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恋愛小説からはじめましょう  作者: 睦月はる
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初連載作品です。

宜しくお願いします。
















 カロリーナは一心不乱に恋愛小説を読んでいた。


 特段に、恋愛小説が好きな訳では無い。

 むしろ幼い頃に読んだ童話を除いて、まとも且つ大量に読んだ事は今回が初めてだった。


 これは恋愛小説であって、恋愛小説でない。


 カロリーナにとって、最高の兵法書だ。









 「それでねヨーゼフ様ったら『僕の心は永遠にルイーズのものだ』って言うのよ。そんなご機嫌をとらなくても、ちゃんと分かってるのに。家の為に私達の結婚は必然だって」


 「へ~」


 「マナー講師のアンリ先生もおかしな事を言うのよ『僕は君の先生のままで終わりたく無い…』って。アンリ先生はアンリ先生なのにね」


 「ふ~ん」


 「従弟ジョアン何て『無理に嫁に行く必要ないだろ!家とお前の面倒くらい俺がみてやる!』だって。生意気よね~」


 「ふえっくしょん!」


 失礼と、カロリーナは扇で口元を隠した。


 「あら風邪?大丈夫?」

 「大丈夫よルイーズ。ちょっとした拒絶反応だから」


 何の、とは言わずに、カロリーナはパタパタと扇を扇ぐ。

 ルイーズが紅茶を飲んでいる隙に、扇の裏でけっと小さな悪態を吐いた。


 ここはカロリーナの生家、ビッシオーネ王国の王都デージーにあるストーリア伯爵邸の客間。

 現在ストーリア伯爵家長女カロリーナは、友人であるルイーズ・ララナキア伯爵令嬢をもてなしていた。


 もてなすと言うよりは、ルイーズの話の聞き役になっている、と言う方が正しい。

 興味も無い恋愛話の。


 このルイーズ・ララナキアは自覚があるのか無いのか、何度も何度も飽きもせずに、うんざりしているカロリーナに恋バナを自慢して来るのである。


 曰く、婚約者が祝い事でも無いのに、マメに贈り物をして来る。

 曰く、厳しい事で有名なマナー講師が、自分のレッスンではいつも穏やかである。

 曰く、幼い時からやんちゃ坊主だった従弟の、自分を見つめる瞳が甘くなって来た。


 こいつ、まじか。

 まじでモテている自覚が無いのか?

 分かっててやってるならとんだ曲者だ。いや、分かってなくても曲者だ。関わりたくない。


 政略結婚で婚約したヨーゼフが、当初は家同士の愛の無い結婚を嫌がっていたが、次第にルイーズ本人に惹かれ、今では家云々関係無く、雨が降ろうが槍が降ろうが、楯がフルターン投法で飛んでこようが、添い遂げる覚悟がある事も。


 マナー講師のアンリが、どうせ自分の評判だけが目当てで、受講したと言う事実だけあれば内実はどうでもいいのだろ?と決めつけてレッスンをしていたら、ルイーズの直向きさに心を打たれ、一人の女性として愛するようになったのも。


 従弟ジョアンが、幼い頃からルイーズの事が好きだったのに、年下なうえ、家の利益の為にルイーズの政略結婚が決まり、やけになって辛く当たっていたが、自分の気持ちを押さえきれず、婚約を白紙にしようとしている事も。


 あからさま過ぎて引くくらいの好意に、本当の本当に気付いてないのか?


 話を聞いていただけのカロリーナが、うんざりしながら時々遠くに意識を飛ばしつつ、さっと聞いただけで辿り着く事ができた単純明快な愚問なのに?


 はっ?まじか???


 毎回毎回何かある度に相談と言う名の、私にモテ自慢する事を義務にでもしているのか、と思ってしまうこっちの身にもなれ。


 モテる理由は分かる。

穏やかな性格に、桃色のツインテールの髪がぴょこぴょこ跳ねる姿は可愛いし、春の青空の様な瞳はぱっちり二重だ。背丈も小柄なので、見た目の第一印象はピンクの兎。

 あざといのも大概にしろよ。

 特に背が高い私と一緒にいると、私が引き立て役みたいになって更に可愛く化けるのだ。陰鬱な黒髪と充血したみたいな赤目の私といるとな。


 「ちゃんと弁えないと、私すぐ調子に乗ってしまうわ。平凡な私が、侯爵様のご嫡男と婚約できて、最高学府出身の講師に師事できて、神童と呼ばれる従弟の身内で。それだけで十二分に幸運な事なのに、愛情まで向けられていると思い上がっては、天罰を与えられてしわうわ」


