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前世で処刑された大聖女は、聖女であることを隠したい  作者: 延野正行
第二章

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第14話 実技試験

 実技試験会場に入ると、すでに多くの受験生が集まっていた。

 なのに広い講堂の中は、しんと静まり返っている。

 受験生たちの微かな息づかいだけが聞こえるだけだ。


 実技試験は魔術を使った実践形式の試験だと聞いている。

 対魔術師も想定して、私は1人訓練をしてきた。


「どうしたのかしら?」


 首を伸ばして人垣の向こうにある者を見ようとする。

 ルースに質問したが、答えは返ってこない。

 心配になって振り返ると、ルースもまた固まっていた。その瞳は講堂の中央に向けられている。


 なんだか胸騒ぎがして、人垣の前の方に私は出ていく。

 講堂の中央。冷たい石でできた演武台の上に私もよく知る人物が立っていた。


「ゼクレア教官……!」


 思わず出した声は上擦っていた。

 無手のゼクレア教官が、1人演武台から受験生を見下ろしている。

 三白眼の鋭い眼差しには殺気すら漂っていた。


 ちょうど鐘が鳴る。いよいよ実技試験の開始だ。

 なのに緊張感はそのまま。ただゼクレア教官の声だけが響き渡った。


「今から実技試験を開始する。試験内容はシンプル。俺に一撃を入れてみろ。その一撃に対する重さで、評価をつける」


「え?」

「それだけ?」

「一撃を入れるだけだろ?」

「楽勝じゃ……」


 ある受験生たちは楽観的になる一方、ある受験生たちはさらに空気を引き締めていった。


「あんたたち、バカね」


 そう言ったのは、ヴェルちゃんだった。


「今、目の前にいるのは魔術師第一師団の師団長なのよ。それはつまり、王宮防衛のスペシャリスト。この意味がわかる?」


 ヴェルちゃんに言われて、受験生たちも何か気付いたようだ。


「王宮ってことは、王族の方々を守る盾ってこと……。言わばこの国で1番守ることに長けた人なのよ、この教官殿は!」


 ヴェルちゃんの説明に、明確に事態を理解した受験生たちは、ざわめく。絶望的な顔をして、項垂れる者も少なくなかった。

 受験生が打ちひしがれる中で、当の本人は珍しく口角を上げる。


「フッ……。どうやら、これ以上の説明はいらないようだな。では受験番号――――」


 ゼクレア教官は受験番号と名前を呼び、演武台に1人ずつ上らせる。

 割とがっしりとした身体の男の受験生だ。

 試験開始の合図がなると、手に魔力を集中させる。


『焔陣の車イシュラよ。汝轢き裂く死の道に、陽炎を穿て!!』



 【焔架大車輪ホイール・オブ・フレイム】!!



 講堂に赤い熱気が渦巻く。

 一瞬にして喉の水分が奪われ、カラカラになる。

 同時に目が乾いて痛かったが、その炎の見事さに目を離す受験生はいない。


 確か720年デキン記の魔術。

 魔術としては中級に属するけど、決して簡単ではない。

 その威力も十分だった。


 炎が灯った車輪が、ゼクレア教官に向かって行く。

 詠唱時間も魔力を練る時間も申し分ない。

 さらにゼクレア教官と受験生の間に、さほどの距離はない。


 今から防御魔術を展開しても間に合わないはず。

 なのにゼクレア教官は眉一つ動かさなかった。


「土の精霊ノームよ。我を守りたまえ」


 ゼクレア教官が寸前で呪文を唱える。


 え?? 今の魔術って、初級の??



 【防御(プロテクション)



 ゼクレア教官の前に土の壁が生まれると、直後炎の車輪がぶつかった。

 魔術の階級でいえば、炎の車輪の方が上だ。

 でも、ある魔術書にはこう書かれていた。


『圧倒的な魔力差がある場合、その限りではない』と……。


 硝子が割れたような鋭い音が鳴り響く。

 炎の車輪が、土の壁に弾かれていた。

 優位なはずの中級魔術が、初級の防御魔法に競り負けたのだ。


「これでおしまいか?」


 ゼクレア教官は受験生を見下げながら、言い放った。


 その後の受験生は、魔術の属性や質を変えて、なんとかゼクレア教官の防御魔術を抜こうと踏ん張る。だけど、1度敗れたというメンタルは、そうそう拭い去られるものではない。

