第32話 ワクワク肝試し
親睦会が終わり、腹ごしらえも終わった。
本日は無礼講ということで、厳しい官舎の門限もない。
朝まで新人同士、語り明かせということなのだろう、と私は勝手に解釈した。
マレーラの誘いを受けて、私は精霊厩舎近くの森に集合する。
夜の森というのは、無条件で不気味だけど、精霊厩舎が近くにあるというだけでそのイメージを何倍増しにもしていた。
でも、私の胸は真っ暗な森を見ながらも、弾んでいた。
実は肝試しというのが初めてだったからだ。
そもそも年の近い人間とこうして遊びのために森に入ること自体、初めてだった。
聖女だった頃は、遊ぶ間もなく仕事ばかりしていた。それこそ寝る間を惜しんでだ。
移動する度に人が付いてくるし、1人になる時間すらなかった。
なのに、勇者や王子は私に隠れて夜の遊――――思い出したら、別の意味でドキドキしてきたわ。
けど、過ぎたことは仕方がない。
年上のお姉様方のリードというのもいいだろう。
いつも私がリードする側だったからね。
「あ。いた。いた。マレーラ」
私が手を振ると、マレーラは手を振った。
他の新人団員たちも手を振る。
うん。なんか青春って感じがする。ちょっと泣けてきた。
「おう。よく来たね、ミレニア。こいつら、うちの仲間だ。ミレニアだよ、よろしくな」
肝試しには親睦会に参加できなかった新人団員もいて、私は次々と自己紹介を受ける。
みんながみんな、陽気でとても良い人みたいだ。
その中にあのカーサの姿も発見して、手を上げると、軽く会釈してくれた。
まだピクシーのことは話せていない。
できれば2人っきりの時に説明した方がいいと考えてる。
だけど、なかなか機会がない。
いつもマレーラか、スーキー、ミルロが側にいるからだ。
見た目は割とあべこべな感じなのに、随分と仲がいいらしい。
やっぱり羨ましいかもしれない。
「おや、他の2人は??」
「それが官舎に帰っちゃって……。誘ったんだけど」
ヴェルも、ルースも肝試しに行こうと言ったんだけど、2人とも断られてしまった。
すでに官舎に帰っている。
ヴェルは午後9時までに眠るのを習慣にしてるらしい。
まるで子どもみたいっていうと、すっごく怒られてしまった。
夜更かしすると、背が伸びないと思っているようだ。
ルースの方というと、家族に手紙を書かなければならないらしい。
そういうわけで、飛び級組は私1人の参加となったのだ。残念。
「ごめんね、マレーラ。折角誘ってくれたのに」
「ミレニアだけでも参加してくれたんだから嬉しいよ。さあ、仲間を紹介しよう」
そう言って、マレーラはポンと私の背中に叩く。
優しいなあ、マレーラ。
私には2人の姉がいるけど、それとはまた違う空気を感じる。
肝試しを通じて、いい友達になれればいいな。
◆◇◆◇◆
夜分の執務室で、隊員の報告を受けていたのはゼクレア第一魔術師団師団長だった。
癖ッ毛の頭に軽く手を置きなら、ブラウンの三白眼を動かして報告書を読んでいる。
それを見ていたのは、まだ若い隊員だ。
しかし、目の前の師団長とそう変わらないだろう。
ゼクレアは20歳にして第一魔術師師団長に抜擢された才人。
今度入ってくる学校組の新人と比べても、わずか2歳しか違わない。
「なるほど。わかった」
執務机を挟み、緊張した面持ちの隊員はひとまずホッと息を吐いた。
ゼクレアは報告書を一旦置き、脇に置いた珈琲に手を伸ばす。
すっかり冷めていたが、乾いた喉にはちょうどよかった。
「王都に密猟団か……。命知らずどもめ。ここが俺たち魔術師第一師団の庭だと知っているのか?」
「どうされますか?」
「無論、殲滅だ」
ゼクレアは静かに宣言した。
静かな宣戦布告とも取れる言葉に、隊員の息が詰まる。
「まずはアーベルの第二師団とも情報共有する。王都に潜伏しているなら、あっちの管轄だからな。一応第六師団のロブに報告しておいてくれ」
「了解です」
「それと王宮と精霊厩舎の警邏人数を増やす。プランCだ」
「プランC……。王宮他の建造物が狙われている場合のシフトですね。了解です」
隊員が敬礼する。
出て行こうとすると、窓の外から笑い声が聞こえた。
何事だとゼクレアが窓の外を覗く。
若い隊員が官舎で酒の杯を片手に盛り上がっていた。
「そうか。今日は親睦会か」
「どうします?」
「新人どもに悪いが、官舎に引き上げさせろ」
「仕方ないですね。わかりました」
隊員が執務室を辞す。
ゼクレアは窓の外を見続けていた。
騒いでいる新人たちを見て、昔の自分と勇者アーベルを重ねる。
例の事件以来、アーベルは職場復帰できていない。
本人は元気なのだが、政治側の許可が下りない。どうやら実技試験の騒ぎについてリークした人間がいるらしい。
そのため、今総帥代理はゼクレアが務めている。
「あいつがいない間に問題を起こすわけにはいかん。いざとなれば……」
ゼクレアは鋭い三白眼を窓の向こうに突きつけるのであった。




