9.理由
実技試験は恙なく終了した。
内容は、予想通り無属性魔術の障壁生成とその他応用、そして属性魔術の基礎。
クレニアにとって障壁の防御魔術は、既に反射で出来るものとなっていたので容易かった。属性魔術も、要求されたのは水球を最大いくつ出せるか、何秒維持できるかというもの。
___「えーっと、あとどのくらい保てる?」
「半日以上は……」
「あっ、もう大丈夫」___
試験中の会話を思い返す。
たしか、水球を出して10分ほどの会話だった。多分、あの声はアイゼルだろう。受験者からは試験官の姿は見えない。声のみ聞こえる状態だった。
手応えはあったし、評価B以上は確実だろう。
寮の自室へ帰ると、既にスーリエがいた。
「あっ、クレニア! 試験終わったんだ」
「スーリエ。先に戻ってたんだね。どうだった?」
「そこそこできた、と思う。クレニアは?」
「私もまぁまぁ」
そっか、とスーリエはベッドに身を投げ出した。そして呻いた。
「あー、甘いもの食べたい。今、すっごくパンケーキとか食べたい」
「カフェテリア行く?」
「うん。でも時間微妙だなぁ……」
「夕飯軽めにすればいいんじゃない?」
「それもそっか」
今にもスキップしそうなスーリエの後ろをついて行き、混雑気味のカフェテリアの一角に座る。
魔術試験が終わったからか、皆どこか解放的な雰囲気だ。
スーリエは宣言通りパンケーキを、クレニアはコーヒーゼリーを取り、席に戻る。
「試験終わりのスイーツ沁みる〜!」
口いっぱいにパンケーキを頬張るスーリエは幸せそうだ。クレニアもつられて少し笑う。
人混みの中で、カツ、とヒールの音が響いた。クレニアが目を上げると、そこには笑みを浮かべた中性的な女性が立っていた。
見覚えがある。
武闘大会のとき、話しかけてきた女性だ。
「クレニア・グレイシスだね? お嬢さん、少し借りてもいいかな?」
「は、はい」
スーリエは困惑した視線をクレニアに向ける。クレニアも、同じく困惑していた。
「じゃ、ついてきて」
ヒールが高らかに鳴ると、自然と人混みが割れ、道が出来た。そこを女性は悠然と通っていく。
着いたのは寮棟の裏。端々が苔むしたベンチの近くで女性は立ち止まった。
「そういえば、名乗っていなかったね。私は魔塔の魔術師、カサンドラ・レオンだ。
単刀直入に聞くが、クレニア・グレイシス、君はどんな理由で、魔術の練度をあそこまで高めたのかな」
射抜くような、どこか冷徹さを感じさせる眼差しだった。
この人に嘘は通じないと、直感的にクレニアは思った。
「……大切なものを、守りたいんです。もう二度と、失いたくはない」
これが正直な気持ちだった。
クレニアは幾度も、彼女の愛すべきものを失った。
今でも、あの厄災の夢を見て飛び起きることがある。
「強くなることが、1番の近道だと思ったんです」
クレニアは真っ直ぐにカサンドラを見返した。
その視線を受け、カサンドラは不意に微笑んだ。
「いいね、嫌いじゃない。励むことだ。これからも期待しているよ。
そうだ。今度、私の姪が入学するんだ。面倒見てやってくれ」
そして武闘大会の時と同じように、自分の言いたいことだけ言って、相手の返事も聞かず去っていった。
「カサンドラ・レオン……姪……後輩」
クレニアは、はたと思い出した。
そういえば、よく懐いていた後輩がいた。
彼女の姓はレオンではなかったか。
コーネリア・レオン。
魔塔の幹部になるほど優秀な魔術師で、同じくらい奔放なクレニアの後輩。
そして、未来における大切な情報源だ。
ラマゼルの訃報を教えてくれたのも、彼女だった。
「そうか、もうすぐ2年生か……」
クレニアはふと気づき、そう呟いた。
そしてスーリエを待たせていることを思い出すと、慌てて寮内のカフェテリアへ戻っていった。
◇◆◇
週末。
「それじゃ、宜しく頼む」
「うん」
クレニアとネオは、いまだ夜明けの空気が漂う森の中で向き合っていた。
「何からしようか……取り敢えず、最大出力ってどのくらい?」
「武闘大会で、お前の波を防いだときの炎が最大火力だな」
クレニアは唸った。
ネオの瞬間的な出力には目を見張るものがある。だが、その分コントロールがおざなりになりがちだ。
けれど、それも僅かなもの。致命的ではない。
そう、以前のネオに比べて、総合的な力が伸びているのだ。
「じゃあ、手っ取り早く戦おうか」
ネオが困惑したのが見てとれた。
クレニアは右手を差し出して、ネオを誘う。
「何事も実践あるのみだよ。さ、やろう。まずは無属性だけでいこうか」
「……あぁ」
戦いを無属性魔術に限定すれば、コントロールの精度、瞬発力、応用力など、その魔術師の技量が大体分かる。
ネオもそれを悟ったのだろう、スッと眼光の切れ味が増した。
「行くよ」
