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終末まで残りX日  作者: 桐ノ奏
第二章
14/15

12.狩り


 木の葉も落ち切って風景が物寂しさを醸し出す頃、“狩猟の会コン・テーリュス”からクレニア宛に便りが届いた。


 曰く、年を越す前にワーグの群れを片付けたいので暇があれば集まってほしい、とのこと。恐らくラマゼルも同じ内容の手紙を受け取っているのだろう。


 以前はこんな騒ぎあっただろうか、とクレニアは思い返す。

 否、ワーグの群れが一般人を襲ったなど、あの厄災以外に聞いたことはない。


 やはり、今回は今までと違う。


 クレニアは確信を深める。

 全てが推測でしかない今、とにかく動くしかない。そして、一刻も早くあの厄災を阻止しなければ。


「あ、いたいた。グレイシス!」


「ゼルさん」


 駆け寄ってきたラマゼルに、クレニアはナージャは一緒にではないのかと問う。ラマゼルは一瞬キョトンとした表情を浮かべ、すぐに破顔した。


「はは、いつも一緒にいるわけじゃないよ。アイツにもちゃんと友達がいるしな。それより見たか?手紙」


 ラマゼルは声を落とし、人目を気にするような素振りを見せる。聞かれたくない話だと察し、クレニアは場所の移動を提案した。


 講堂の裏は、生徒たちが行き交う廊下と違って相変わらず人気が少ない。


 ラマゼルは周囲に人がいないことを確認すると、話を切り出した。


「来週から冬季休業に入るだろ。俺は狩りに行こうと思ってるんだが、ナージャからある話を聞いてさ。アイツ、母親が魔塔に勤めてるらしいんだが、聞いた話によると、魔課もワーグに目をつけてるみたいなんだ」


 クレニアは目を見張った。

 魔課、すなわち魔塔の中でもエリート魔術師が集う害魔対策部の、その精鋭たち。


 過去に一度だけ、共に任務を遂行したことがあったが、クレニアは彼らをあまり好きになれなかった。

 魔課の魔術師たちは、任務を遂行する為ならどんな手段も厭わない。一般人を見殺しにすることさえ、だ。


「それで、もし“狩猟の会”と魔課がぶつかったら潰されるだろうってのが、ナージャの見立てだ」


 たしかに、あり得ない話ではない。

 魔塔には、民間の魔術師が徒党を組むことを快く思わない連中も多い。利害が対立すれば、容赦なく潰しにかかるだろう。


「なるべく、避けたい話ですね」


「あぁ。それと、1年にネオ・アスティーズっているだろ。ナージャによれば、アイツの兄貴は魔課のトップらしいんだ」


「……ネオの、お兄さん」


 動揺が口をついて出ていたようで、ラマゼルが碧い目で顔を覗き込んでくる。


「知り合いか?」


「……いいえ。お兄さんとは、面識はないですね」


「そうか」


 ラマゼルはそれ以上の追及はしなかったので、クレニアは内心ホッとする。話し続けていたら、どんなボロが出ていたか知れない。


 ネオの兄、名をソルテ・アスティーズという青年は、過去にクレニアと対立した。

 何度目かの人生でラマゼルが殉職した任務の責任者は、ソルテだった。その任務の後、偶々同じ獲物を狙ったクレニア達はある言葉を交わした。


___「あなたは、一般市民を見殺しにしろと言うのですか」


「そうとは言っていない。より助かる確率が高い者に手を貸せと言っただけだ」


「それは弱者を切り捨てるのと同じです。私は決して彼らを見捨てない」


「正義を気取りたいなら止めないよ。ただ、やめた方がいい……シェーベールも、そうやって死んだ」___


 その後、自分が何を言ったか、覚えていない。恐らくは怒りで頭が真っ白になったか、はたまた身を翻して何も言わずに去ったか。そのどちらかだろう。


 ともかく、苦手なタイプの人間だったと記憶している。

 出来るだけ会いたくないな、とクレニアは胸中で苦い顔をした。


 そして十数日後。

 狩りの日がやってきた。


「皆、いるね。作戦を確認しよう」


 時刻が正午を回った頃、ベスティール酒場にて“狩猟の会”は集結していた。

 一同は地図が広げられたテーブルを囲み、アイゼルが人差し指で地図の一点を指し示す。


「まず、ディアナ班の5人はトゥポル山山麓へ向かう。ディアナとラマゼルが前衛でワーグの群れを分散させる。ワーグの統率が乱れたところを、後衛のエマ、ノーヴァ、クリスが追撃だ」


