表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
終末まで残りX日  作者: 桐ノ奏
第二章
12/15

10.後輩


 夏季休業が終わり、クレニアたちは2年生となった。


 今年の新入生たちは、噂によるとなかなか癖が強いらしい。

 そんな話を、カフェテリアでスーリエとしていた時のことだ。


「……なんか、凄く視線を感じるんだけど」


「奇遇だねクレニア。私も。ていうか、多分ほとんどクレニアに向けられた視線だよ」


「えぇ?」


「ほら、武闘大会で優勝してたでしょう。結構広まるんだよ? あの大会の結果って」


 スーリエが辺りに目を配りながら言う。

 クレニアは、そういえば以前も似たような体験をしたな、と1人頷いた。


 昼食を終えてスーリエと別れ、次の授業へ向かおうとしたクレニアは、何やら尾けられている気配を感じ、立ち止まる。


「……誰か、いる?」


 ガサガサ、と唐突に近くの茂みが蠢いた。

 一応魔物である可能性も捨てず、クレニアは臨戦体制に入る。


「ばぁッ!!」


「うわぁっ!?」


 すぐ近くに植えられていた木から、人間の上体が逆さまにぶら下がってクレニアの目の前に現れた。


 クレニアは心臓を押さえる。


 固まっているクレニアを見て流石に悪いと思ったのか、その人は身軽な動作で木から飛び降りると、恐る恐るクレニアの顔を覗き込んだ。


「あっ、あのぉ……ごめんなさい……そんなに驚くと思わなくて……」


「あぁいや、こちらこそごめんね。君、1年生だよね? 名前は」


 クレニアが怒ってはいないと分かり、少女はピョコンと背筋を伸ばす。クレニアはその動作を見て、小動物のようだ、という印象を持った。


「はい! コーネリア・レオンです! クレニア先輩の話は叔母さんから聞いてますっ!」


「叔母さん……あ、君がカサンドラさんの」


「そうです!」


 なるほど、確かに面影を感じる。

 ところどころ跳ねた薄緑の髪に、虹彩の色こそ違えどカサンドラによく似た、意思の強そうな眼差し。


「また会えるといいね。授業、遅れないようにね」


「あ、はい! また!!」


 ブンブンと大きく手を振って走り去っていくコーネリアを見送り、クレニアも授業へと向かう。


 次の授業は国史だ。

 リディオン国の歴史について学ぶ教科で、担当教師はマリア・マチルダ。


 おっとりした声色のせいか、この授業での生徒の居眠り率はかなり高い。が、マチルダもそれを分かっているのだろう。たまに、突然名指しで問題を出してくる。


 当てられないといいな、と思いつつ教室のドアを開けると、金色の瞳と目が合った。


「あれ、クレニアさん。奇遇だね」


「シュリーヴス君。隣、いい?」


「うん。僕のことはエルファでいいよ。僕の名字、ちょっと言いにくいでしょう」


 クレニアは曖昧に笑み、エルファの隣に腰を下ろす。

 その直後、マチルダが教室に入ってきて授業が始まった。どうやら、結構ギリギリだったらしい。


 相変わらず、眠気を誘う声だ。

 うとうとしていると、隣から小さな笑い声がした。横を見やると、エルファが口元に手を当てて微笑っていた。


「ふふ、クレニアさん、眠い?」


「まぁね……」


 小声でやり取りしていると、運悪くマチルダの目に留まったらしい。


「では、シュリーヴス。魔塔の第17代目塔主の名を答えなさい」


「えーっと、ユーグリウス・ガロリアです」


「正解。話を続けます。ガロリアの跡を継いで第18代目塔主となったキリシェ・アヴァーロインは……」


 数十分経ち、やっと授業が終わった。

 ささやかな解放感に教室が騒めく中、立ち上がったエルファはクレニアを見下ろして聞いた。


「クレニアさん、次の授業何?」


「実践魔術だね。君は?」


「僕は魔術理論。じゃあね」


 エルファはクレニアの肩をポンと叩くと、反対方向へ歩いていった。


 やはり、不思議な人だ。

 クレニアはエルファが去っていった方向をじっと見つめ、次いで触れられた肩に目をやる。


 いや、不思議、というよりも……


 本質的に、どこか「違う」。



◇◆◇



