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恋愛小説からはじめましょう  作者: 睦月はる
3/4

3







 父達が領事館へ。姉は色々と一杯一杯になり居ても立っても居られなくなって、ルイーズのもとへ逃亡した。


 マックスこと、マクシミリアーノ・ストーリアは現在応接室で一人っきりである。


 令嬢がのこのこ出かけてもいい時間ではなかったが、勝手知ったるララナキア邸である。心配は無いだろうし、車に乗って行ったので(父が前に乗っていた蒸気自動車)大丈夫だろう。


 父が突然旅に出て、突然帰って来るのにはもう慣れっこであったが、姉の結婚相手を見繕って来るとは、さすがのマックスも度肝を抜かれた。


 姉は認めようとしないが、父ヴェンセノス・ストーリアは諸外国に名の知れた冒険家である。いや、こちらから名乗った事は一度も無いが、旅行記を纏めたものを知り合いの出版社がたまたま目にし、面白いから出版したら?いいじゃん面白そう(笑)という軽いノリで出版。それがたまたまベストセラーになってしまったのである。


 それまでは、投資で運よく成り上がった小金伯爵と呼ばれていた父だが、一転、冒険家として一目置かれる様になった。現金なものである。

 それでもまだ、貴族の癖に野蛮な土地へ踏み込む非常識人、と評する者もいるが。


 『私は自分のやりたい事をやって評価されて、その上協力してくれる人にも恵まれた。運が良かったんだ。お爺ちゃんみたいなお役所仕事はどうも性に合わなくてね。でも未知の土地への旅行は皆に心配もかける。お前はお姉ちゃんが安心できる様に側に居てやりなさい』


 お父さんは信頼されてないから無理だ!と言って、父は腹を抱えて爆笑した。


 その時マックスは誓ったのだ。自分はまともな大人になろうと。


 その父の名声と財産目当てで、姉に結婚の申し込みが幾つも来ていた。

 姉は婚約者が年頃になってもいない事を気にしていたが、それは、邪で金の亡者となった狼共から守る為で、父が悉く姉の目に入る前に蹴散らしていたのである。

自分の性格がひねくれているから、と諦めていた節もあった。


 姉も、自分の厄介な立場を分かってはいると思う。


 父が注目され始めたくらいから、やけに親し気に近付いて来る連中や、親戚と名乗るには無理のある自称血縁者が、幼い自分達に毒牙を向けて来た。それから必死に守ってくれたのが姉カロリーナである。

 うまい躱し方が出来た訳ではない。怖いと思ったらマックスの手を引いて逃げて、時にはあからさまに隠れて避けて。


 冒険家の娘は、礼儀を知らない世間知らずだと言われて静かに涙を流していた。

 それが、少女に毒牙を向けて、それから必死に己の身を守っていた少女に向ける言葉か。


 そう言った連中も後で泣いていた。


 毒虫は駆除しないとな、と、誰かが言っていた。

 父がイイ笑顔で泣く大人達を嗤って見ていた。


 大人、怖い。


 姉が人見知りを完全に克服できないのは、そんな事情もある。人間不信とまでいかないが、まず初対面の人間と気安く談笑など無理である。警戒する事が習慣になってしまったのだ。


 その事情を全て分かって連れて来た婿候補。

 父の本気がありありと伝わってくる。


 それが分かっていてしまって逃げたカロリーナ。


 「姉さんは父さんの事になると、面倒くさくなるからなあ…」


 ブロロと外から車のエンジン音がした。あれは姉が乗って行った方の車の音だ。

 父達が出かけた後に出て行ったが、戻ってくる前に帰宅しないと不味いと思う理性は取り戻したようだ。


 マックスは面倒で、大好きな姉を出迎えに席を立った。




     ※※※※※




 「お帰りなさいませ」


 カロリーナは笑顔で領事館から戻ったヴェンセノス達を出迎えた。


 あれからたっぷり時間が経って、さすがに冷静になった。


 幾ら一目惚れ、今思うと人生初恋に動揺したからって、よりにもよってルイーズの所に行かなくてもいいじゃない!

 まあ、ルイーズ以外に特攻できるような女友達なんていないんだけど!


 隣でマックスがジト目でこちらを見ている。

姉が精神的物理的にご乱心の間、留守番をしっかりと務め、それを告げ口する事無く黙って隣に控えている。


 何てできた弟だ。お姉ちゃんは嬉しいぞ。

 だからその目を止めて欲しい。それお父様を見る時と同じ瞳じゃない!ごめんなさいもうしません!許して下さい!