 結局、1度目の炎の車輪の威力が超えられることなく、受験生は諦めてしまった。


「おいおい。マジかよ」

「あいつ、確か予備校で4位の成績だった奴じゃ」

「嘘だろ。予備校4位であれって」

「俺、今年は諦めようかな~」


 受験生の士気がどんどん下がっていくのを感じる。

 それは、受験生のパフォーマンスにも現れていた。


 ゼクレア教官は次々と受験生を呼び込み、自分に向かって魔術を打たせる。

 だけど、教官の鉄壁の守りを抜く受験生は、なかなか現れない。


 いや、鉄壁というのもおかしい。

 教官が使っている防御魔術は、初歩の初歩だ。

 その上には、中級、上級と続く。

 初歩魔術ですら抜くことができないのに、その上魔術など夢のまた夢になる。

 そう考えるだけで、どんどん気が重くなっていく。


 受験生が諦める度に、メンタルが削られ、いつものパフォーマンスですら発揮できないようになっていた。


(まずい……)


 私は焦っていた。

 このまま実技試験の成績が低調に終われば、たとえ私が平均点を取ったとしても、上位と下位の差が無ければ、結局上位に来る可能性も出てくる。


 それにゼクレア教官はこう言った。

 自分に一撃を入れること、だと……。

 つまり一撃を入れなければ、評価にすら値しないということになり、0点ということになりかねない。


 この実技試験、全員が0点だとしても、最初の筆記試験で0点が確定してる私は圧倒的不利。普通の魔術師どころか、魔術師になれない可能性もある。


 貧乏子爵家に浪人させるお金なんてない。

 今回の試験が1回こっきりなのだ。

 魔術師になりたければ、ゼクレア教官に一撃を入れるしかない。

 だけど、そうすれば私が目立ってしまう。


 どうする……。

 どうしたらいい……??


「ルクレス・ファ・ヴィルニヨン、前へ」


 ルクレス、という言葉を聞いて、私はハッと顔を上げた。

 ちょうど私の前を銀髪の美男子が歩いて行く。

 私は反射的にその細くともたくましい腕を取っていた。


「ミレニア? どうしたの?」


「あ。いや、その…………」


 やばい。なんか反射的にとかいったら、変人扱いされそう。


 でも、なんかルースってほっとけないというか。

 多分私、ルースには一撃を入れて欲しいと思ってるんだわ。


「…………あ。そうか」


「ミレニア。悪いけど、手を……」


「ごめん。ちょっと待って」


 平均点が低いなら、意図的に上げてやればいい。

 誰も通過できないなら、通過できるようにすればいい。

 みんなのメンタルが削れ、弱っているのなら回復を…………。



 いや、それ以上の強化を行えばいい。



 魔術は教官に監視されていて、使えない。

 だったら魔術でなければいい(ヽヽヽヽヽヽヽヽヽ)

 他の人間には無理だけど、私ならできる。


 前世は聖女で、魔法を使える(ヽヽヽヽヽヽ)私なら……。

 幸いにも魔法は無詠唱、無音、そして集中すれば発生する際の光も抑えることができる。


「ルース、頑張って!」


 私はルースの手を掴んだまま、強化の魔法を使った。

 ルースには何が起こってるかわからないはず。

 少し不思議そうな顔をしたけど、先ほどまで強ばっていた顔が少しだけほぐれた。


「ありがとう。ミレニアの声を聞いたら、力が湧いてきたような気がするよ。


 ついにルースは演武台に立つ。

 開始の号令が掛かると、ルースは手を掲げた。


「北海にて時間を止める蛇よ……。我、そなたの約定を従うものなり。我が前に立ちふさがりし愚かな者に、凍れる息吹の洗礼……」



 【雹凍蛇戈(アイスブランド)】!!



 ルースの前に掲げたのは、氷の槍――――。

 いや、もはや巨大な大砲の弾だった。


「え?」


 1番驚いたのはルースだ。

 集中が切れた瞬間、それは奇しくも発射の合図になる。


 ルースの手から射出された巨大な氷弾は、それまで涼やかな顔で受験生の魔術を受け止め続けていたゼクレア教官に襲いかかった。


 再詠唱してる時間はない。

 そのまま氷弾は、土の壁に激突し、あっさりと貫く。

 ゼクレア教官はまともに受け、吹き飛ばされた。


「当たった、ゼクレア教官に……!」


 ルースは信じられないとばかりに首を振る。

 その瞬間、受験生の歓声が響き渡る。

 見慣れた賛美の真ん中にいたのは、私でも聖女でもなく、ルクレスという同じ受験生だった。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 普通に受験しているはずなのに問題ばかり。 このトラブルメーカー体質は読んでいてとても面白いです。
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