第48話 集う力(後編)
「親交を深めるのはいいが、ここは戦場だよ。新人団員には、安全な場所にいてほしいものだけどね」
アランさんが下りてくる。
穏やかに見守るアーベルさんと違って、第二師団師団長として厳しい言葉を投げかけた。
そして、それはもっともだ。
「君たちの気持ちはわかる。しかし、状況がわかっているなら、新人団員や城にいる非戦闘員の退避など、やれることはあると思うよ」
「で、でも、あたいたちはミレニアを……」
「アラン師団長、その必要がございませんわ」
途端、紅蓮が閃いた。
炎が立ち上り、再び再生しようとしていた厄災竜の肉体を灰にする。
その炎をバックに現れたのは、朱色の髪を揺らしたヴェルとルースだった。
2人は総帥とアラン団長の前に膝を突く。
「非戦闘員と新人団員の退避は終わりました」
「君たちが誘導を……」
「いえ。他数名の新人団員が手伝ってくれました」
「それ、多分あたいの友達だ!」
マレーラはちょっと得意げに鼻を擦る。
「なら、ヴェルファーナ……。君も退避を」
アラン師団長は珍しく厳しい顔つきで、指摘した。
しかし、ヴェルは動かない。1歩もだ。
「お断りします」
「師団長、命令でもかい」
「まだあたしは魔術師第二師団に入団を拝命されていません。今ここにいるのは、いち民間人です。だから、アラン師団長……。あなたの命令であっても、あたしに聞く義務は今のところありません」
「民間人なら尚更だよ。今は有事だ。軍人の言うことを聞かなければ、法で裁かれることだってある」
ヴェルは動かない。ギュッと拳を握った。
「あたしはバラジア家の娘で『炎の魔女』の代行――――」
「なんだかんだいいながら、ミレニアのためだよね」
ヴェルの言葉に被せたのは、ルースだった。
「ミレニアが心配になって来たんだよね」
「ち、ちが! ルース! あなた何を勝手に!! あ、あたしはね。またこの女にこれ以上手柄を横取りされたくなくて」
「……僕はそうだよ。ミレニア、助けたくてここまで来た。ヴェルは違うの?」
ルースはさりげなく私の手を握る。
「あ、あたしは…………そのちょっぴり…………心配だったから。ほ、ほんの少しよ。ミレニアはあたしのライバルだから、こんなところで死なれたら、その……」
どんどん、ヴェルのトーンが下がっていく。
なんだかんだいいながら、私を心配してやってきたらしい。
そんな小さな同期を、私は抱きしめた。
「ありがとう、ヴェル。心配してくれて。そして駆けつけてくれて」
朱色の髪をなでなでする。
「だー! もう! 抱きしめるな! 撫でるな! あと子ども扱いするな!!」
ヴェルは私の胸の中で、子どものように喚いた。
だが、和んでいる場合ではないことはわかっている。
アラン師団長の魔術砲撃は凄まじかった。
けれど、それ以上に凄いのはやはり厄災竜の再生能力だ。
あれほどの魔力の奔流を受けても、また再生を始めようとしている。
ほぼ消滅状態だって言うのに、どうして生きてられるの、こいつ。
「随分と騒がしい戦場ですね」
突然、青白い光が走る。
重さを伴った雷圧が厄災竜の背をくの字に曲げる。
再び肉片が飛び散ると、それを焼却したのは、巨大な火柱だった。
厄災竜の巨躯をそのまま焼き上げる。
その炎はヴェルの炎よりさらに大きく、チリチリと私の頬を焼いた。
「全くひよっこどもがピーチク、パーチクと」
切れ長の瞳に眼鏡をかけた第五師団の師団長ボーラさん。
さらに隻眼の魔術師第六師団の師団長ロブさんまで現れた。
アラン師団長が連れてきた第二師団だけではない。
第五、第六師団とローデシア王国が誇る屈強な魔術師師団が揃い、復活しようとする厄災竜をすでに取り囲んでいた。
アーベルさんの周りには、アラン師団長、ボーラ師団長、そして最後にロブ師団長が膝を突く。
「ひよっこたちに後れを取るとはな、やれやれ」
「深酒なんかするからですよ、ロブ」
「また王都で呑んでいたのですか、ロブ師団長」
遅れてきたロブ師団長を非難する中、薄く笑ったのはアーベルさんだった。
「ロブ、心配しなくてもいい。1周回って、遅れてきた者がいるからね」
「それって、俺のことか、アーベル」
え?
意外な人物の声を聞いて、私は反射的に振り返った。
ややぼさついた黒髪に、見覚えのあるブラウンの三白眼を見た時、私は率直にいって目の前に現れたのは“お化け”なのだと思った。
「ぜ、ゼクレア師団長!」
「なんだその目は? 人を化け物を見るみたいにジロジロ見やがって」
「い、いや、だだだだだって」
「足なら付いてるぞ」
わざわざ足を見せてくれるのだが、ブーツの裏が熱で溶けて、素足が剥き出しになっていた。
間違いなくゼクレア師団長だが、満身創痍であることに代わりはない。
あー! もー! この人、いつもなんで私の前でボロボロなんだろう。
そういう星の定めなんだろうか。
「おい! お前らもいつまで死んだふりしてる? とっとと起きろ。仕事だ」
「はーーーーーーーーーーーーーい!!」
元気よく起き上がったのは、ラディーヌ副長だ。
そのまま花火のように打ち上がると、放物線を描いてゼクレア師団長へと向かってくる。
完全直撃コースだったのだが、ゼクレア師団長は受け止めることもなく、あっさりと躱してしまった。
結局、ラディーヌさんは冷たい地面と熱い抱擁を交わす。
「ラディーヌ、その元気をあの化け物にぶつけてこい」
「はううぅ! さすがゼクレア様、その冷たい目が溜まらない!!」
くねくねと身体を動かす。
今さらだけど、よくゼクレア師団長こんな人を副長に置いてるなあ。
魔術師として実力はあるんだろうけど……。
ああ。そうか。他に置いておける師団がなかったのか。
「さて、役者は揃ったようだね」
そう言うと、ゼクレア師団長、アラン師団長、ボーラ師団長、ロブ師団長が一斉に膝を突く。
頭を真の総帥へと垂れた。
「総帥……。ご命令を」
「僕は総帥ではないのだけどね。今は君が総帥だろう、ゼクレア」
「問題ないでしょう」
「ゼクレアも頑張ってたけど、俺たちの総帥はあんたじゃねぇと」
集った師団長たちが苦笑する。
すると、ついにアーベルさんは腰の杖を握った。
「まあ、ちょうどいい。そろそろ私室に閉じ込められて身体が鈍ってきたところだ。勇者らしく国と世界を救いに行こうか」
アーベルさんは杖を掲げる。
ローデシア魔術師師団の力、とくと見せて上げようじゃないか!




