第18話 勇者の大事なもの
(あれ? どうなってる? 確か『勇者』様の魔術を受けて、私)
瞼を開けているのに、一面真っ黒だった。
周りを見渡すも『勇者』様どころか、私がそれまでいた魔術学校の講堂、倒れていたはずの受験生や教官の姿まで消えている。
ただ見えるのは、ひたすら真っ暗な闇だった。
いよいよ私も年貢の納め時かな?
はあ……。今回の転生は短い人生だった。
まあ、いいか。なんか色々と雲行きが怪しかったし。
命短し恋せよ乙女ってね。……まあ、恋なんて全然してなかったけど。
せめて1度、燃えるような恋をしたかったわ。ははは、なんてね。
ボッと突然、目の前で炎が灯った。
あぶな! ちょっ! 燃えるようなって物理的に燃えたいわけじゃなくて……。
「大丈夫か、ミレニア・ル・アスカルド」
暗闇の中で声が聞こえた。
よく見ると、炎の後ろでボウッと人の影が現れる。
「キャ――――――」
「馬鹿! 大きな声を上げるな」
口を手で塞がれる。
幽霊かと思ったら、暴漢?? それとも痴漢かしら。
軽くパニックを起こしていると、私は見知った三白眼とかち合う。
(もしかして、ゼクレア教官??)
ゼクレア教官は神妙に頷くと、手を離す。
しっ、と唇に人差し指を押し当てると、そっと上を覗き見た。
抜けた天井の穴を、魔術で埋めたような痕がある。
恐らく私は穴から落ちて、その穴をゼクレア教官が塞いだのだろう。
「ここは演武台の下にある地下――――まあ、備品庫みたいなものだ」
私が質問する前に教官は説明する。
「ゼクレア教官が助けてくれたんですか?」
「ぐっ…………!!」
私の質問に答える前に、ゼクレア教官が脇腹の辺りを押さえながら蹲る。
よく見ると、その額からは脂汗が浮かんでいた。
「その傷……。もしかして私をかばって?」
「違う。アーベルの最初の一撃目だ。お前をかばってじゃない」
そんなに強く言わなくても……。
でも、だいたい状況が理解できた。
私に『勇者』様の風属性魔術で吹き飛ばされる前に、ゼクレア教官が防御魔術で防御して、さらに地面に穴を開けて、地下に逃れたんだ。
「ミレニア・ル・アスカルド……」
「は、はい!」
「お前は逃げろ」
「え? で、でも……」
「これは受験生が抱える問題じゃない。王国側の問題だ」
「けど、1人だけ逃げるなんて」
浅く呼吸するゼクレア教官を見つめる。
そもそも私1人逃げて、この人はこの後どうするんだろうか?
大怪我を負っているのに、まさかあの『勇者』様に挑むなんていうのだろうか。
「お前、総帥――――アーベルが冷酷で、人の命をなんとも思わない人間だと思ってるだろ?」
突然、ゼクレア教官は口を開く。
「あの人は元々あのような方ではなかった……」
ゼクレア教官が語るアーベル・フェ・ブラージュは、私が見た『勇者』様とは全然違った。
若くして『勇者』になり、第6まである魔術師の総帥へと上り詰めた。
勿論、その重圧は想像絶するものだったろう。
でも、アーベルさんはものともせず、任務を精力的にこなした。
王宮にいれば、部下と友人想いの単なる好青年。しかし一度戦場に出れば、魔術師たちを鼓舞するため自分が前に出て戦う。その姿はこの世に神が遣わした救世主のようであったという。
ゼクレア教官とは幼馴染みで、兄がいないゼクレア教官にとっては同い年でありながら兄のような存在だったらしい。
「『勇者』アーベルは完璧だった。俺も、そしてきっと総帥自身もそう思っていた」
転機が訪れたのは、1年前の大盗賊団のアジト襲撃だった。
魔術師師団の戦力からすれば、取るに足らない相手だったらしい。
だが、それがかえって『勇者』アーベルに油断を生む。
アジトには確認されていなかった魔術兵器があって、それにアーベルさんが巻き込まれたのだ。
その時、『勇者』をかばったのが、アーベルさんの使い魔だった。
小型の竜と契約し、アーベルはその使い魔を猫かわいがりしていたようだ。
「アーベルは落ち込んだが、しばらくして精力的に執務を再開した。けれど、その頃からだ。ちょっとずつアーベルがおかしくなったのは……」
「あの……。その魔術兵器は呪いを与えるものだったんですか?」
話を聞き終え、私は気になることを尋ねた。
「いや、そういうわけではないが…………って、お前! 呪いってなんだよ?」
「え? あはははは……。別に、そこまで人格が変わったなら、呪いを受けた可能性もあるかなって」
「俺も考えたが、そういうわけでもなさそうだ。『聖女』にもわからないらしい」
本当に使い魔を失ったことによって人格が変わったか。それとも別の原因か。
何にせよ、本人にもう1度会ってみないと、私でもわからない。
「だから、あれが『勇者』アーベルって誤解するな。あの方は、アーベルさんは人を傷つけるより、自分を傷つける事を選ぶような人なんだ」
ゼクレア教官の手が震えていた。
今にも涙を流しそうな顔を見て、この人が『勇者』以上に優しい心の持ち主だと理解できた。
きっとゼクレア教官が、変貌した『勇者』アーベルをフォローしていたのだろう。
いつか、元の優しい真の『勇者』に戻ってくれることを信じて。
そうでなければ、魔術師師団の総帥で今もいられるわけがない。
「お前は逃げろ! 後のことは、俺が――――ぐっ!」
ゼクレア教官は頽れた。
私はそっと教官を受け止める。その脇腹にはべっとりと血が付いている。
早く対処しなければ、命に関わるだろう。
その前に、『勇者』アーベルをどうにかしなければならない。
ゼクレア教官の意識が混濁しつつある。それでも彼の口から漏れたのは、『勇者』アーベルを気遣う言葉だけだった。
私はそっとゼクレア教官の手を取る。
「安心して下さい、ゼクレア教官。あなたの大事な人は必ず救ってあげますから」
「ミレニア、おまえ……。いったい、なにを――――いや、それよりも、おまえは……」
なに…………もの…………?
ゼクレア教官の瞼が閉じる。
そっと横に倒し、私は教官を地下の保管庫にあったマットの上に寝かせた。
その寝顔を見ながら、私は呟く。
「ちょっとお節介な――――」
普通の魔術師志望ですよ。
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