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終末まで残りX日  作者: 桐ノ奏
第二章
13/15

11.塔主


 リディオン国中心都市、ルーヴェクのその中央。

 天高く聳え立つ古い建造物は魔塔と呼ばれ、国内外から優秀な魔術師の集う、魔術の中心地である。


「コルディス領ニーヴル森の東側、トゥポル山の麓、アリステリシア領ヴァーサ森の南側、メディミナ領アヴァンナ草原、シュドリー山の中腹。以上五箇所で、冒険者や一般市民がワーグの群れに襲われた。直ちに調査隊を派遣、及び、群れを見つけ次第殲滅せよ」


 その最上階、塔主の執務室にて今し方任務を言い渡されたのは、害魔対策部がいまたいさくぶ魔物課まものか、通称「魔課まか」のソルテ・アスティーズという青年だった。


 彼は最年少で魔課に入り、そして誰よりも多くの魔物を屠ってきた。

 彼が「鬼才」と呼ばれる所以だ。


「承知」


 ソルテは片膝をつき、深く首を垂れて返事をし、塔主からの退室許可を待つ。


 塔主は嗄れた声でソルテに命じた。


「“狩猟の会コン・テーリュス”とかいう民間組織が茶々を入れてくるかもしれぬが……邪魔であれば排せよ」


「……はっ」


「退室を許可する」


 ソルテはそのまま部屋を出て、自分の執務室へ向かった。

 窓際へ立つと、市井の様子が良く見えた。


 走り回る子供、店の前で立ち話をする女性たち。そして帰還した冒険者や、魔術師。


 ソルテはカーテンを閉めると、椅子に凭れて深く息を吐いた。


「排せよ……ね」


 今代の塔主は、名をシウフォス・ロンヴルートといい、50年以上塔主の座を守り続けている。


 塔主は指名制だ。つまり、現塔主が後継を指定しない限りは同じ人物が塔主を務め続けることになる。


 おかしい、とは思う。

 だが、あの塔主に逆らった者が、1年後に生きていた試しはないそうだ。


 狡猾。

 その言葉がよく似合う御仁だ。


 ソルテは眉間を揉んで、また1つため息を吐いた。


「あー……そういや、そろそろ武闘大会か」


 しかし、仕事に追われて見に行けなそうだな、とソルテはクマの浮かぶ目で天井を見上げた。


 弟の勇姿を見れないのは、残念だ。


「ネオは元気にしてるかな……」


 そこに、三度扉を叩くが響いた。

 ソルテが入室を促すと、ドアが開き、長身の麗しい女性が姿を現した。


 女性は右の拳を胸に当てる敬礼をすると、ソルテは手を振って楽にするよう言う。


「いい。それで、どうだった」


「はっ。アスティーズ様の仰った通り、魔物の被害を受けた場所に、“門”が観測されました。しかしニーヴル森南東側の“門”は他と比べて小さく、恐らくは魔泉ませんの影響かと思われます」


 魔力源は、稀に土地に根付くことがある。

 そもそも魔力源とは突発的に現れる魔力の塊で、これは魔力を吐き切ると消滅する。

 しかし土地に根付いたものは、その大地に流れる魔力を吸い上げ、増幅させて排出することが出来る。つまり、魔力を循環させることが出来るのだ。これが、“魔泉”と呼ばれる所以である。