「クレニア先輩!」


「クレニア先輩だ!」


「先輩っ!」


「クレニアせーんぱい!」


 初対面から数日。

 クレニアはコーネリアに付き纏われていた。


「く、クレニア……あの子、ずっとついてくるね……?」


「うん、そうだね……」


 寮の自室で、やっと落ち着けたとクレニアはベッドに寝転がる。


 何故か、コーネリア・レオンが空き時間を見つけてはクレニアについて回るのだ。


「気に入られたんじゃない?」


「気に入るっていう次元超えてない?」


「うーん、確かに。最早ストーカーの域だよね」


 ズバッと言うスーリエに苦笑いを溢す。

 以前もこうだったな、とクレニアは思い出す。そう、毎回追い回されていた。


 何故だったろう。

 だが、あのコーネリアという子は結構単純な性格だ。本当に気に入られただけだったのかもしれない。


 何はともあれ、嫌な感じはしない。害も……特にはないので、まぁしばらくしたら飽きるだろう、とクレニアは結論づけた。


 だが、コーネリアはクレニアの予想を遥かに超えていたらしい。


「先輩!」


「どう、したの……」


「あれ、疲れてます? 大丈夫ですか?」


 君のおかげでね、と言いかけたのを何とか抑え、笑顔を返す。

 

 何気なく遠くに目をやると、こちらへ走ってくる人影が見えた。そしてコーネリアの隣で急ブレーキをかけると、口を開きかけた彼女を制止するように両手を広げる。


「ちょっとネル! また先輩に付き纏って……すみません、グレイシス先輩」


「あぁ、大丈夫だよ。君は……」


 深い群青の髪を靡かせて振り返った彼女は困り顔で話す。


「私は1年生のヘレン・ウェストです。ネルとはルームメイトなんですけど、この子、先輩見かけるとすぐ走っていくもので……」


「だ、だって先輩カッコいいし……強いし……」


 コーネリアは俯きがちにモゴモゴと釈明するが、ヘレンはバッサリと切る。


「モゴモゴすんな。先輩は今、アンタに追い回されてプライベートってものが無くなっちゃってるの。迷惑はかけたくないんでしょ?」


「……うん」


「じゃあ、どうすればいいか分かる?」


「節度を……弁えます……」


「よし。グレイシス先輩、うちのルームメイトがご迷惑をおかけしました」


 ヘレンが頭を下げるのに続いて、コーネリアも深く頭を下げる。

 クレニアは何故か申し訳ないような居た堪れないような心地になり、慌てて声を絞り出した。


「あぁいや……大丈夫。何かあれば声をかけてくれて構わないからね」


「はいっ!」


 クレニアの一言で、コーネリアは勢いよく顔を上げ、元気よく返事をする。先程までの萎れ具合から物凄い復活速度だ。


 やはり、悪い子ではない。

 少々単純で走りやすいだけで、素直な性格をしているのだろう。


「先輩、また!」


「うん」


 コーネリアは手を振りながら、ヘレンは軽く頭を下げながら次の授業へと向かっていった。まるで姉妹のようだな、とクレニアは微笑んで見送った。


「慕われているみたいだね、クレニアさん」


「わぁっ!?」


「ごめん、驚かせるつもりはなかったんだ」


 暴れる心臓を手で押さえて振り向くと、眉尻を下げたエルファが立っていた。


 気配が無いというと誇張に感じられるかもしれないが、本当に声をかけられるまで気づかなかった。


「いや、こちらこそ大声出してごめん。どうかした?」


「ううん、見かけたから、声かけてみただけ」


 じゃあね、とエルファはヒラヒラと手を振ってその場を離れる。特に用が無いのは事実らしい。


「……あ、授業遅れちゃう」


 次の授業は実践魔術。2年生になって新たに加わった教科だ。

 1年生で学んだ魔術基礎の応用で、より実践的な魔術を扱う。担当の教師は、魔術基礎と変わらずヴィクトール・アイゼルだ。


 指定されていた運動場へ向かうと、まだ生徒の数は少なかった。


「あれっ、クレニアだ! 久しぶりだね」


「サラ。久しぶり」


 魔術試験後の一件から、サラとは時々連絡を取り合う仲になっていた。クレニアにとって魔物は殲滅の対象でしかなかったため、サラの考察や推論を聞くのは新鮮な体験だったのだ。

