第35話 空気を読む聖女
投稿いつもより遅くなり失礼しました!
ガサッ!!
側の茂みが動く。
その動きに反応したのは、カーサだった。
再び悲鳴を上げると、マレーラの腰に縋り付く。
すると、そのマレーラも大きな声を張りあげた。
「な、なんだー、あのはなのおばけはー!」
突如茂みから飛び出してきたものを指差した。
私たちの前に立ちはだかったのは、頭から花の蕾を垂らし、葉っぱの足で立った異形の姿だった。
『のーん』
という謎の声とともに、闇夜の中で目を光らせている。
星明かりを受けて、不気味な影の形を私たちの方に伸ばしていた。
「か……」
私が声を震わせると、マレーラは「にっ」と笑ったような気がした。
「かわいい!!」
私はギュッと目の前の異形を抱く。
最初に現れた岩精霊と違って、姿こそ歪でもお人形サイズ。
しかも、触り心地も悪くない。花の香りもして最高だった。
「やーん。こういう精霊ほしいかも。そうか。花精霊という……」
『のーーーーーーーーーん』
私の腕の中からスポンと抜けると、花精霊は一目散に逃げてしまった。
あれれ? また逃げられちゃった。
ちょっとショックだ。可愛かったのに。
「2人とも心配しなくてもいいよ。今のは花の――――」
振り返ると、何故かマレーラが地面に四つん這いになっていた。
よっぽど花精霊が怖かったのだろうか。もしかして腰でも抜けたのかもしれない。
その横でカーサが介抱していた。
「大丈夫、マレーラ。まさかそんなに驚くなんて。もしかして、お化けが怖いとか?」
「違うわよ!!」
マレーラは声を荒らげた。
「な、なんでだよ。なんでビビらないんだよ」
「ね、ねぇ……。マレーラ、もうやめよう。こんなこと……」
カーサがマレーラの肩を抱きながら諭す。
ん? やめよう?
ああ。そうか。マレーラがこんなに怖がってるんだもんね。
今すぐ引き返した方がいいかも。
「さっきからあんなに脅かしてるのに……。お前はなんでそんな平気な顔をしてるんだよ!」
またしてもマレーラは叫ぶ。
脅かしてる?
そう言えば、マレーラが声を上げると、精霊が出てくるっていうか。
もしかして合図でも送ってる? なんのために?
あ。そうか。
私はポンと手を打った。
「そうか。マレーラ、私を驚かせようと色々と仕掛けを作ってくれたのね。じゃあ、もしかしてさっきから感じる人の気配も、先に行ったお仲間さんとか?」
どうもおかしかったのよね。
聞いている肝試しのルートは、1本道。
その先にある大岩に名前を刻んで帰ってくるというのがルールだと聞いた。
なのに、私たちが最後にもかかわらず、誰1人帰ってこなかった。
ちょっとおかしいと思っていたのよね。
「なるほど。てめぇ、あたいの計画をそこまでお見通しだったわけだ。さすが首席様だね」
マレーラはゆらりと立ち上がる。
「マレーラ、やっぱりやめよう。こういうのは良くないよ」
「カーサは黙ってな。ここまで虚仮にされて黙ってられないわ」
「え? マレーラ、怒ってる。ご、ごめんね。上手に驚けなくて」
お化けなんかよりも怖い、死の体験をしてるからね、私は。
よくわからないものぐらいでは驚かない。
「舐めやがって。こうなったら実力行使だ! 来な、ボルゴン!!」
私の前に現れたのは、中型犬ぐらいの大きさの蜥蜴だった。
しかもただの大きな蜥蜴というわけじゃない。
四つん這いになって踏ん張り、尻尾を上げると、バリバリと音を立てながら雷の力を発揮した。
雷精霊だ。すごい。扱いが結構難しい精霊なのに。
「これってマレーラの精霊……? すごいわね」
「その余裕面が気にくわねぇ。あたいたち、学校組を見下してるような目がね」
「え? 私は素直にすごいって言ってるだけなんだけど」
学校組って、何のことだろうか?
「いいかい。さっきまでの精霊と一緒にするんじゃないよ」
「それって、もしかして私を見て逃げた精霊のこと? やっぱり、あれ誰かの精霊なんだ。ご、ごめんね。ご期待に添えないリアクションで」
あははは、と苦笑すると、マレーラはさらに目くじらを立てた。
そうか。肝試しって言っても、本物のお化けを用意するわけにはいかないからね。
精霊をお化けに見立てて、盛り上げようとしていたのか。
マレーラには悪いことをしたわ。
もっと空気を読むべきだったかもしれない。
「そのツラがムカつくって言ってんだよ!! ボルゴン!!」
マレーラはボルゴンと名付けた雷精霊に命令する。
ボルゴンは金色の瞳をさらに光らせると、体内の雷気を増幅させた。
やばっ! マレーラ、すっごく怒ってる。
どうしよう。こういう時って…………えっと、どうしたらいい?
友達が主催した誕生日に、空気が読めずに素っ気ない態度をしてたら、怒るのは理解できる。でも、えっと……。どうしたらいい? 謝るの、わたし??
いや、とりあえず謝っておこう。
「やれ、ボルゴン!」
「ごめんなさい、マレーラ」
私が頭を下げて謝ると、その上をボルゴンが放った雷の槍が通過していった。
あっぶなあ。当たってたら、意識を失ってたかも、
マレーラ、それほど怒ってるのね。
「ボルゴンの槍を躱すなんて。さすが飛び級組だね」
「ち、違う。今のたまたま――――」
「今度は本気で!!」
「マレーラ、後ろ!!」
叫んだのは、私じゃなかった。
カーサだ。
そして、私もマレーラの後ろにいる異形の姿を確認していた。
最初に確認できたのは、巨大な獅子顔だ。
鏡の額縁みたいに広がった鬣に、獰猛な牙と鋭く吊り上がった目が光っている。
しかし、さらに私を驚かせたのは、通常4本の獅子の足が、さらに4本増えて、8本になっていたことだった。
「アームレオン!!」
それは7段階存在する魔物の等級の中で、上から2つ。
Aランクに相当する魔物の名前だった。