 コルディス領の守境大樹しゅきょうたいじゅが、その代表例だ。


「分かった。調査ご苦労。引き続き観測を頼む」


「仰せのままに」



◇◆◇



 今年も武闘大会の日がやってきた。


 クレニアは去年と同じように予選を突破してトーナメントも勝ち進んだので、2日目の準々決勝へ備えていた。


 鍛錬の為に訪れたいつもの森で、クレニアは深呼吸をする。


 この森は学校から近いうえに穴場で、人気ひとけが少ないので気兼ねなく魔術の練習ができるのだ。


 だが、今日は先客がいるようだった。


 驚くほど練り上げられた、超高密度の魔力が充満している。


 魔力の発生源を探しに、クレニアは奥へと進む。

 果たして、その正体は魔物では無かった。


 既に塵と化し始めた魔物の死骸の前に立つ人影は、クレニアの気配に気づいて振り返る。


「ん? おや、見られてしまったか」


「……誰だ」


 青年はゆるりと口角を上げて微笑んだ。


「そうさな……うむ、秘密じゃ」


 20代に見える容貌に似つかわしくない、年老いた口調。そして、微笑んでいるのに、その口から獰猛な牙を覗かせているような歪な印象。

 クレニアは、背中で冷や汗が流れるのを感じた。

 青年はじっと右目を眇めてクレニアを観察していたが、何かを思い出したのか、おぉ、と言って手を叩く。


「お主は、去年の武闘大会で優勝していた子供じゃの。良い戦いぶりだった」


「……ありがとう、ございます」


 誰だ。


 クレニアは笑みを返しつつ、冷静になろうと努める。

 

 どうしてこんなにも人当たりが好いのに、悪寒が止まらない?