 サラは聞きたいことがあるらしく、クレニアの顔を覗き込んでくる。


「ねね、この前ノルマンド先生が新しい論文出したじゃない? どう思う?」


「あぁ、面白かったよ。たしか、魔力による医療行為の研究だったよね」


「そう! でさ、もし魔力で骨とか皮膚が再生できるなら、魔物だって魔力で形成されてる可能性あるよね!」


「うん。あり得ない話じゃない」


「うふふ……私、絶対魔物研究の第一人者になるからね」


「期待してる」


 と、雑談を交わしている間に授業開始時刻になったようだ。現れたアイゼルが手を叩いて注目を集める。


「じゃ、授業を始めよう。今日は君たちに、特殊魔術の一つ、召喚魔術を覚えてもらう。さて、ここで魔術理論の復習だ。特殊魔術は大別すると何種類ある?」


 クレニアの隣でサラが天高く右手を上げた。


「じゃあ、イシュア」


「はい先生! 重力魔術、召喚魔術、合成魔術の3種類です! これらを組み合わせると、儀式魔法陣を展開できます」


「正解だ。儀式魔法陣は来年の内容だが、よく予習しているようだね。いいことだ」


 アイゼルに褒められたサラは、得意げに腕を組む。

 儀式魔法陣を、クレニアは一度だけ使ったことがあった。

 たしかあれは、卒業してしばらく経った頃にイヴァノイ国へ赴いた時のことだった。


「召喚魔術は、空間と空間を繋ぐ魔術だ。ワープ魔法とも似ているが、違うのは魔術の対象だ。大まかに分ければ、ワープ魔法は人間を、召喚魔術は物体を対象とする」


 アイゼルがパチンと指を鳴らすと、何も無い空間から木製の椅子が現れた。おぉ、という声が方々から聞こえる。


「これが召喚だ。最初は詠唱ありでやってみよう。できる奴から無詠唱に挑戦してもいいが、一歩間違えると召喚物がバラバラになるから、気をつけろよ」


 クレニアは呪文を唱え、手のひらの上へ、自室に置いてあった参考書を喚び出す。


「おっ、グレイシスは早速成功だね。流石だ」


「クレニア、お願い教えて! 私実技はからっきしなの」


 サラの声に懇願の響きを感じ取り、クレニアはいいよ、と答えた。


「うんうん、出来る人にどんどん聞くといい。教え合いは大事だからねぇ」



◇◆◇



「ははぁ、こりゃ相当まずいね」


 ディアナ・ベスティールは、リディオン国の地図を前に唸った。

 机の上に広げられた地図には、何箇所かバツ印が付けられている。


「被害が拡大している……これはそのうち、魔課まかの奴らも出張ってくるだろうな」


 魔塔は幾つかの部署に分かれている。

 そのうちの1つ、害魔対策部がいまたいさくぶ 魔物課まものかは通称「魔課」と呼ばれ、魔物の討伐を専門としている。


 ディアナはあまり魔塔とは関わり合いになりたくないなと思うが、しかし、手を引くわけにもいかない。

 1つため息を吐くと、ディアナは上体を逸らしてグッと伸びをした。


「しっかし、ワーグの群れ、か……」


 ワーグとは狼型の魔物で、主に群れで行動する。その動きは統率が取れており、ベテランの冒険者や魔術師でも、単独で群れを相手にするのは厳しいだろう。


 ワーグ自体、珍しい魔物ではない。数年に一度、人里へ降りてきたりもする。


 だが、どうもおかしい。


 いくら統率が取れているとは言え、離れた場所で同時に騒ぎを起こすなど、可能なのだろうか。



これより第二章開幕です。

少しでも続きが気になる、面白いと思っていただけたら評価等々してくださると嬉しいです。何卒。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