 ルイーズと不毛な会話と、肉体言語を重ねるよりもお父様達やアルパル様としっかり話し合おう。

 恥ずかしいとか、不安だとか、そんなのはまず話し合ってからだ。


 「随分お時間がかかったようですけど、何かあったのですか?」


 日はとっくに沈み、晩餐の時間にも遅ぎる時刻だった。お陰で落ち着きを取り戻し、何食わぬ顔でいられるのだが。


 領事館で何か問題でもあったのだろうか。滞在申請はタイトリディアで行っていたらしいので、そう難しい事にはならない筈だが。


 ヴェンセノスとエズが随分疲れた様子で、背後のアルパルを振り返った。

 出掛けて行く時は、きっちりと着こなしていた民族衣装の襟が乱れている。アルパル自身も疲れた様子で、あと戸惑いも見て取れた。


 ―――そんな姿も素敵…。


 場にそぐわない思考を脳内で殴り飛ばす。

 何かあった人の様子を喜んでいる何て不謹慎だろう!


 アルパルは視線を上げてカロリーナとマックスを見て、無言で促す父親達の視線を受けて、こくりとひとつ頷いた。





     ※※※※※





 その姿を視認した瞬間、アルパルは走り出していた。


 何事も無く許可が下りた滞在許可証を持って、あとはストーリア伯爵邸に戻るだけだった。

 しかしその予定は大きく狂う事になる。


 大人しい印象を裏切る瞬発力で、あっという間にエズ達を置き去りにして、大通りから小径に入る。


 表の大通りの光はここまで届かず、小径は完全に闇夜に包まれていた。

 それでもアルパルは迷わず小径を駆ける。地元のラーレの街はもっと道が複雑で、街灯も碌に無い。地元の人間も慣れていない道だと、迷って帰れなくなる程だ。


 それに比べたらデージーの街は、心配になってしまう位に単純だ。

 区画整備で雑多な道は整備され、外観も統一されて美しい。左右対称、高さまで同じだ。

 道も大変覚えやすく分かり易い。一つの大通りを起点に分かれる小径は、必ず何処かの大通りに繋がっている。その大通りも市庁舎広場に行き着くように造られ、更にそこから真っ直ぐに王宮へと伸びる、イル・ストラーダと呼ばれる、王族のパレードなどが行われる大通りが伸びる。