 ディアナが言葉を引き継ぐ。


「で、ヴィクトール班は、街に被害が行かないようビリーとエドガーは見張りを。そしてヴィーとクレニアは我々と共にワーグを倒す。いいね?」


 各々が首を縦に振ったり勇ましく返事をしたりして、ディアナの言葉に応えた。ディアナは満足げに微笑むと、拳を上に突き上げた。


「では、これより狩りを始める!」



◇◆◇



 トゥポル山の麓へ辿り着いたのは、空に茜が差す頃だった。

 特別鼻の効くノーヴァは、山から吹く風の匂いに眉根を寄せた。


「ボス、既に被害が出てるかもしれん。血の臭いがする」


 ディアナは一つ頷くと、アイゼルに合図を出した。意図を察したアイゼルは、ビリーとエドガーに街へ行くよう指し示し、クレニアと共に、ディアナの横についた。


「ヴィー、数は」


「ざっと100は超えそうだな。10頭くらいで群れてる」


 ノーヴァの鼻を頼りに、獣道を進む。

 すると、クレニアのすぐ右側で女性の悲鳴が上がった。


「っ!!」


 クレニアはすぐさま方向転換し、悲鳴の聞こえた方へ走る。


「ヴィー、ついていけ! アタシたちは後ろから叩くぞ」


「了解、ボス!」


 視界が開けた先にいたのは、右腕がワーグの牙に貫かれた華奢な女性。ワーグは目視で5頭ほど。

 クレニアは息を整えて、女性に噛み付いているワーグの頭に狙いを定める。しかし、アイゼルはその肩に手を置き、首を横に振った。


「今撃ったら、衝撃であの人の腕ごと持っていかれるぞ。落ち着け」


「じゃあ、どうすれば……」


「こうだ」


 アイゼルが指を鳴らすと、女性が視界から消え、次の瞬間アイゼルの腕の中にいた。

 女性は気絶しているようだった。


「今、のは」


「僕の固有魔法だよ。空間転移というやつだ」


 クレニアは目を見張った。

 固有魔法を、詠唱無くして発動できる魔術師がいるとは。しかも空間系の魔術魔法は扱いが難しく、一歩間違えばパーツがバラバラになりかねない。

 それを、無詠唱で。

 本人は何でもないことのように言っているが、クレニアは固有魔法を無詠唱で発動できる魔術師に会ったのは初めてだった。


「今のでこちらに気づいたみたいだ。行くぞ、グレイシス」


「はい!」


 先頭のワーグはクレニア達を見つけると、口から涎を垂らしながら一目散に飛びかかってきた。恐らく、食事を邪魔されて相当怒っているのだろう。


 女性を助け出したことで戦いやすくなったので、クレニアはまず魔力弾で先頭のワーグの頭を撃ち抜く。


「“剣よウィダンリ”」


 続いて氷剣を片手に防御魔術を展開しつつ、群れに突っ込む。

 アイゼルはクレニアを援護しながら、クレニアの死角にいるワーグを上空へ転移させ、そこから加速度を上げて落とすことで頭数を減らしていく。


 数分してディアナたちが合流し、ひとまず最初の群れは撃破した。


「悪い、もう少し早く合流できたら良かったんだが。あいにく、別の群れに見つかってしまってね、そいつらを倒した後だったから遅れてしまった」


「皆、怪我は無いみたいだな。恐らく今の戦闘で、いくつか群れが集まってくるだろう」


「あぁ。血の臭いも濃い。クリス、悪いがそこの女性を街まで連れていってくれるかい?」


「あいよ」


 クリスは未だ目の覚めない女性を背負うと、足早に山を降りていった。


 ディアナは訝しげに顎に手を当てる。


「しっかし……やはり妙だ。そもそも、こんなにワーグが繁殖していること自体おかしい」


「“門”が開いているのかもしれないな。そりゃあ、魔課も動かざるを得ない」


 刹那、地面が揺れ、咆哮が轟いた。


「なんだ!」


 その場の全員が臨戦体制になる。

 地響きと共に現れたのは、先程のワーグとは比較にならないほど狂乱したワーグの群れ。


「本当に、何が起きてるんだ」


 ディアナの側で、ラマゼルが呆然と呟いた。


「銀毛のワーグだって……!?」


 通常、ワーグは燻んだ茶色の毛並みをしている。しかし、目の前のワーグの群れは一様に白銀の毛皮を持っていた。


 ディアナは先頭のワーグに向けて3発魔力弾を撃つが、後ろから飛び出してきた数頭のワーグによって防がれる。


「はぁ!?」


「身代わりになった、だと」


 一際大きな体躯を持った先頭のワーグは、濁った金色の双眸でディアナを睨みつける。

 ディアナの頬に冷や汗が伝う。

 ラマゼルは初めて、彼女の焦る顔を見た。


「こりゃマズイね……先頭のアイツは避けろ、他の奴らを撃て!」


 ディアナの指令で全員が動き出す。

 指示通り先頭のワーグは避けつつ、アイゼルとクレニアは群れの左側へ、ディアナとラマゼルは右側へ回り込んだ。


「空中へ転移させる。そこを狙え」


「はい」


 アイゼルが指を鳴らすと同時にいくつもの魔法陣がワーグの足元に現れ、その体が天へ打ち上げられる。


「“水槍アクアドリス”」


 無数の水の槍を放ち、ワーグの頭を的確に穿つ。降り注ぐ血を、水の膜を展開して流しつつ次の槍を準備する。


 その数が半分に減ろうか、という頃。

 今まで気まぐれに攻撃を仕掛けてきていた大柄なワーグが、月を仰ぎ、遠吠えをした。


 クレニアの動きが止まる。


 地面が揺れている。

 膨大な数の気配が、津波のようにこちらへ近づいてくる。


「くそったれ」


 誰かが悪態を吐いた。


 現れた白銀の波。

 戦力差は、圧倒的だった。



少しでも続きが気になる、面白いと思っていただけたら評価等々してくださると嬉しいです。何卒。


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