第55話 ラスボスだって悩みはある
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厄災竜に触れた時、私が最初に思ったのは、自分と似ているということだった。
世界を滅ぼすことを使命づけられた厄災竜。
世界を救済することを使命づけられた聖女。
対極に位置にある私たちだけど、その使命に縛られ、人生を滅茶苦茶にされたという点では一緒だ。
そして、その最期ですら似ている。
人から疎まれ、攻撃され、やがて終焉に至る。
私は転生者で、厄災竜は不死。
人生を繰り返す者と、人生を続ける者という点でも私たちはとても似通っていた。
厄災竜に同調するのは、簡単なことだった。
何故なら目の前にいたのは、結局私なのだから。
私は厄災竜の声を聞く。
『助けて……』
1本の生糸のようなか細い声に集中する。
さらに私は語りかけた。
「今、助けるわ。だから、私の手に捕まって」
私は手を伸ばす。
声の聞こえる方に目一杯、力の限り。
でも、聞こえてきたのは、否定の声だった。
『助けてほしい……。でも、怖い』
「怖い?」
『ぼくは厄災竜……。いくつもの世界を壊してきた、何千億人という人を殺してきた、何兆という命を奪ってきた』
「何が怖いの?」
『だから、怖いんじゃないか。いつか何兆という命がぼくの命を奪いにやってきて、何千億という人がぼくを殺しに来て、世界そのものがぼくを壊しにやってくるかもしれない。それがぼくは怖い』
なるほど。
厄災竜は知っている。
世界の終焉を担う役目がありながら、世界の美しさと、人の愛しさと、命の尊さを知っている。
だったら何故? と思うかもだけど、それが彼が負わされた役目であるなら仕方ない。
問題は厄災竜を作った存在だ。
世界の終焉なんて役目を与えて置きながら、同時に命を奪うことの罪悪感も与えた。
人間なら気が触れる。
それを厄災竜は、人格を切り離して回避した。
自分が思っていたよりも、厄災竜は傷付いている。
厄災竜もまた被害者なのだ。
今ここで誰もあなたを憎んでいない、誰もあなたに仕返しをしたりしない、あるいは私が守って上げるといっても、絵空事で空虚でしかない。
厄災竜を憎んでいる人も、復讐したいと思っている人は、きっとごまんといる。そんな人たちを止めるほど、私は万能ではない。
そしてこれは私の推測だけど、厄災竜が怖いと言っているのは、復讐されることじゃない。おそらく生き延びても、また人を殺してしまうことに本能的に怯えているようにも見える。
今ここで打開策は私にはない。
だからひたすら私は厄災竜に語りかけた。
「厄災竜、聞いて……」
語り出したのは、自分のことだった。
厄災竜は、ムルンやアーベルさんとは違って、まだ私の心の外にいる。
今は、自分の言葉を以て、自分のことを喋るしかない。
転生者として、世界を救うことになったこと。
聖女として、周りからもてはやされたこと。
厄災竜や魔王と言われるものと戦ったこと。
世界を救いながら、私は結局人間に処刑されてしまったこと。
普段、あまり人に言いたくないことも、厄災竜の前なら話せた。
何故なら、目の前に闇の奥にいるのは、私自身だからだ。
こういうのもなんだけど、何だか親近感が湧いてきてしまった。
確かに厄災竜がやったことは許せないことよ。
でも、厄災竜が自主的にやったことならまだしも、誰かにそう仕向けられたなら話は少し違ってくる。
『君は、何故人間といるの?』
「また処刑されるかもしれないから? 確かにそうね。世捨て人みたいになって、山にでも引きこもって生活した方がよっぽど有意義だったかもね。でも、そんなことは最初から無理だったわ」
『それは何故?』
「家族がいたから。特にライザお姉ちゃんね。あなたが言うようになるべく人と関わりを待たないようにしていたけど、無理だった。ライザお姉ちゃんは可愛げのない妹を、自分の〝妹〟だっていう理由だけで、命を張ろうとした。さして仲が良かったわけじゃないのに……。それを見たらね。こりゃ無理だって思ったのよ。どんなに自分が遠くへ行こうとしても、手を繋ぎ求めてくる人がいる。……今の私とあなたのようにね」
私は声の方向に向かって、手を差し出す。
「厄災竜、私と友達になってよ」
『ぼくと? 友達?』
「友達でも、家族でも、隣人だっていいわ。……私はあなたの側にいたい」
『何故? ぼくは厄災竜だよ。終末の竜だよ』
「悪いけど、それを言葉にできるほど私は賢くないの。……ただあなたともっともっと話していたい。こんな戦場のど真ん中じゃなくて、朝食を食べながらとか、昼休みの休憩とか、訓練の合間とか、お休みの日部屋の中で1日中――は言い過ぎかしら。……ともかく私はあなたに興味がある。そうね。もっと簡略化していうと――――」
あなたのことが好きだってことよ。