 青年は思い出したように背後を向き、彼が屠ったであろう魔物が残した魔石を拾い上げた。


「おぉ、用事があるんじゃった。魔石はやろう。ではな」


 放られた魔石を受け取って目を上げると、そこにはもう誰もいなかった。


「……一体、誰だったんだ」


 渡された魔石は、濁った黄金色をしていた。



◇◆◇



 クレニアの準々決勝の相手は、エルファだ。


 彼の固有魔法は、今まで誰も見たことがないらしい。クレニアにとっても、彼は未知の存在だ。


 そう、どうにもおかしいのだ。

 彼の記憶は、クレニアの中に存在しない。


「準々決勝、エルファ・シュリーヴス対クレニア・グレイシス、始めッ!」


 合図を皮切りに、両者が動き出す。


 しかし、クレニアはすぐに動きを止めた。

 エルファが土属性の魔術で自身を覆う壁を創り出したのだ。


「……なるほど」


 守りを取るか。


 クレニアはスッと人差し指でエルファの築いた壁を狙う。


 魔力の一点集中。


 ディアナから学んだことだ。


 ギリギリまで圧縮した魔力が土壁にぶつかると、それはいとも容易く崩壊した。


「……!」


 フェイクか。


 どうやら、目眩しだったらしい。魔力の込められた壁の破片が散る中で、エルファの気配を見失った。


「ッ」


 クレニアは首元に殺気を感じ、飛び退く。


「あーあ、もう少しだったのに」


 首の皮が切れたらしく、血が伝う、嫌な感触がした。


 クレニアはエルファの姿を、正しくはその両手を見て、眉間に皺を寄せる。


「……固有魔法か」


「正解。僕は動物になることが出来るんだ」


 エルファの両手は、オルトロスのように毛深く、鋭い爪を有していた。

 先程クレニアの首を裂いたのも、あの爪だろう。


 これは、思ったより手強いな。


 クレニアは青い瞳をカッと見開き、背後に無数の氷剣を現した。そして一斉にエルファへ向けて放つ。


 耳障りな金属音が鳴り、火花が散る。


 クレニアの放った氷剣は全てバラバラになって宙に溶けた。


「ふふ、いくよ」


 エルファの猛攻。

 まるで、クレニアの次の動作を知っているかのように、追い詰めていく。


 エルファの腕がしなり、クレニアの頬に赤く線が走った。


「“剣よウィダンリ”」


 ヒュッとその鋒が空を切り、エルファへ向かう。クレニアの殺気を感じ取ったエルファは軽やかに後方へ跳ぶ。

 その顔に、先程までの微笑みは無い。


 クレニアは長く、ゆっくりと息を吐き、神経を研ぎ澄ませる。


 そして短く息継ぎすると、一瞬にしてエルファとの間合いを詰めた。

 瞬きの間に距離を詰めてきたクレニアに驚いたエルファは反応が遅れ、彼女の拳をモロに鳩尾に食らい、吹っ飛ぶ。


 そこへ追い討ちをかけるようにクレニアは魔力弾を放ち、エルファの行動を制限する。エルファは転がって避け、足を獣化させて弾の檻を抜け出す。


「ぐっ……」


 立ち上がったエルファは鳩尾を押さえ、少しふらついた。あの拳はかなり良いところに入ったらしい。

 クレニアは剣を下段で構え、駆ける。エルファは苦しげに眉根を寄せながらも固有魔法を発動し、両腕に獣を纏う。

 右下からの剣筋を後ろに跳んで躱し、今度は前に踏み込んで勢いよく右腕を刃に叩きつけると、クレニアの氷剣にヒビが入った。


 クレニアは片眉を上げて氷剣を破棄すると、軽やかに後退した。


「“水矢アクアタロス”」


 左手でエルファを指し、右手を引く。その指先の間に、魔力が練り上げられていく。


 アレを食らったらまずいと感じ取ったエルファは、矢が放たれる前にケリをつけようとクレニアとの距離を詰める。


 エルファの爪が後一歩でクレニアを袈裟斬りにするというところで、クレニアは彼に滝の如き大量の水を降らせた。


 全身ずぶ濡れになったエルファは束の間ポカンとした表情を浮かべるも、すぐにその致命的なミスを認識した。


「もう遅い」


 クレニアはグッと右の拳を握り、エルファに浴びせた水の温度を急激に下げて凍らせる。そして近づくと、エルファの顎に掌底打ちを食らわせた。


「ガッ……」


 氷が砕けた衝撃もあり、エルファは昏倒。審判はクレニアを勝者とした。


 決勝戦まで進んだクレニアの戦績は、去年と同じ。ネオ・アスティーズと戦い、白星を上げた。



◇◆◇



「今年の武闘大会も大盛況だったなぁ」


 月光の差し込む校長室で、セドリック・ランカストは1人ペンを弄ぶ。


 特に、2年生は良かった。あれは魔術師同士の殺し合いと呼ぶに相応しい。クレニア・グレイシスは魔術師としての戦い方を熟知しているようだ。


 ランカストがふと瞼を閉じると、閉め切られた部屋に、一陣の風が吹いた。


「便りを寄越せって、いつも言ってるよね」


「悪い悪い。失念しておったわ」


 ランカストの目の前で、青年が優雅に微笑む。その容貌は若々しいのに、喋り方はまるで老人のような、奇妙な青年。


「困るんだよ、シウフォス。僕だって仕事があるんだから」


「おや、その割に暇そうにしておったがね」


 青年は呵呵と笑う。ランカストは反対に眉間を揉んでため息を吐いた。


「何度も言っているけれど、僕は塔主にはならないよ」


「はっは、気づかれておったか」


「君が僕のところに来るなんて、そのくらいしかないだろう……なぁ、現塔主のシウフォス・ロンヴルート殿?」


 青年は見た目に似合わない老獪な笑みを浮かべる。


「塔主は指名制じゃ。お前以外に儂の跡が務まる者などいまい……最大級の賛辞じゃぞ?何故受け取らん」


「そういうところが傲慢だって言ってるんだ。僕はこっちの方が性に合ってるんだよ。それに、君はこれだけ高性能な“自律傀儡じりつかいらい”を維持できるんだから、少なくともあと10年はやれるだろうね」


 自律傀儡とは、術者の行動を模倣する人形のことを指す。自律とは名ばかりで、それ自体が人格を持つわけでは無い。が、稀に術者が制御しきれず暴走し、“もう1人の自分”になる危険性も秘めている。

 これを維持するには相当な魔力と精密な操作力が必要とされる。数年前まで魔法として扱われていたかなり高次の魔術であるため、そもそも存在自体知らない魔術師も多いだろう。カサンドラ・レオンがその構造を解き明かし、初めて魔術として認識された。


「あぁそうとも。じゃが、そろそろ後継が欲しいところでの。どうだ、良い魔術師はおらんかね」


「いたところで教えないさ。自分で見つけたまえ」


「はっは、ケチな奴め」



少しでも続きが気になる、面白いと思っていただけたら評価等々してくださると嬉しいです。何卒。

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