 「…紅茶のおかわりはいかが?」


 カロリーナはどぼどぼと、高い位置から紅茶を注いだ。溢れるくらいに注いだ。


 「まあカロリーナ。そんなに沢山飲めないわ」

 「うふふふ。ルイーズが好きな、香り高い、すっきりとした味わいの、タイトリディア産の紅茶よ。たんと召し上がれ~」


 そしてその口を永遠に塞いでいればいい。


 いまだに婚約者候補すらいない、私に対する精神攻撃を止める為ならば、私はタイトリディア産の紅茶を買い占めてもいい。


 ルイーズは几帳面にも、カップから零れた紅茶をナプキンで拭き取った。

 本来はメイドの仕事だが、ルイーズの無自覚惚気にすっかり辟易し、いつの頃からか、ルイーズの訪れる日は職務放棄する様になった。


 使用人の仕事もさりげなく熟してしまう所が、また好まれる要因なのだろう。


 「そうだ、紅茶もいいけど」


 げっとカロリーナ身構える。

 ルイーズはどこに隠し持っていたのか、両手に三冊ずつ本を取り出してみせた。


 「新作の恋愛小説を持ってきたの。一緒に読みましょう」


 きらきらと瞳を輝かせてツインテールを揺らし、カロリーナの眼前にずずいと本を突き出す。


 無自覚恋愛体質の癖に、いやだからか、ルイーズは少女の頃から恋愛ものの物語を好んで読んでいた。

 十五歳になった今も、幼い頃に読んだ冒険譚に出てくる恋の話は聖書扱い。気に入った本の続編が出れば追い続け、語り尽くされた古典の王道ものも大好きで、幼児向けのほんわかした書籍まで押さえている、本物の恋愛小説好きだ。


 本はカロリーナも好きだ。子供の頃は仲良く二人で一つの絵本を読んでいた。

 王子様が悪の親玉からお姫様を助ける、王道で定番な、そんな物語をわくわくしながら読んでいた。


 しかしいつの頃からか、カロリーナは童話や、恋愛要素を含む本を読まなくなっていった。


 「いい加減諦めなさいよ。私は愛だの恋だの良く分からんの。あんたが語る『両片思いの切なさ』とか本当に分かんないの!」


 「両片思いとは、お互いにお互いの事が好きなのに、それに一向に気付かなくてなかなか恋人同士にならないんだけど、相手の事が大好きで良く観察していて、困っていたらまっ先に助けて、他の人と仲良くしてると嫉妬して『あいつが俺以外のヤツと話ししてるとイライラする…この気持ちは、感情はなんだ…?』『私なんか眼中にないくせにいつも構ってきて。やめてよ、もっと好きになっちゃうじゃない…!』って言うもどかしさが」

 「はいはいはいはいはい。理解できないけど分かったからもういいよ」


 カロリーナが、恋愛に興味が無くなったのには、深い訳が……特にない。


 子供の時、読んでいた童話集に原本がある事を知った。初版と言うやつだ。

 自分が読んでいた本が、版を重ねていく過程で内容を改変・簡略化させたうえ、子供向けに編纂されたものと知り、初版を無性に読みたくなったのだ。

 原本はさすがに国立図書館所蔵で厳重に管理され、気安く読む事は出来ないが、初版は何度も再版されて今も普通に販売されて、図書館でも貸し出されている。何故か幼児への貸し出し規制がかかっていたが。


 カロリーナはそれを知らずに、図書館で貸し出しされている初版をその場で読んだ。

 持ち帰りを希望していたら、職員に止められていただろうが、その場で読む分には自由だったのが災いした。側に大人も居なかった。


 今なら言える。

 夢を壊したくないのなら、初版は一生読むな、と。


 王子様のキスで命を救われ結ばれたお姫様は、その前、実の父親と卑猥な行為を繰り返し、それが原因で実母に命を狙われ。森で出会った木こり達と、淫らな関係になる事で保護してもらい。

 継母と継姉に虐げられ、最終的に王子様と結ばれたお嬢様は、実は邪眼使いの魔女で、嫁ぐ時には姉達の目を鳩で貫いている。その前に気がおかしくなっていた継母は、実子の継姉達の足の指や踵を切り落とすように命じていた。


