最初の最期
「魔術大国」たるリディオン国の東側、ツェンブルク領でクレニア・グレイシスは生まれ育った。優しい両親に可愛い妹のアディリア、家族関係はもちろん良好だ。
「姉さん、見て! 私もグロースフィアから招待状届いたよ!」
アディリアは体が弱かったが、その代わり魔力の量が常人離れしていた。齢8歳にして自身の固有魔法を生み出した彼女には、定例通り14歳の誕生日に、グロースフィア魔術学校から入学許可証が送られた。クレニアの母校でもある。
「姉さんと同じ学校に通えるなんて嬉しい」
そう言ってはにかむアディリアは、贔屓目なしにしても愛らしく、思わず抱き締めてしまった。
既に卒業試験も終え、首席としてグロースフィアを卒業したクレニアには、教師や研究員として学校に残らないかという誘いや、魔塔からのお声掛けも来ていたが、すべて断った。今はフリーランスの魔術師として、魔物討伐や遺跡探索などの依頼を受けながら各地を放浪している。
「聞いたぞ、また遺跡の秘宝を見つけたって? さすがだな」
グロースフィア次席卒業生のネオ・アスティーズは、暇なのか度々現れてはいつの間にか消えている。だが、今回の彼は普段と少し違った。
「気をつけた方がいい。最近魔物の活動範囲が広がっているし、凶暴性も増している。特に瘴気が濃いコルディス領じゃあ、住民の強制退去があったって話だ」
ネオは真剣な面持ちで告げる。
「どうもきな臭い。クレニア、君が強いのは知っているが、気をつけるに越したことはない。俺の勘がよく当たるのは知ってるだろ?」
「あぁ、分かった。君もね」
あの時ネオと別れてから、次に彼と会ったのは戦場だった。
◇◆◇
「どういうことだ!! 何でこんなに魔物が湧いてる!?」
街に怒号や悲鳴が飛び交う。今まで人里離れた森林や遺跡にしか現れなかった魔物は、突如統率をもって街に雪崩れ込んだ。
まさに混沌と言う他ない。その牙は人々の喉を噛みちぎり、鋭利な爪は人を物言わぬ肉塊へと変える。他国への援助要請はもちろん、クレニアら魔術師にも魔塔から協力命令が出た。返り血を被って所々赤黒くなったネオが、クレニアの背中を貫かんとしていた魔物を斬り捨てる。
「クレニア! 奴らはコルディスの方から湧いてきてる。俺たちなら行ける、根本を叩くぞ」
「了解!」
襲いかかる魔物の群れを屠りながら、彼らはコルディス領へ辿り着いた。
そこは、かつての面影は既になく、見るも無惨な瓦礫と死体で埋め尽くされていた。
「……ひどいな」
鼻を覆ったネオが絞り出すように呟いた。
「早く、行こう」
私たちに出来るのは、この戦いを収めることのみ。より瘴気の濃い方へ歩みを進める。
グロースフィアと共同で開発した、一時的に瘴気を中和する装置を以てしても尚、息苦しいほどの邪悪な空気。
瘴気はクレニアらを森の奥へと導いた。魔物の姿はない……否。魔物たちは棘のある蔓に絡め取られ、既に息をしていないだけだった。
「何なんだ、これは……」
魔物はまるで生気を奪われたかのように乾涸びている。虚ろに開かれた牙の覗く口は、まるで断末魔をあげたかのようだった。
突如開けた視界。直前まで漂っていた死の気配はどこにもなく、ただ穏やかな光が降り注いでいる。
だからこそ、彼らは喉元まで迫った死神の鎌をより一層、はっきりと感じた。隣でネオが浅く息を吸う。
「久しぶり、---」
“それ”は聖女のような笑みで、友人に語りかけるように、極限まで緊張した彼らを宥めるように言った。恐ろしいまでに、一切の戦意がなかった。
「そして……さようなら、---」
“彼女”は無数の魔法陣を背負い、その剣の鋒で、クレニアの首を撫でた。
「クレニア!!」
ネオの絶叫が聞こえた。
喉が、喉が熱い。
裂かれた頸動脈から、弧を描いて鮮血が舞う。
致死量の血だ、もう何も間に合わない。
スローモーションで世界が傾く。否、私が倒れていく。
“彼女”はクレニアの生に終止符を打たんと、指揮者の如くその剣を掲げた。
夥しい数の魔法陣を背負った“彼女”は、畏れを抱くほどに美しかった。
「またね、---」
剣光が閃いた。
そうして、クレニア・グレイシスは死んだ。
少しでも続きが気になる、面白い、と思っていただけたら評価等々して下さると幸いです。何卒。