 簡単に説明を聞き、観光案内板を見ただけで、アルパルは道を粗方覚えてしまった。


 このまま進めば隣の大通りに出る。

 案の定、隣の大通りの明かりが差し、それに照らされた人影二つが現れた。

 アルパルの追跡に気付いたのか、人影が振り返った。一人が足止めの為に立ち塞がり、一人は大通りへと駆け抜けて行く。


 風体の悪い男だった。その手には凶刃が握られている。

 それでも一切怯まずに、アルパルは人影に突っ込んだ。


 怯んだのは相手の方だった。恐らく凶器をちらつかせればアルパルが引くと思ったのだろう、戸惑った隙に懐に飛び込んだアルパルに、腹に強烈な打撃を喰らって気絶した。


 アルパルはす直ぐさま二人目を追った。

 大通りに出ると、今まさに二人の目の風体の悪い男が、小さな箱馬車に女性を詰め込もうとしている所だった。


 「なっ、何だお前…!」


 男が気付いて威嚇するが、時既に遅しだ。


 ―――仲間…、他に居ない。武器、持って無い。構え方が素人。


 一瞬で男の分析を終えると、躊躇う事無く飛び蹴りを男に炸裂させた。


 顔面にモロに攻撃を喰らった男は、綺麗な放物線を描いて地面に倒れ伏した。


 何とも呆気ない。

 素人だとしても、大の大人を二人も昏倒させたのに、アルパルは息も乱していなかった。


 男にちらっと目を向けて意識が無い事を確認すると、アルパルは女性に駆け寄る。


 「大丈夫?」


 馬車のステップに体を凭れかけ、力なく座り込む女性になるべく優しい声音を心掛けて言った。


 ヴェンセノスの車に乗り込もうとした時に、一人で佇んでいたあの女性だった。

 恐らく貴族だ。着ているものは連れ去られている時に乱れてしまっているが、上級品だと一目で見て取れる。


 怯えている。当然だ。

 突然二人組の男に連れ去られそうになって、突然現れた男に助けられて。混乱しない方が可笑しいのだ。


 アルパルは膝を折って女性と視線を合わせる。そこで初めてまともに女性の顔を見て驚いた。


 乱れた髪は金糸如き金髪。怯えの色を湛えながらも、エメラルドと変わらない輝きを放つ大きな瞳。

小さな可愛らしい鼻。薔薇色の頬に、艶やかな唇。陶磁器の様な白い肌。


 絶世の美少女がそこにいた。


 アルパルは目を見張って女性を見ていたが、女性の視線が自分に向けられて、はっとして視線を外した。

 その時聞き覚えがある車のエンジン音が響き、自分の名前を呼ばれて立ち上がった。


 「アル!一体何があった!」


 エズが車から転がり落ちる様にアルパルに駆け寄る。


 「ん」


 明確には答えずに、体をずらして状況を見やすいようにする。

 ヴェンセノスが運転席から飛び降りて、いまだに座り込んだままの女性に駆け寄った。


 『で、何事だ』

 『分からない。かなり奇麗な人だったから、娼館にでも売り飛ばそうとしたんじゃない?』

 『天下の往来で、しかも王都で人身売買か?デージーのそういった取り締まりは厳重だと聞いていたが、そうでもなかったのか?』

 『分からない』


 タイトリディア語の会話で、多少饒舌になったアルパルは首を横に振った。

 気付いた時には女性は男達に連れ去られる所だった。何の目的かはそこで寝ている男に尋問すればいい。


 『そこの道に、一人寝てる』

 すっと指をさす。

 『何だと?殺してないだろうな。せっかく出た滞在許可が白紙になったら困るぞ』

 『ない』


 やれやれと、エズは男を回収しに小径へ走った。


 周囲に目を向ければ、騒ぎを聞きつけた野次馬が集まり始めていた。

 そのうち警察もやって来るだろう。そうしたら女性の身柄は警察に任せて、自分達は早くストーリア邸に帰ろう。


 アルパルの帰りを待っている、カロリーナの顔が目に浮かんだ。


 父親と同じ黒曜石の真っ直ぐな黒髪。亡き母親譲りだと言うルビーの瞳。健康的なすらりとした体躯。


 思わず零れた笑みの先には、ヴェンセノスが介抱する女性がいた。支えられて立ち上がっている。


 乱れた金髪が夜風に吹かれ、ガス灯に照らされて神秘的に輝いている。


 痛ましい姿の筈なのに、美しい光景だと思った。


 ――――でもそれだけだ。


 「警察です!道を開けて!」


 野次馬の人垣を掻き分けて、やっと警官が出動して来た。人垣の向こうでは、別の警官に例の男を引き渡す父の姿がある。


 「君は、外国人か?滞在許可は下りているのか?身分証は、保証人は誰だ!」


 警官は真っすぐにアルパルの前にやって来て言った。アルパルはこの場で断トツで目立つから、不審がられるのも仕方ない。が、しゅんと肩を落とす。


 確かに暴力は振るったが殺していないし、婦女子の危機だったし。そんなに怒らなくてもいいじゃないか。と。


 「君、彼の素性なら私が保証するよ。それよりも、此方のご令嬢を保護してあげたらどうだい?」


 完全にアルパルを容疑者と見定めた若い警官は、割り込んで来た紳士を訝し気に見やっていたが、差し出された名刺を見て、ぎょっと目を見張る。名刺とヴェンセノスの顔を何度も往復する。