クレニアは無詠唱で弾丸のような無数の礫を放つ。
対するネオはそれを障壁で防ぎ、すぐさま身体強化の魔術で脚を強化すると、クレニアの懐に飛び込んだ。
……想定内だ。
クレニアは不敵に笑い、ネオの拳を軽々と躱す。そして同じように強化した脚でネオの脇腹を蹴り、軽く吹っ飛ばした。
強化魔術は、魔力の密度によって度合いが変わる。密度を高めれば、体格差があっても互角に体術で渡り合えるのだ。
ネオは木に激突する直前、自身と木との間に障壁を作って衝撃を吸収する。
たしかに、障壁は衝撃を和らげ、吸収する。つまり緩衝材として使える。
クレニアの顔に、楽しげな笑みが浮かんだ。
ネオは立ち上がり、ふっと腰を落とすと地面を蹴って、拳を振り翳す。
クレニアはまた拳による物理攻撃だと踏み、正面に障壁を展開。それを感じ取ったネオは瞬時に方向転換して、クレニアの背後を狙う。
クレニアがネオを目で追って振り返った瞬間、背後に魔力反応を感知した。
「!」
“飛礫”だ。
恐らく、先程わざとらしく拳を振りかぶっていたのは、そちらに意識を向けさせる為。そしてある程度近づき、クレニアの意識がネオの拳に向いている隙に、低高度で魔力を放った。
戦術が、立てられている。
クレニアがすぐそこまで迫った弾丸を障壁によって防ぐと、魔力がぶつかり合い、彼らを中心に旋風が巻き起こる。
砂埃が晴れ、両者は微動だにせず睨み合う。
そして再び動き出そうとしたその瞬間。
「ストップ、ストーップ!!」
空から人影が降ってきた。
立ち上がったその人は、顔にかかった華やかにカールした金髪を、首を振って払い除ける。
「イシュア? どうしてここに」
どうやら、ネオの知り合いらしい。
イシュアと呼ばれた長身の少女はキッとネオを視線で射る。
「どうしても何も、こんなところでド派手に戦りあってて、気づかない方がおかしい! アスティーズ、アンタ、また誰彼構わず模擬戦に連れ回してるわけ?」
イシュアがビッとネオに人差し指を突きつける。ネオはいくらか、たじろいでいるように見えた。
「違う、今回はちゃんと相手を選んでる」
「へぇ、それで首席? よく受けてくれたね」
イシュアはチラリとクレニアに目を向ける。
そういえば、この前の魔術試験。
筆記試験の方は首席だったことを、クレニアは今思い出した。
「あ、そういや名乗ってなかったね、悪い。私はサラ・イシュア。コイツとは腐れ縁みたいなもので、初等学校から一緒なんだ」
「そうなんだ。初めまして」
サラはクレニアの右手をとり、ブンブンと上下に振った。
「話してみたかったんだよね。クレニアって呼んでいい? 私のことはサラでいいよ」
「う、うん」
サラはクレニアの手を握ったまま話し始める。
「武闘大会、凄かったよね。普段どんな練習してるか聞いてもいい?」
「それは俺も気になるな」
両側から興味津々の目で見つめられ、クレニアは軽く唸る。
「うーん…そんなに特別なことはしてないよ。例えば、無属性と水魔術を一緒に使うとか…あとは、近くに湧いた魔物と戦うとか」
クレニアが考え考え答えると、2人は押し黙ってしまった。ネオに関しては、まずいとでも言いたげに冷や汗を垂らしている。
何か良くないことを言っただろうかと発言を振り返っていると、サラがバッと顔を上げ、更に距離を詰めてきた。
「ま、魔物と戦ってるの!? 凄い! ねぇ、魔石が魔物から生まれるって本当!?」
サラの物凄い剣幕に、クレニアは一歩後退りする。
「そ、うだね……魔物を倒すと、魔石が取れるよ」
「あぁ一体どういう仕組みなんだろう! どうして骨も残らず消えるのに、魔石だけ残るんだ? もしかして、あの姿がそもそも魔力で形作られているのか? 魔石は魔力が凝固したものらしいし、あり得ない話ではないな。でも魔力で作られてるってことは……」
クレニアは助けを求めるようにネオの方へ顔を向ける。するとネオは、諦めろと首を横に振った。
「イシュアはどうしてか、魔物への興味が異常なほどでさ……あぁなると、しばらくは止まらない」
「そっか……」
そして彼らは、いまだ魔物への考察を1人で熱く語り続けるサラを他所に、魔術理論についての談義を始めた。
サラの暴走は、昼過ぎまで続いた。
◇◆◇
「魔王様、見つけました。我らが救世主を」
「そうか、よくやった。決して感づかれることのなきように」
「はっ。引き続き、偵察を続けて参ります」
部下を退出させると、魔王は真紅の瞳で窓の外を、暗雲に覆われた空を眺める。
「……再会の時は、近い」
第一章 終
これにて第一章完結となります。
幕間を挟んで、第二章へと移るつもりです。ただ、更新には多少時間がかかるかと思います。
少しでも続きが気になる、面白いと思っていただけたらブックマーク、評価等々してくださると嬉しいです。宜しくお願いします。