第一話 胎動
赤い服の男が昼下がり歩いていた
男は普段は何の趣味もなく休日は寝ているだけで過ごすような男であったが今日は珍しく知り合いの誘いで外に出ていたのだ
しばらく歩いていると何やら店らしき場所へたどり着く
『カードゲーム喫茶 パルフェ』
昭和みたいなネーミングだと思いながら店内へ入ると店員が声を掛けてくる
「何名様ですか?」
「あ、その…丸井で2名で予約してるんですが」
「かしこまりました、こちらの席にどうぞ」
店員に案内されるとそこには知り合いが既に席に座して待っていた
「おう、久しぶり」
「ああ」
元同じバイト仲間だった青い服を着た丸井は以前とは特に変わった様子も無かった
「元気そうだな」
「お前もね、それで、さ。ラランで送ったヤツ、入れてみた?」
「ああ、入れたよ。この歳でこんなのを始めるとは思わなかったけど」
「今すげえ流行ってるらしいぜ、いいだろ?どうせ暇してるんだし」
情けないがその通り、30歳を過ぎて俺は結婚もできずよく分からない日々を送っている
「ルールは覚えたか?」
「まぁ…一通りは」
「じゃあ早速チュートリアルがてら対戦やろうぜ」
「まぁいいけど」
このゲームは12枚のカードを使って遊ぶボードゲームアプリだ
ルールは将棋っぽく自陣のキングカードに設定したカードが破壊されると負けのターン製バトル
カードそれぞれに特殊能力があったりなかったりするらしいが詳しいことは昨日始めたばかりなのでよく分からない
丸井に急にラランで進められるがままにアプリをインストールしただけだ
こんな1対戦に時間が結構かかりそうなものが今どき流行るものかねと思う
「よし、繋がった。始めるぜ」
「ん、おお」
画面に3D盤面が表示され自分の場の12枚のカードが前から5ー2ー5の形式で並んでいる
まんま将棋をミニマルにした盤面だが将棋と少し違うのはカードごとに索敵能力というものが決まっており
シミュレーションゲームのような自分のカードの位置からそれぞれの索敵能力にあわせた範囲内でしか見えないということだ
「確か横5マスの縦が11マスだったよな…」
何にせよよく分からない
カードの効果も強さもゲームの定石も知らない
まだ将棋の方が分かるがこれはどうすればいいか
と思っていた矢先に前方から2枚のカードが自陣に向かってすっ飛んできた
「え?」
「フライングキャットの同時行動+超高速移動で一気に2枚が先制攻撃だぜ!うひょ~!!」
「え、は?は?」
「これをゲットするのに俺6万も課金しちゃったんだよなぁ~その分気持ち良く殴らせろ!!」
丸井の二体のフライングキャットが自陣のカード二枚を易々と撃破しかなりのアドバンテージを持って行った
そんな馬鹿な、まだ1ターン目だぞ
何だよその移動能力は、そんな機動力あるなら意味ねえだろ索敵能力そのものが
その時俺は気づいたのだ、これは札束で殴り合うゲームだと
「お前のターンだぜ」
「ぐ…」
まずは目の前の二体のフライングキャットをなんとかせねばならない
「じゃあサイボーグ戦士ジャスティスでフライングキャット一体を攻撃」
「フライングキャットの特殊効果「仲間意識」を発動、攻撃されたフライングキャットの隣のフライングキャットが協力関係となりサイボーグ戦士と2対Ⅰで戦うゼ」
フライングキャット強過ぎだろクソ、どんだけ特殊能力持ってんだよ、クソ
何だよあの移動力と索敵力と集団力、おかしいだろ
クソゲーだろこれどうなって…
「アイイイイイ!!!サイボーグ戦士返り討ちだ!!!」
なんだよこれ
「ターンエンド…」
「俺のターンだな、フライングキャットでそれぞれ周りに1対ずつ攻撃」
画面上のフライングキャットが近くのカードを破壊していく、フライングキャットゲーじゃねえか
「ターンエンドだ」
もうやれることないだろこれ
「鉛筆マンでフライングキャットに攻撃」
「くっ、こいつは空中モンスターに強い対空攻撃持ちかよ。仮に仲間意識が発動しても勝てねえなこれ」
何だよ鉛筆マンって、何だよ技名のペンシルロケットって
とりあえずそんな鉛筆マンがフライングキャットを1体破壊してくれた
「俺のターンは終わり」
「俺のターンな、テレポートエスパーマンの効果発動「時空移動」でブラックホールマウンテンを俺のフライングキャットの近くまで時空移動させるぜ」
なんだそれ、このゲーム移動がぶっ壊れてるのが多過ぎんだろ、戦術も糞もねえ
「そしてブラックホールマウンテンは移動するたびに効果を発動する、周囲の縦1マス横全マスのモンスターを吸い込むぜ」
場の俺のモンスターとフライングキャット含むカードがブラックホールマウンテンに吸い込まれた
ダイソンかよ、このゲームを作った奴は頭がおかしい
「ターンエンドだぜ」
俺の場のカードはキングカードを含めてあと6枚
あの訳分からんブラック山が前に2歩進めばゲーム終了だろどうすんだこれ
「と、とりあえずカッターナイフマンでブラックホールマウンテンを攻撃…」
「効かないぜ」
「え?」
「ブラックホールマウンテンに有効な攻撃を俺は今迄見たことがないゼ」
「じゃあどうすれば…」
「こんなカードを手に入れなきゃ俺がこんなゲームやる訳ないし薦める訳ないだろハハハ!!!」
終わってる、こいつは終わってる
このゲームもこいつも世の中も何もかも終わってる
そして場の俺のカッターナイフマンは無残に山に暗黒へと吸い込まれていった
終わった
「じゃあ俺のターンね、ブラックホールマウンテンを一歩前にだしてターンエンド」
ようやくここで戦闘の無いターンが初めて訪れる
しかしここで何かしなければ次のターンで終わりだ
画面に自陣のキングカードが光っている
基本的にこのゲームでカードが光ると特殊効果を発動できるらしいが今までそんなのを使ったことが無かった
とりあえず使ってみようと思い効果を発動させる
「神の卵の効果を発動、神の生誕で自陣のカード4枚を生贄に捧げて降臨…え?」
「どうした大城」
「神が降臨した時、ゲームに勝利…する」
「え?」
神が場の全てのカードをまばゆい光で一掃し俺の画面には「You Win」と表示される
うん、やっぱりこのゲームは終わってる