 「ストーリア卿でありますか…?いつご帰還に…」


 「そんな事より、うら若きご婦人をいつまで衆人環視の前に晒すつもりだね?早く事情を聴いて保護してあげたらどうだい?」


 「…っ、失礼致します!」


 若い警官はヴェンセノスの気迫にたじろぎながら敬礼し、応援に来た警官と共に女性の様子を窺いに行った。


 「いやいや、困った困った。私が伸したかと散々聞かれるし、理由は聞いてくれないし。ヴェンの名刺を出してやっと信用してもらったよ」


 肩を揉みながらエズが、いや~まいったと、愚痴を零しながらやって来た。


 「アル、あれは半殺しだ。召されてないだけでアウトだ」


 「……?」


 「首を傾げて不思議がっても駄目だ。こっちの人間は荒事に慣れてないんだ。腹に一発でも十分致命傷なんだよ」


 ぱっちと黄色の瞳が見開かれた。

 陽気で懐が広くて、懐っこい性格の国民が多いタイトリディアだが、強盗や追剥の数もまた多い。

 エズの様な豪商は多くの護衛を雇っているのは常識で、成人男性が護衛の為に、装飾品も兼ねた短刀を持ち歩く伝統もある。

 故に、護身術を学ぶ者も多い。


 もともと帝政時代からの名残で、一般市民には自衛の意識が強い。住んでいる街も、現在進行形で対戦仕様だ。


 九人兄弟の末っ子ので、幼い頃は今以上にぽやんとしていたアルパルは家族に心配された結果、月の無い夜に背後を取られ、命も取られそうになった時でも、返り討ちにして相手の命の灯で足元を照らせるようにと、武術をとことん仕込まれていたのだった。


 短刀、使ってないのに…。


 むしろ腹に一発だけなんて、穏便も穏便ではないかと。


 「そんな顔しても父さんは騙されんぞ。兄さん達なら有効だっただろうがな」

 「まあまあいいじゃないか!アルパル君はか弱い乙女の命の危機を救ったんだ。婿殿の頼もしい姿が見れて、私は嬉しいよ!」


 しゅんとしたアルパルの背中を、容赦なくヴェンセノスがバシバシ叩く。件の女性には紳士然とした雰囲気で接していたのに、仕事は終わったとばかりに素の表情になっている。


 「エズも事情が分かっていない警官に、的確に説明する姿はまさしく大商会の長だ!犯人の状態確認も的確。ビッシオーネでも威厳と冷静さは健在だな!」

 「それを言うなら、アルの行動を先読みして車を回し、馬車を見るや進路を阻む様に停車し、被害者の安否を真っ先に優先したヴェンの判断力も素晴らしい!」


 いやお前が、いやいやお前の方がと、親友達はお互いの素晴らしさを讃え合って、場にそぐわない笑い声を上げている。

この二人はいつでも平和だ。


 「おい、あれストーリア卿じゃないか?」

 「冒険家のヴェンセノス・ストーリア?」

 「ビッシオーネの明光だ!」


 当たり前だがそんな事をしていれば目立つ。集まっていた野次馬は、話題の冒険家で投資家のヴェンセノスを見て俄かに騒ぎ出す。


 「おや、面倒な気配が…」

 「ヴェン、早く退散しよう」

 「うむ。面倒事は嫌いだ」


 ヴェンセノスとエズ頷き合うと、さっさと車に乗り込もうとするが、警官から再び声がかかる。


 「スィニョーレ・ストーリア。詳しい事情をお聞きしたいので、署までご同行願います」


 「私達は偶々居合わせて、偶々犯行を目撃しただけの一般人だよ?」


 「勿論、卿を疑ってなどおりません。が、犯行の第一目撃者はそちらの青年の様ですし、犯人の意識は今だ戻りません。被害者もまだ詳しい事情を聴くには、精神的に難しそうです。せめてご家族が到着されるまで、ご令嬢の側にいて差し上げられんか?」


