STORIES 087: ageing - 彼の場合
僕は鏡を見るのが嫌いだ。
毎日、できる限り見ないように過ごしている。
それは30代が終わりに近づいた頃からだろうか…
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髪型は、チャチャッと寝癖を直すくらいで済むようにしている。
髭剃りは電動式なので、鏡を見なくてもできる。
男なのでメイクはしない。眉くらいはたまに整えるけれど。
最も長いあいだ鏡の前にいないといけない、ヘアカットの時間。
バッサリとショートにするとき以外は、ササっとスキバサミで伸びすぎたところを整えるぐらい。
美容室にはもう25年以上行っていない。
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10代の頃…
鏡の前に立つのは、別に嫌いではなかった。
時には研究対象でも観察するように、穴が開くほど眺めていたこともあった。
どうしたらモテるようになるのか。
どんな角度なら写真写りが良くなるのか。
どうやったら、あの俳優みたいな髪型になるのか。
…なんてね。
いくら眺めていたって、顔かたちは変わらないんだけどね。
やがて、目尻や額の笑い皺が気になり始めると、徐々に自分の顔を見るのが嫌になっていった。
まぁ、元々、自分の顔は好きじゃない。
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10代の頃は、自分たちは歳なんて取らないんじゃないかと本気で思っている。
20代では、お爺お婆は遠過ぎる世代で、自分達の将来の姿だとは思えない。
たぶんね。
そんな訳ないのにね。
そう、そんな訳ないんだよ、若い皆さん。
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もう人生の折り返し地点なんて…
とっくに過ぎてしまった。
割と若く見られるほうだけど、鏡に映る姿は…
僕がハタチだった頃の親父に似てきた。
皺かな。
シミかな。
深くなったほうれい線かな。
白髪染めはあまりやったことがない。
でも、ここ2年くらいで急に増えてきた。
髪を光に当てると、チラホラと白い毛が光る。
そろそろ気になるレベルかなぁ…
幸いなことに、まだ薄毛で悩んだりはしてない。
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でもね…
歳を重ねるのは、決して悪いことじゃない。
若かった頃よりも獲得したものが増えて…
魅力が増した人をたくさん知っている。
見た目もね。
昔の写真よりも、いまの方が何十倍も輝いて見える、なんてことは珍しくない。
要は、どんな歩き方をしてきたか、だろう。
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心はどうだろうか。
やはり老化してゆくのだろうか。
老いて頑なになったり。
人を信じられなくなったり。
老害だなんて疎まれたり。
それも、年齢はあまり関係ない気がする。
出来なくなったことが増えたとしても。
出来るようになったことのほうが増えたはず。
ただ、辛い思い出も増えてゆくから…
少しずつ、人は色んなことを忘れてゆこうとする。
たぶん正しい姿なのだろう。
僕だって…
永遠に忘れてしまいたいこと、一つや二つじゃない。
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恋する気持ちは?
もしかしたら、あなたのお父さんやお母さんも、また新たな恋をしているかもしれない。
そして、あなた自身も。
大人だって寂しくなる。
パートナーを求めたくなる。
それが全てではないけれど、そう思う人は多いだろう。
幾つになっても…
身なりをよくしたり、人の目を意識して過ごしたりすることは大切だ。
恋愛に限ったことではないけれど、社会の中で生きていたい。
それに、誰かを好きになる気持ちは素敵なこと。
ほかの誰かを泣かせたりするものでないならば。
でも、誰かと深く関わっていくのは…
辛いこと、面倒なことのほうが多いのかもね。
それでもきっと、人はずっと恋をする。