14.魔課の鬼才
音も無く刃が閃き、フェンリルの首を鮮やかに断つ。
青い残光を目で追うと、塵と化し始めたフェンリルを背に、濃紺の軍服を着た青年が片刃の剣を仕舞うところだった。
ディアナは咄嗟に召喚していた大剣もそのままに、目の前の青年を凝視し、呟く。
「……魔課、か」
クレニアの手から力が抜け、氷剣が滑り落ちると同時に宙に溶けた。
青年の視線がディアナを捉える。
「お前たちが、“狩猟の会”か?」
「……その通りだ。貴殿は、害魔対策部の方とお見受けするが」
ディアナは大剣をしまい、凛と背筋を伸ばして青年を見つめ返す。
「あぁ、私は……」
青年が頷き、名乗ろうとしたその瞬間。
茂みからディアナより背の高い女性が、豊かな黒髪を揺らしながら飛び出した。青年の前に立ち、槍のような長柄の武器をディアナに向ける。
「貴様、この御方を誰と心得るか! そのように見つめるなど、言語道断。この御方こそ、魔塔が誇る天才、害魔対策部魔物課の長官、“魔課の鬼才”ことソルテ・アスティーズ様であらせられるぞ!」
夜の静寂に、その声はよく響き渡った。微かにこだまが聞こえる。
ソルテは薄く、苦笑いしたように見えた。
「この者は私の補佐官で、グレン・エンマという。悪気はないんだ、許してやってくれ」
ディアナが珍しく困ったように眉を下げ、クレニアに視線を送る。が、クレニアもグレンとは初めて会うために、その為人を掴みかねていた。
「ところで、ここにはワーグの群れが百はあったはずだが?」
「……あぁ、我々が殲滅した。貴殿がトドメを刺したので最後だ」
ディアナの言葉に、ソルテは顎に手を当てて考え込む。
「そうか……命拾いしたな。担当したのが私で良かった」
ソルテの言葉に、ディアナはその意図を察したのか眉を顰める。クレニアもまた、表情はほとんど変えずとも、複雑な胸中でいた。
ソルテは威厳を湛えた口調で、グレンに言い含める。
「グレン。我ら魔課は、今宵このトゥポル山で、誰にも会わなかった」
「まさか……アスティーズ様、彼らを見逃すと仰るのですか?」
「そうだ。彼らはその有用性を示した。我々の邪魔をしたわけでもない。ならば、罰する理由はどこにもない」
「っしかし……」
「グレン・エンマ」
冷たい圧が、場を支配する。
青褪めたグレンは、片膝をついてソルテに首を垂れた。
「……申し訳ありません。お許し下さい」
「許す。して、そこの彼は重傷のようだな」
ソルテの視線が、未だ横たわるアイゼルに向けられる。ディアナの表情が曇った。
「……あぁ。フェンリルの攻撃を、モロに受けてしまった」
「そうか。グレン」
「は」
「彼を治療しろ」
グレンの深紅の瞳が極限まで見開かれる。予想だにしていなかった、という顔だ。しかし先ほど叱られたことを思い出したのか、渋々といった様子でアイゼルのもとに跪いた。
紡がれる呪文は、異国の言葉のようだった。たしか極東の言葉だ、とクレニアはぼんやりと考える。
「……終わりました。しばらくしたら目を覚ますでしょう」
「恩に着る」
ディアナがグレンに向かって頭を下げる。グレンは多少眉間に皺は寄せたものの、小さく、どういたしまして、と言った。
「それじゃ、我々は魔塔へ帰るとしよう。報告もしなければ」
ソルテは銀糸の髪を靡かせながら立ち去り、グレンも慌ててそれに続く。しばらくすると彼らの気配が消えた。恐らくワープ魔法を使ったのだろう。
ディアナは大きく息を吐き、腕を伸ばす。そして、クレニアに顔を向けた。
「あぁ、こんなに疲れたのは久方ぶりだ。クレニア、私たちも拠点へ戻ろう」
ディアナはラマゼルを背負うと、任務終了を告げる青い火花を打ち上げる。しばらくして、医療班がやってきた。
「怪我人は」
アルの三白眼が横たわるアイゼルを見つけ、見開かれる。その様子を見て、ディアナは彼の肩に手を置いて、穏やかに言った。
「……魔課の方が、治療を施してくれた。今は眠っている」
「……そうか。ゼルは大丈夫か?」
「あぁ、魔力を一気に消費したもんだから、気絶してる。そのうち目を覚ますさ」
ディアナは、穏やかに眠っているラマゼルの頭を撫でる。他に怪我人がいないことを確認したアルは、アイゼルを背負った。見かけによらず、意外と力があるらしい。
「それじゃ、帰ろうか。ヴィーとラマゼルが目を覚ましたら、パーっと宴でも開こうじゃないか!」
◇◆◇
「……アスティーズ様」
「なんだ」
ソルテの1歩後ろを歩くグレンが、おずおずと問い掛ける。
「その、宜しいのですか? 塔主様のご意向は……」
「問題ない」
ソルテはグレンを振り返らず、キッパリと言い切る。月光に照らされたソルテの横顔は、静かな決意を湛えていた。
「もしも塔主と対立したならば、その時は、私が勝つだけだ」
そこには、驕りも怯えも無かった。
グレンは前を歩くソルテの言葉に、一瞬立ち止まる。足音が止まったことに気づいたソルテが、後頭部で括った銀髪を揺らしてグレンを振り返った。
「……どうかしたか」
「いえ……いえ、何でもございません」
そうか、とソルテは再び歩き始める。その1歩後ろに、グレンが続く。
凛としたソルテの後ろ姿を熱を帯びた目で見つめながら、グレンは確信する。
あぁ、やはりこのお方こそ、次期塔主に相応しいのだ、と。
ソルテが“狩猟の会”を見逃したのには、理由があった。
一つは、かの組織が有用だと考えたから。
ソルテはフェンリルの気配を察知したとき、人里に被害が及ぶだろうと予想していた。しかし“狩猟の会”の奮闘により、フェンリルは想定よりも弱っていた。
特に、あの大剣を扱う女性は、ただの民間組織に置いておくには勿体無い人材だ。
そして、二つ目の理由。
それは、青い目の、オレンジの髪を括った少女。
彼女が握っていた氷剣。あれの再現には、魔塔の魔術師でも手を焼くだろう。恐らくは固有魔法だ。本人はボロボロなのに、刃には刃こぼれ一つ見当たらなかった。魔力量も多いだろう。いずれは魔課に欲しい人材だ。
それから、弟の変化もきっと、あの子のおかげだ。
夜道を歩きながら、彼は薄く笑む。
ソルテには、予感があった。
────あの少女が世界の命運を握っているという、天啓めいた不思議な予感が。
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