プロローグ
よろしくおねがいします。
それはとても深い深い谷の底。
日の光も届かないその場所に、小さな村がありました。
村人はほんの三十人あまり。
ある時その村にひとりの男の子が生まれました。
とてもとても小さく生まれた男の子。
村にたった一人のお医者様は、この子はそう長くは生きられないだろうとおっしゃるのです。
それを聞いた村の民はとても嘆き悲しみました。
その子は、その小さな小さな体に大きな大きな使命を持って生まれてきていたからでした。
その谷では、遙か昔から精霊と契りを結び、世界を統治する力を与えられていたのです。
でも、それは世界を支配するような力ではありませんでした。
男の子の母は世界で唯一生き残っていた精霊で、父は谷の村を治める若き長でした。動物が植物が精霊が、それぞれがそれぞれのあるがままの姿で生きていくための力。
大地の声を聞き、精霊と手を結び、空を感じて、星をよむ力。
その力によって世界の均衡を保ちながら谷の人々は長い時を過ごしてきました。
しかし。
それほど遠くない昔。
人という存在だけ誤った考えを持つようになっていきました。
世界を司っているのは人という存在だけ、偉大なる力を人だけが持っていると思いこんでいったのです。
そしてある時、人々は谷を襲い、力を奪おうとしました。
その時から、世界の姿は変わっていきました。
精霊は姿を消し、植物は枯れていき、動物は姿を変えました。
わずかに残った谷の民も、深く険しい谷底へ住まいを移し、二度と人と関わりを持たぬようになったのです。
それでも、谷の人々は昔からの生活を変えることはありませんでした。
大地の声を聞いて、空を感じて、星をよんで。
谷の民は、世界の滅びの日がすぐ目の前にまで迫っていることを知りました。
均衡が崩れた世界ではそう長くは持たなかったということなのでしょう。
そんな時でした。
精霊の娘に谷の子が宿っていることが分かったのは。
姿を消してしまった精霊に、谷の青年が根気強く語り続け、それに耳を傾けた1人の精霊と青年は恋に落ちました。そして二人の間に子が宿りました。
もう二度と生まれることのないと思われていた子ども。
その青年が村の長になった矢先にその事実は分かったのです。
谷の人々は喜び、きっと世界の崩壊も止まることだろうと沸き立ちました。
しかし、話を聞きつけた精霊の王様が谷へとやってきたのです。
そして王様は言いました。
世界の崩壊はもはや止めることはできない、一度崩れた歯車はもう元には戻せないのだ、と。
またもや悲しみの中にくれようとした人々に王様はもう一言、言葉を続けました。
ただし唯一方法がある。それがこの子だ。
王様は一つの文を谷の長に渡しました。
文には世界の滅びを止める方法が書かれていました。
それが生まれてきた子供“シン”に与えられた使命だったのです。
その赤ん坊の命が長くないというのは世界の滅びを意味しているのですから、皆の悲しみは計り知れないものだったでしょう。
しかし、長の若き青年と精霊の娘は諦めませんでした。
世界を守る事よりも一瞬でも長く生きて欲しいと願った両親は、お医者さまに助かる方法はないのかと必死にお願いしたのです。
するとお医者様は、日の光を浴び成長したならば可能性はあると仰りました。
それはつまり、谷から、二人の下から、遠く離れた土地で暮らさせろということ。
それでも二人が悩むことはありませんでした。
すぐに小さな赤ん坊がやっと乗れる谷で唯一の小さな小さなトロッコに、シンだけを乗せて谷から送り出しました。
トロッコのたどり着く先は谷と唯一繋がっている人間の老夫婦が住んでいました。
その老夫婦は谷では採ることの出来ない薬や物資を送ってくれる優しいヒト。
突然谷からやってきた赤ん坊も、谷からの手紙を読むと、すぐさま返事の手紙をトロッコに乗せ送りました。
大切に育てると、その手紙には書かれていたのでした。
月日は流れ、シンは十七歳になりました。
体は変わらず小さなままでしたが、元気いっぱいにしかっりと成長し、男の子は青年への道を確実に歩んでいました。
そんなある日。
おじいさんとおばあさんは、シンに二通の手紙を渡しました。
一通は両親から。
もう一通は世界破壊を阻止する方法が書かれたもの。
シンは両親からの手紙で自分の使命を知りました。
そして、崩壊の時がすぐそこまで来ていることも。
シンは一晩悩みました。
月を眺めながら、自分がどうすべきか考えました。
月は何も言いません。
それでもシンは決心しました。
シンは世界を救うべく、旅に出ます。
この世界唯一の城に向けて。