけて、グレンは魔術大国リディオンへ辿り着いた。極東人の象徴である黒髪は伸びっぱなしで、毛先は艶を失っていた。


 しかしそんなことはどうでもいい。

 だってこの先に、新しい世界が待っているのだ。朝焼けを背に、木立を抜ける。


 期待に胸を膨らませ、その目に捉えた景色は、彼女の想像を超えていた。



 即ち、魔物の巣窟。



 極東は魔力濃度が高かった故、魔物は比較的少なかった。生息していた魔物は、せいぜいが人の両手に乗る程度の大きさ。


 目の前の狼のような魔物は、グレンの腰ほどの高さがあった。立ち上がれば彼女の背丈を優に超える。爪も牙も鋭く、飛びかかられたら一溜りもないだろう。


 驕っていたグレンは、腹を空かせた魔物たちを前にしてたちまち青褪めた。


 武器は持っていたけれど、手が震えて鞘から出せそうもない。グレンが立ちすくんでいる間にも、魔物はジリジリと距離を詰めてくる。


 膝が笑って立っていられず、その場に座り込む。


「……何でだよ、なぁ。立てよ」


 心が体に引っ張られて、僅かに湧いた戦意すら失う。


 魔物はもう、その息がかかる距離にいる。


「…………あぁ」


 こんなことになるなら、国を出なきゃ良かったのに。


 爪を振り上げる魔物の動きが、やけに遅く見えた。


 目を固く閉じて、これから来るであろう痛みに備える。


 しかし、その痛みは永遠に来なかった。


 代わりに、生温い液体が顔にかかる。


「…………え」


 再び目を開けると、グレンの目の前に一人の青年が刀を構えて立っていた。銀色の髪が風に翻って煌めく。深い青の双眸は、ただ目の前の敵をひたと見据えている。


 その絵画のような美しさに、目を、否、心を奪われた。


 青年は腰を落とすと、目にも留まらぬ速さで魔物の群れに向かって斬りかかる。青年が通り過ぎた場所には、瞬く間に魔物の骸が積み重なっていった。


 グレンは頬にかかった血を拭うのも忘れ、その舞のような剣技に見入っていた。


「君、ここで一体何をしていた」


 魔物が全て息絶えてもまだ、グレンは立ち上がれずにいた。


「ここは警戒区域と知らせていたはずだ……いや、待て。君、どこから来た」


 銀髪の青年は、グレンの格好を見て眉を顰める。黒髪に目を留め、納得したように吐息をこぼした。


「……あぁ、アスマか。どうしてここに来た」


 グレンは青年の問いかけも聞こえていなかった。そもそも、グレンはリディオンの言葉がわからない。


 ただもう一度、あの美しい舞を見たかった。


「……ッ!? おい、何をする!」


 気づけば、太刀を鞘から抜いていた。

 目と鼻の先、鮮やかに火花が散る。それが青年の瞳に映り込んで、まるで蒼天に咲く花火のようだった。


「くそ、聞こえないのか!?」


 青年が腕を振り、グレンの太刀を払い除ける。まるで敵を睨むような鋭い視線に、グレンの口元が綻んだ。


「……キレイ」


「は……」


「トテモ、キレイ」


 拙いリディオン語で、グレンはそう呟いた。恍惚と微笑んで。


 青年の背筋が粟立つ。


 グレンは太刀の重さを感じさせないスピードで青年に迫る。その斬撃は重く、とても年下の少女とは思えなかった。受け流し、体勢を整える。


 やりづらい。

 青年にとって少女は保護対象の一般人だ。それに加えて、恐らくは極東特有の剣術。リディオンの型に慣れきった青年にとっては戦いにくいこと、この上なかった。


 守りに徹する青年に焦れたのか、グレンの攻撃は勢いを増す。


 ほんの一瞬だ。

 長旅の疲れが出たのだろう、グレンの太刀筋が乱れた。


 青年はそれを見逃さなかった。


 刹那の間にグレンの背後へ周り、首に手刀を入れる。グレンは一つ息を溢して、気絶した。


 グレンの体にはいくつもの細かな傷があった。それを見留めた青年は、ささやかな回復魔術をかける。


「……はぁ」


 この森に放っておく訳にもいかない。見つけた以上は保護すべきと判じた青年は、少女を連れてワープ魔法を使った。



◇◆◇



 グレンが目を覚ますと、知らない場所に横たわっていた。布団よりやけにふわふわしている。そこで、やっと家を出たことを思い出した。


「目が覚めたか」


「……さっきの」


「……全く、なんであんなところにいたんだ」


 言葉は通じない。

 だが、面倒くさそうな表情と仕草から、なんとなく言っていることを察した。


「……ゴメンナサイ」


 遠い記憶をかき集めて、リディオンの言葉で謝る。青年は驚いたように片眉を上げた。


「君……いや、そうか、通じてはいないのか」


 青年がグレンのそばで片膝をついた。

 その青い瞳は、真っ直ぐグレンを見つめている。


 こんな風にグレンを見る人は、彼女の故郷にいなかった。


「俺は、ソルテ。ソルテ・アスティーズ」


 極東の言語だ。

 慣れてはいないのだろう。ゆっくりと言葉が紡がれる。


「君は、強く、なりたいのか?」


「はい」


 食い気味にグレンが頷くと、ソルテの目尻が柔らかく垂れた。


 その穏やかな笑みに、心臓が跳ねる。


「俺が、お前を鍛える。一緒に、来るか?」


 グレンは躊躇なく、差し出されたマメだらけの手を取った。




◇◆◇




「────あ、やっと起きた」


 どうやら、座ったまま寝ていたらしい。オリヴィエが机の上に顎を乗せて、グレンを覗き込んでいた。


「……ふふ」


「え、気持ち悪。何笑ってんの?」


 グレンは返事をせず、腕を上に伸ばして凝った体をほぐす。


「どうせソルテ様の夢でも見てたんでしょ」


「お前には関係のない話だ」


「あー、ひどい。この前の報告書、誰が手伝ったと思ってるのさ」


「ユグシル」


「だぁー! あたしも一緒にやったじゃん!」


 頬を膨らませるオリヴィエを他所に、グレンは夢の余韻を噛み締める。


 あのお方がいなければ、今頃は骨も残っていなかった。


「…………もっと、強くならなければな」


「何、急に」


「何でもない。報告書を片付けるぞ」



 あのお方の隣に、相応しくなれるように。




少しでも続きが気になる、面白いと思っていただけたら評価等々してくださると嬉しいです。

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