第62話 起きちゃった!
お断りします!
私の言葉は凜と広い謁見の間に響いた。
家臣たちがざわつき、進行の大臣は顔を青くしている。
後ろで師団員たちも戸惑っていた。
そして1番驚愕していたのは、私の前方にいらっしゃる国王陛下だろう。
目を剥き、玉座から少しお尻を浮かせた状態のまま固まっていた。
「お、王の褒賞を受けぬと言うのか? 金子や……。爵位など意のままだぞ?」
国王陛下は声を震わせ、尋ねた。
よっぽど私が褒賞を受け取らないことに驚いているのだろう。
お金や爵位か。
確かにお金は欲しい。喉から手が出るほど。
でも、きっと望めば自分の手に余るほどの額をもらうに違いない。
手頃なお金ならほしいけど、大量にはいらないっていうか。
前世でもこういうことは何度かあった。
多くの褒賞金を貰って、請われるままにあっちこっちから来た寄付に注ぎ込んだ。
一応聖女だったしね。社会貢献もしなくちゃならないと、私なりに考えたのよ。
そうすれば、バッドエンドを回避できるんじゃないかって淡い期待もあったわ。
けれど、旅先で立ち寄った孤児院に、目がこぼれるぐらい高い酒を見た時、私がやってきたってことって何だったんだろうって思った。
結局、バッドエンドも回避できなかったしね。その孤児院の院長は、私が火あぶりになりそうになった時、鬼の形相で「魔女め!」と訴えていたしね。
勿論、全部が全部じゃない。
私の寄付のおかげで、食いつないだ人もたくさんいる。
けれど、自分の目が届かないお金の使い方って、あまりよくないと思うのよね。
爵位もあっても煩わしいだけだし。
私は普通でありたいのよ。普通の魔術師師団員でいいのだ。
すでに私は爵位やお金よりも、素晴らしいものを持ってるって、厄災竜との戦いでよくわかったもの。
「はい。お断りしますと、申し上げました」
「ミレニア・ル・アスカルドよ。確認するが、そなたは民間人でありながら、厄災竜をなる巨竜を打倒することに尽力し、勇猛なる魔術師を差し置き、もっとも大きな功績を上げたと余は聞いている。間違いないか?」
国王陛下は改めて尋ねる。
一国の君主としては褒美を与えたいところだろう。
しかし、それは私を労いたいというよりは、半分上下関係をはっきりさせておきたいのだと思う。
実際、私が仕えた君主たちがそうだった。
金子や爵位を与えても、圧倒的に不足している人員を増やすことはしなかった。
理由は明確だ。私たちにこれ以上、武力を与えたくないからである。
傭兵を雇っても、金のために戦っている彼が命がけの戦いについてくるはずもなく、結局私は少数精鋭で魔王に挑むしかなかったのだ。
とはいえ、国王陛下の機嫌を損ねるわけにはいかない。
「国王陛下、恐れながらそれは違います」
「ん?」
「確かに私は厄災竜討伐に参加しました。しかし、それはいち民間人として参加しただけにすぎません。功に大小はありません。私は、ここにいるすべての師団員がロードレシア王国に強い忠誠心を持った英雄であると、愚考いたします」
頭を垂れる。
まあまあ、うまいことを言えたと思う。
本心だしね。私だけが英雄なんて認めない。
こういう時、みんな巻き込まないと……。
と言っても、結局国王陛下の褒賞を断ったことになる。
やっぱ怒ってるかな?
前世で似たようなことを言ったら、すっごく怒られて金貨を投げつけられたことがあったけど……。
頭を下げながら、私は前方の国王陛下の様子を窺う。
「うおおおおおおお!!」
な、泣いてる??
しかも、号泣だ。
何? 何? 何?
褒賞を断ったのが、そんなに悔しかった?
というか、泣くようなことなの。
「感動した!」
「はっ!?」
「大功を上げながら、その謙虚さ。さらに戦った師団員に対する配慮。心が洗われた。どうやら、目が曇っていたのは余の方だったようだ。押しつけがましいことを言ったな、この通りだ。許してくれ」
国王陛下は立ち上がると、何を思ったのか頭を垂れた。
その行動は、謁見の間をさらにざわつかせる。
それはそうだろう。
一国の君主が頭を下げたのだ。
しかも、命乞いするわけでも、国の重大な落ち度を謝罪するわけでもない。
私の謙虚さに感服したらしい。
「国王陛下が頭を……」
「まさか国王陛下の心すら変えるとは……」
「さすがは聖女の依り代になった少女だけはあるか」
「いや、彼女のような娘こそ聖女ではないのか?」
ま、まずい!
なんだか議論が私の正体にまで及んでいる。
さすがに褒賞を断ったのは、まずかっただろうか。
今、よく考えたら、普通の人間なら嬉々として受け取るだろうしね。
でも、それだとまた目立ってしまう。
(ああ! もう! どうしたらいいの、私!!)
心の中で絶叫した時だった。
ガシャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアンンンン!!
けたたましい音を立てて謁見の間のステンドグラスが砕け散る。
何事か、と衛兵も含めて皆が一斉に構える中、現れたのは小さなドラゴンだった。
「え? あれってもしかして、ジャノ??」
と言うと、小竜は私の声に反応して、こちらを向く。
大きな目から涙を噴水のように上げ、ジャノは叫んだ。
『ま、ママアアアアアアアアアアアアア!!』