 幼児書コーナーにその本を持ち込んで読んでいた私は、絵本を読み聞かせて貰って笑顔で楽しんでいる幼子の隣で、意識をお空の遥か遠くまで飛ばしていた。


 どういう事?どういう事?ドウイウコト⁇


 何度確認してもそれは、普段から良く読んでいる童話集の初版だった。

 確かにヒロイン達は、最終的にはハッピーエンドになっている。

 それまでの過程が恐ろし過ぎて、全く違う話かと疑ってしまうが。


 カロリーナは静かに本を閉じると、静かに本を書架に戻し、一言も喋る事無く図書館を去って行った。

 帰宅してから幼児向けに編纂された童話集を再度読んでみた。


 いっそ、もう、あっぱれである。あのグロくて暗くて黒い本を、ここまで夢一杯で、幸せしか詰まっていない内容に書き換えるなんて。編纂者は大変優秀な人物に違いない。拍手を送りたい。


 びっくりなのが、あの内容にも関わらず初版も『幼児向けの書籍』として、当初から出版されていた事だ。

 当時の子供達は、修羅の国で生きていたのだろうか?


 現在はしっかり幼児への閲覧規制が掛かっているので、カロリーナの様に夢が、再生不可能になるなで爆破粉砕され、オオカバマダラの如く、お空の彼方に飛んでいく事は滅多にないだろう。


 それからというもの、童話を純粋な気持ちで読めなくなった。恋愛要素がある物語など『君達、実の父娘じゃなかった?父娘で結婚して…』と、原作知識が邪魔をして、楽しむ所か青褪める一方である。それが五歳の時だ。


 十五歳の現在も余波は続いている。

 多くの人達が最後まで純愛を貫いた主人公達に、感激の涙を流すオペラも『いや主人公達、最後生き埋めになってるよね?このあと光が一切届かぬ地下で、餓死か自死か発狂死するまで生き続けなきゃならないんでしょ?愛する人の前で?感動する要素って何?』と、捻くれた捉え方しかできないのである。


 何度言うが本は好きだ。物語も好きだ。

 ただ恋愛が絡むと、実は血生臭い事実があるんじゃ…?と考えてしまうから、苦手になってしまっただけで。

 別に血生臭いこと自体は平気だ。愛読書の歴史書にはふんだんに記載されているし、兵法書の戦術は緻密なものから色仕掛けまで多彩だ。


 主人公達の『ありのままの君が好き』『身分や財産じゃない、あなた自身が好きなの』とか聞くと、ハっとかケっとか思っちゃうだけで。

 べっ別に、結婚適齢期なのに、何の音沙汰もないない事に対する僻みじゃないんだからね!勘違いしないでよね!