 断り難い理由にヴェンセノスの眉根がよる。


 何故、貴族の娘が日暮れ時に一人きりでいたのか。わざわざ目立つ往来で攫われたのか。注目してくれとばかりに馬車を使ったのか。犯人はどう見ても金で雇われた素人。


 既に訳ありで、闇深い匂いがプンプンしている。

 関わり合ったらいけないと、警鐘が鳴っている。


 アルパルは自分が招いた状況に、胸が苦しくなった時。


 「あの…!」


 鈴を転がした様な可愛らしい声が、思い悩む一堂に掛けられた。


 警官に支えられながら女性がこちらにーーーアルパルにしっかりと視線を向けて、何か訴えてくるところだった。


 「助けで下さったお礼をしたいので、どうかお名前を教えて下さい。それに、一人では心細いんです…」


 自らの肩を抱き、助けを求める瞳を向けられれば断れる紳士はいないだろう。

 それに正当性は警察側にある。

 最悪アルパルに、暴行容疑をかけられてしまうかもしれない。大人しく指示に従った方が無難だろう。


 「私達は、自分の車で向かうが、いいね?」


 「勿論です」


 ではと、三人が車に乗り込もうと踵を返すと、そこにまた呼び止める声がかけられた。


 「私、レティツィア・ボルジアと言います!あなたのお名前は?」


 あちゃ~とヴェンセノスが顔を覆った。わざと名乗りも、名も訊ねなかったのに、苦労が水泡に帰してしまった。

 エズも険しい表情で女性―――レティツィアを見ていたが、溜息を吐くと仕様がないとアルパルの肩を叩いた。


 「エズ・ビン・スランテュルク」


 スランテュルク家のエズの息子と言う意味だ。最近ではあまり使わないし、家名の前に自分の名前を入れるのだが、敢えて省いた。

 警察署に行けば、名前も素性も訊ねられるだろう。名を言わなかったのは細やかな抵抗である。


 エズの視線を感じたが無視した。


 「エズ様…」


 ぶはっとヴェンセノスは吹き出した。


 タイトリディア人流の名乗り方など、若いビッシオーネ人は知らないのだから仕方ないのだが、命の恩人をよりにもよって、その父親と間違えるとは。

 アルパルはしれっとしているし、エズはおいっとその肩を小突くが、否定はしない。


 レティツィアが、きらきらと瞳を輝かせているのを視界の隅に、今度こそ三人は車に乗り込んで警察署に向かった。




     ※※※※※




 何からツッコめばいいのだろうと、カロリーナは天井を仰いだ。

 最高級のタイトリディア産の紅茶の香りも、この難問を解いてはくれない。


 だいぶ遅くなったが晩餐を終えて、居間で食後の紅茶を楽しんみながら、事の顛末を聞いていたのだが、紅茶を飲むのを忘れてしまう位に内容が衝撃的だった。

 誰か、緩衝材持ってきて。


 「えっと…。アルパル様はお強いのですね?」


 逃げたなと、マックスの視線が痛いが、いきなり確信をつけるような度胸は私には無いのだ。


 「うん。免許皆伝」


 ヴェンセノスとエズの補足もあったが、基本的に一人で語り切ったアルパルは、ああ疲れたと、冷めた紅茶を飲み干した。


 「そうなのですか。アルパル様にお怪我はありませんでしたか?」

 「無いよ。平気」

 「それは良かったです」


 ほっと胸を撫で下すと、何が嬉しいのかアルパルは機嫌良く微笑んでいる。

 顔面に容赦のない蹴りをぶち込む様な人には、とても見えない。

 窓辺で読書を日がな一日過ごしていそうな、温和な青年にしか見えないのに、一瞬で人間を再起不能にできる戦闘力の持ち主。

人は見かけによらな過ぎる。


 事情聴取は殆ど確認作業だった。

 伯爵であるヴェンセノスが保証人なうえ、政府が公式に発行した滞在許可証、そして大商人の肩書。

 忠犬は、正しく空気を読んだのだった。


 しかし厄介事は残されている。


 「しかし、ボルジア家ですか…」


 「私も名前は聞いた事があります。確か公爵様でしたかな?」


 マックスが唸るとエズが尋ねた。


 「はい。我が国の公爵家は全て臣籍降下した元王族ですが、ボルジア家は今上陛下の叔父君が興された家で、現当主はそのご子息ですね」


 ふむふむと、スランテュルク親子が頷いた。


 現当主の名はロドリーゴ・ボルジア。国王の相談役として絶対の信頼と権力を握る大貴族である。


 「そのボルジア公だが、私が旅行中に色々あったようだな」


 おい、何、きりっと真面目に宣ってる。

 その旅行で色々やらかした奴が、僕は無罪ですって顔しとるが、土左衛門の件、忘れてないからな?忘れていないからな???


 「お父様何故それを?私達は勿論存じておりますが。一時期社交界はその話題で持ち切りでしたから。でも国外にいたお父様がどうして?」


 「ああ、定期的に旅行先の大使館や駐在員のもとに、連絡をする様に頼んでおいているからな。次の渡航先を伝えたりとか」


 おい、初めて聞いたぞ。

 じゃあ何で子供達には思い出した時にしか連絡を寄越さない。何で旅立ちと帰宅が毎回襲撃形式なんだ。


 家令の方を向けば、あからさまに顔を背けた。おい、こっち向け。


 「ボルジア家のレティツィアか…」


 言いたい事が大山脈よりも積み重なっているが、目下の主題に意識を集中させよう。


 自然とアルパルと目が合った。


 その瞳に映っていたカロリーナは、酷く不安げな顔をしていた。





ここまで読んで下さってありがとうございました。

都合により次話投稿に間が開きます。ご了承下さい。

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