表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
終末まで残りX日  作者: 桐ノ奏
第二章
16/17

14.魔課の鬼才


 音も無く刃が閃き、フェンリルの首を鮮やかに断つ。

 青い残光を目で追うと、塵と化し始めたフェンリルを背に、濃紺の軍服を着た青年が片刃の剣を仕舞うところだった。


 ディアナは咄嗟に召喚していた大剣もそのままに、目の前の青年を凝視し、呟く。


「……魔課、か」


 クレニアの手から力が抜け、氷剣が滑り落ちると同時に宙に溶けた。


 青年の視線がディアナを捉える。


「お前たちが、“狩猟の会コン・テーリュス”か?」


「……その通りだ。貴殿は、害魔対策部の方とお見受けするが」


 ディアナは大剣をしまい、凛と背筋を伸ばして青年を見つめ返す。


「あぁ、私は……」


 青年が頷き、名乗ろうとしたその瞬間。

 茂みからディアナより背の高い女性が、豊かな黒髪を揺らしながら飛び出した。青年の前に立ち、槍のような長柄の武器をディアナに向ける。


「貴様、この御方を誰と心得るか! そのように見つめるなど、言語道断。この御方こそ、魔塔が誇る天才、害魔対策部魔物課の長官、“魔課の鬼才”ことソルテ・アスティーズ様であらせられるぞ!」


 夜の静寂に、その声はよく響き渡った。微かにこだまが聞こえる。

 ソルテは薄く、苦笑いしたように見えた。


「この者は私の補佐官で、グレン・エンマという。悪気はないんだ、許してやってくれ」


 ディアナが珍しく困ったように眉を下げ、クレニアに視線を送る。が、クレニアもグレンとは初めて会うために、その為人を掴みかねていた。


「ところで、ここにはワーグの群れが百はあったはずだが?」


「……あぁ、我々が殲滅した。貴殿がトドメを刺したので最後だ」


 ディアナの言葉に、ソルテは顎に手を当てて考え込む。


「そうか……命拾いしたな。担当したのが私で良かった」


 ソルテの言葉に、ディアナはその意図を察したのか眉を顰める。クレニアもまた、表情はほとんど変えずとも、複雑な胸中でいた。

 ソルテは威厳を湛えた口調で、グレンに言い含める。


「グレン。我ら魔課は、今宵このトゥポル山で、誰にも会わなかった」


「まさか……アスティーズ様、彼らを見逃すと仰るのですか?」


「そうだ。彼らはその有用性を示した。我々の邪魔をしたわけでもない。ならば、罰する理由はどこにもない」


「っしかし……」


「グレン・エンマ」


 冷たい圧が、場を支配する。

 青褪めたグレンは、片膝をついてソルテに首を垂れた。


「……申し訳ありません。お許し下さい」


「許す。して、そこの彼は重傷のようだな」


 ソルテの視線が、未だ横たわるアイゼルに向けられる。ディアナの表情が曇った。


「……あぁ。フェンリルの攻撃を、モロに受けてしまった」


「そうか。グレン」


「は」


「彼を治療しろ」


 グレンの深紅の瞳が極限まで見開かれる。予想だにしていなかった、という顔だ。しかし先ほど叱られたことを思い出したのか、渋々といった様子でアイゼルのもとに跪いた。


 紡がれる呪文は、異国の言葉のようだった。たしか極東の言葉だ、とクレニアはぼんやりと考える。


「……終わりました。しばらくしたら目を覚ますでしょう」


「恩に着る」


 ディアナがグレンに向かって頭を下げる。グレンは多少眉間に皺は寄せたものの、小さく、どういたしまして、と言った。


「それじゃ、我々は魔塔へ帰るとしよう。報告もしなければ」


 ソルテは銀糸の髪を靡かせながら立ち去り、グレンも慌ててそれに続く。しばらくすると彼らの気配が消えた。恐らくワープ魔法を使ったのだろう。


 ディアナは大きく息を吐き、腕を伸ばす。そして、クレニアに顔を向けた。


「あぁ、こんなに疲れたのは久方ぶりだ。クレニア、私たちも拠点へ戻ろう」


 ディアナはラマゼルを背負うと、任務終了を告げる青い火花を打ち上げる。しばらくして、医療班がやってきた。


「怪我人は」


 アルの三白眼が横たわるアイゼルを見つけ、見開かれる。その様子を見て、ディアナは彼の肩に手を置いて、穏やかに言った。


「……魔課の方が、治療を施してくれた。今は眠っている」


「……そうか。ゼルは大丈夫か?」


「あぁ、魔力を一気に消費したもんだから、気絶してる。そのうち目を覚ますさ」


 ディアナは、穏やかに眠っているラマゼルの頭を撫でる。他に怪我人がいないことを確認したアルは、アイゼルを背負った。見かけによらず、意外と力があるらしい。


「それじゃ、帰ろうか。ヴィーとラマゼルが目を覚ましたら、パーっと宴でも開こうじゃないか!」



◇◆◇



「……アスティーズ様」


「なんだ」


 ソルテの1歩後ろを歩くグレンが、おずおずと問い掛ける。


「その、宜しいのですか? 塔主様のご意向は……」


「問題ない」


 ソルテはグレンを振り返らず、キッパリと言い切る。月光に照らされたソルテの横顔は、静かな決意を湛えていた。


「もしも塔主と対立したならば、その時は、私が勝つだけだ」


 そこには、驕りも怯えも無かった。

 グレンは前を歩くソルテの言葉に、一瞬立ち止まる。足音が止まったことに気づいたソルテが、後頭部で括った銀髪を揺らしてグレンを振り返った。


「……どうかしたか」


「いえ……いえ、何でもございません」


 そうか、とソルテは再び歩き始める。その1歩後ろに、グレンが続く。

 凛としたソルテの後ろ姿を熱を帯びた目で見つめながら、グレンは確信する。


 あぁ、やはりこのお方こそ、次期塔主に相応しいのだ、と。





 ソルテが“狩猟の会”を見逃したのには、理由があった。


 一つは、かの組織が有用だと考えたから。

 ソルテはフェンリルの気配を察知したとき、人里に被害が及ぶだろうと予想していた。しかし“狩猟の会”の奮闘により、フェンリルは想定よりも弱っていた。

 特に、あの大剣を扱う女性は、ただの民間組織に置いておくには勿体無い人材だ。


 そして、二つ目の理由。

 それは、青い目の、オレンジの髪を括った少女。

 彼女が握っていた氷剣。あれの再現には、魔塔の魔術師でも手を焼くだろう。恐らくは固有魔法だ。本人はボロボロなのに、刃には刃こぼれ一つ見当たらなかった。魔力量も多いだろう。いずれは魔課に欲しい人材だ。

 それから、弟の変化もきっと、あの子のおかげだ。


 夜道を歩きながら、彼は薄く笑む。



 ソルテには、予感があった。


 ────あの少女が世界の命運を握っているという、天啓めいた不思議な予感が。



少しでも続きが気になる、面白いと思っていただけたら評価等々してくださると嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
冒頭から引き込まれました。北欧神話モチーフもよく、それぞれのキャラクターもたっていて読みやすかったです。続きが楽しみです。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