 「あっ!マックス!いい所に帰って来たわね」


 どう躱そうか悩んでいると、国立学校から帰宅した弟のマックスが通りが

かった。

 マックスは十一歳。貴族が通う国立学校の二年生だ。平凡な茶髪に私と同じ赤い眼の少年である。


 「姉さんただいま。あっ、ルイーズもいたの…、じゃあ僕課題があるから…」

 「ちょっと逃げないでよ!思春期真っ盛りの青少年でしょ⁈恋の話のひとつやふたつ学校でしてんじゃないの!」

 「男子校にそんなのないよ!姉さんは学校に通った事がないから、課題の大変さが分からないんだ!」


 国立学校は大学院まであるが、全て男子校である。女子は実家で教育を受けるのが基本だ。女子の学校と言えば、私立の職業学校だけである。

 でも貴族の令嬢は一般商社で働く事など、家から放逐でもされない限り無いので、実家で礼儀作法・一般常識を学んで嫁いで終了だ。


 「マックスお帰りなさい。カロリーナ。キャリーちゃん。お勉強の邪魔をしては駄目よ。じゃあまず、異種族間婚の年齢差身分差のものから…」

 「嫌だって言ってるのに、いきなり特殊なもの読ませようとしないでよ!」

「姉さん苦しいよ!服が伸びるから離してよ!」


 嫌がるマックスの制服を離さないまま、カロリーナは拒絶の悲鳴をあげたのだった。




     *****




 ルイーズを何とか帰宅させ、カロリーナはすっかり疲れ切った肉体と精神を、最高級紅茶で癒していた。うん、タイトリディア産の紅茶うまい。


 何だかんだ言ってもルイーズは幼馴染である。イラっとしようがムカっとしようが、軽い殺意を覚えようが、門前払いなどできない。口は溶接したいと思っているが。


 「お嬢様」


 寛いでいると、侍女が慌てた様子で近付いて来た。


 「旦那様が本日お帰りになるそうです」


 「お父様が?また急ね。今度はどんな辺境に行っていたのかしら」


 父ヴェンセノス・ストーリア伯爵は、良い歳をした大人の癖に旅行好きで、ちっとも家にいない当主である。一応、旅行家を自称している。

 幸いな事に我が家には領地は無く、領民から放蕩領主と詰られる事ない。


 その昔先祖が戦争で功績を上げ、男爵位を賜り、その後地味に実績を上げ、叙爵されてゆき今の爵位になった。先祖はその後、文官として仕え家計を支えてゆき、子孫もそれに倣っていたが、父の代で株取引で大当たり。優良株の収益だけで暮らしていける様になった。

 つまり父は無職である。いや、一応当主の仕事はしてるよ?最低限の仕事してさっさと旅行に行っちゃうけど…。

 優秀な家令兼税理士によって、財政管理もばっちり。つまり殆ど何もしていない。

 それを見ていたマックスが『僕はちゃんとした大人になるんだ』と、猛烈に勉強に力を入れて、将来は官僚になると息巻いている。


 亡き母は死の間際、弟でなく父を宜しくと言い残して亡くなった。八歳の子供より心配される父親って何なのだ。


 その父は通信網も発達していない辺境にも、ミオバールに行く感覚でホイホイ出かけるので、当日とは言え帰宅前に生存が判明するとは、あの人にしてはマシな方である。


 「それが、お客様もお連れのようで…」


 「お客様?」


 「タイトリディアからのお客様達のようです」


 タイトリディア。奇しくも、今飲んでいる紅茶の産地だ。

 そう言えばこの紅茶は父が送って来たのだった。最高級品が良く手に入ったと思っていたら、産地に行っていたからか。


 「異国からのお客様…。しかも達って事は複数…」


 はああ…と重い嘆息を吐くと、残りの紅茶を飲み干してカロリーナは立ち上がった。


 「好みも何も分からないけど、おもてなしの準備をしましょう。自習室にいるマックスにも声をかけて」


 「畏まりました」


 「あと、お父様の頭を()ち割る鈍器を用意して」


 「それは畏まれません」









 タイトリディア。正確にはタイトリディア共和国。帝政時代はアルハトゥク・ビネ帝国と呼ばれていた。

 国章は、王家の紋章だった月と星華をそのまま採用している。帝政でなくなっても王族は健在で、象徴の様な位置づけになっているらしい。


 南方にある世界一狭い海峡を挟んで、ビッシオーネ王国の別大陸にある隣国。言葉も文化も宗教も違う。

 ひと昔前まで、海洋覇権を巡って競ってきた宿敵であり、海峡で行われた海上戦は星の数ほど繰り広げられ、海底には今も両国の軍船が数多く沈んでいる。

 帝政から共和国になった事で講和条約が締結され、今では良き隣人である。


 星と海に祝福された大陸の玄関口。それがタイトリディアである。




 「おお!可愛い娘と息子よ!久し振…」


 ストーリア伯爵家当主、ヴェンセノス・ストーリアの言葉は不自然に途切れた。

 可愛い娘に、顔面にクッションを投げ付けられたからである。


 カロリーナとマックスは使用人達と共に、かなりお久し振りな父親を居間で出迎えていた。


 「おいおい、数か月振りに会った父親に、いきなり物理攻撃なんて酷くないか?」


 落ちたクッションを家令に渡し、乱れた黒髪を撫でつけて、愛嬌のある黒い瞳が不満そうに瞬く。来年で四十路になると言うのに、仕草の一つ一つが子共っぽい。これに騙されてはいけない。


 「あら、柔軟性のある投擲物を選択した事に感謝してほしいわ。最初は火かき棒にしようと思って見つめていたら、マックスにそっとクッションを渡されて、そっと暖炉から引き離されたの」

 「そうだな。娘の優しさと、息子のナイスアシストに感謝しないとな!」


 いや違う。そうじゃないだろ。


 カロリーナもマックスも使用人達も心の中でそう思ったが、一歩間違えれば、殺傷沙汰の当人になっていたかもしれないのに、能天気に笑うヴェンセノスを前にして気力を無くした。


 「姉さん。父さんの調子に付き合っていたら、年を越しちゃうよ。肝心なお客様について聞かないと」


 マックスがカロリーナの袖を引いて、向き合いたくない現実に引き戻した。


 「そうよ、お客様よ。どこを徘徊してると思ったら、海を越えてタイトリディアまで行っていたのね。しかも保護して貰ったうえ、自宅まで送り届けて貰うなんて厚かましい。他所様にご迷惑をかけるんじゃありません!」


 「姉さん、それじゃ、徘徊身元不明者発見保護案件だから。事件になっちゃうから」

 「我が家にとっては大事件よ。アレは要重要参考人よ。戦犯よ」

 「うん、わかった。怒ってるのはよーく分かったから、父さんの話聞こう?」


 応接室にお客様を待たせているし、と続けられれば、カロリーナはぐっと諸々の感情を堪えた。


 「で?何があったの?」


 電報が世界の裏側から届く時代に、海で隔たれているとは言え、隣国からほぼ連絡もなしに奇襲帰宅するとはどう言う了見だ。


 姉弟が自分の事で揉めている最中も、自分が送った紅茶を飲んで寛いでいたヴェンセノスは、家令に肩を揺すられて自分に矛先が向いた事にやっと気付いた。

 のんびりティーカップを置くと、能天気にこれまでの事を語り始めた。




 ――― あれは私が、ビッシオーネとタイトリディアを繋ぐ、プロポンティス海峡で土左衛門をしている時だった ―――



 「姉さん待って、火かき棒探しに行かないで!」

 「離しなさいマックス。どうやったら一国の伯爵が土左衛門になるのよ。きっとあいつは異国の風が見せる幻なのよ。そうに違いないわ」

 「待って落ち着こう。気持ちは分かるけど一旦落ち着こう!」



 ――― 幸いな事に、岸辺で土左衛門ってたから、朝の散歩に来ていた紳士に引き上げてもらえ、更に親切にも、向うの公衆浴場ハマムにまで案内してもらったんだ ―――



 「やっぱり物凄い迷惑かけてるんじゃない!と言うか土左衛門になるまでの経緯はどうなってるのよ⁈と言うか何で生きてるのよ‼」

 「分かる、分かるよ姉さん。分かるからその燭台離そうか?それ青銅製でそこそこ価値のあるやつで、下手な鈍器より鈍器になるやつだから。ちょっと誰か手伝って!」



 ――― その紳士とハマムで裸で語り合っているうちに、あっという間に打ち解けてね。私達は前々々々世から親友だったのでは?ウルトラソウルメイトだったのだと確信してね。なら自宅に招かなきゃ。速攻でね。と言う事さ ―――




 語り終えたのか、ヴェンセノスは一口紅茶を飲んで、ふうと一息吐いた。


 カロリーナは、マックスと使用人の二人がかりで燭台を手放され、更に弟に、座った長椅子の背凭れ越しに肩を押さえつけられ、その状態で額に手をやり長い長いため息を吐く。


 「全っっっ然、説明になって無いけど、理解も出来ないけど、命の恩人に恩返しをする為にビッシオーネに招待した、という事で良いのかしら?」


 そういう事なら、一家使用人総出で歓待しなくてはならないだろう。

 腐っても一家の家長で、カロリーナとマックスの父親だ。こんなのでも、こんなのでも…。


 カロリーナ達が納得した空気感を醸し出していると、それが全く読めない男がカルバリン砲を放った。


 「まあそれもあるけど、本題はキャリーのお婿さんにどうかなって思って」


 ………。………はい?


 「命の恩人を、私の、何だって?」


 カロリーナは父が海水に浸かり過ぎて、脳みそまで塩漬けにされて、言語機能に支障が出たのだと本気で思った。


 「正確にはその息子さんね。もう僕と彼達の間で話は纏まってるから、あとは結婚証明書にサインするだけだよ!」


 良かったねえと、ヴェンセノスはにっこり笑った。









 「お嬢様!その火かき棒は何処で見つけて来たのですか⁈絶対に見つからないように隠したのに!若様、お姉様を止めて下さい!『やれやれ仕方ないな。後始末、し易いようにヤるんだよ?』じゃありません!」


 凶器を持って父に襲い掛かろうとする令嬢。肩を竦めるだけで止めない弟。主を令嬢から必死に守る使用人達。


 命を狙われている本人は、紅茶をゆっくりと味わっていた。


 








ここまで読んで下さってありがとうございました。



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