一つ目の罪(アリア・グリニス公爵令嬢)
わたくしが婚約破棄をされてから、半月後、アリア様はフィルネオ様と共に、我が国の皇宮にいらっしゃったわ。
フィルネオ様はわたくしを見ても詫びるでもなく、
「以前話をしていたアリアだ。リンディアナは皇妃教育を受けてきただろう。
何かと力になってやって欲しい。」
「アリア・グリニスと申します。貴方がリンディアナ様。とても聡明で美しい方だと、
フィルネオ様から聞いていましたけれども、とても素敵な方ですのね。よろしくお願い致しますわ。」
鮮やかに微笑む気品高い美しい顔に、洗練されたその仕草に、
フィルネオ様が惹かれる訳が解る気がいたしましたわ。
でも、殺したいという気持ちが変わる訳でもありません。
そもそも、お二人はわたくしに会って何故、平然としていられるのかしら…
理解しがたいものがあります。
でも、わたくしは、にこやかに笑って。
「リンディアナ・ハーベイと申します。王妃教育を受けてこられたとの事。
でも、こちらの国と違いはあります。先生方が教えて下さるでしょうけれども、わたくしもこちらにしばらくいますから、力になりますわ。」
「有難うございます。リンディアナ様。心強いですわ。」
それから、わたくしは、皇太子殿下の命だという事で、アリア様の皇妃教育に付き添って、
色々とアドバイスをして差し上げましたわ。
アリア様はわたくしをすっかり信頼なさって。
授業の合間に、皇宮の一室で、ともにお茶を飲み、世間話をするまでに仲良くなりましたの。
「リンディアナ様はお好きな方がいらっしゃったとか…。今回のフィルネオ様との婚約破棄で、お好きな方と結ばれるとの事。わたくし、とても嬉しく思いますわ。」
まぁ…。フィルネオ様は適当な事を言って、ごまかしたのですね。
だから、罪の意識もアリア様は無いのですわ。
わたくし、にっこり微笑んで。
「ええ…。その通りですわ。さぁ、そのベリーのクッキー。お食べになって。
うちのメイドが焼いてくれましたの。」
この帝国では、勧められた物を食べないのはマナー違反になります。
でも、毒が入っていない事をこちらは見せる為にも、わたくしが先にクッキーを食べなくてはなりません。
それが、皇妃となるお方へのマナーでもありますわ。
わたくしは、ベリーのクッキーを一口食べて、紅茶で喉を潤します。
サラのクッキーはとても美味しくて、わたくしのお気に入り。
わたくしがクッキーを食べたのを見てから、アリア様はクッキーを口にしましたわ。
「まぁ。とても美味しいですわ。こんな美味しいクッキー。食べた事がありません。」
「そうですの?メイドが喜びます。また、持ってきますわ。こうして、アリア様とお話しする時間が楽しくて。」
「それを言うのなら、わたくしこそ、リンディアナ様には感謝をしております。わたくしの為に時間を取って下さって。リンディアナ様はお噂通りの方なのですね。」
「何て噂されておりますの?」
「コーザス帝国の善女様。聖母のような微笑みで、人の為なら苦労を厭わない。そう噂されていますわ。」
「まぁ、そこまで出来た人間ではなくてよ。」
え?何故、まだ殺さないのかって?
頃合いを見計らっているの…。確実に殺せる時を…
それから、数日が経って、またお茶をする機会が来ましたわ。
ええ、次の授業はダンスの授業。
部屋の外の急階段を使って、階下のフロアまで降りて行かねばなりません。
わたくしは、ベリーのクッキーをアリア様に勧めます。
アリア様は嬉しそうに、わたくしの毒見を待つまでもなく、食べ始めましたわ。
ええ…ベリーの位置に細工がしてあります。ベリーが端にあるクッキーは安全なクッキーですわ。
後、クッキー単体で食べても、何ともありません。
紅茶と組み合わせる事によって毒性が出ますのよ。
その毒性というのが…
しばらくアリア様と楽しく、お話をしておりましたわ。紅茶を飲みクッキーを食べながら。
「次はダンスの授業ね。アリア様、そろそろ時間よ。先に行っていて下さる?わたくし、すぐに参りますから。」
「解りましたわ。」
アリア様はおひとりで階段へ向かいました。わたくしはあらぬ疑いを受けないように、
隣の部屋の皇宮のメイドに、テーブルの上を片付けておいてと話しかけておりました。
時間的にそろそろ効いてくるはずです。
あの毒は強力な目まいを起こす毒ですのよ。
「きゃあああああああああああーーーーー」
アリア様の悲鳴と共にダダダダッと凄い音が響いて来て。
わたくしは、皇宮のメイドと顔を見合わせて、音の方へ向かいました。
他の人達も集まっていて、階段の上から下を見て見れば、
アリア様が、頭から血を流して、倒れておりました。
遠目から見ても、亡くなっているのは明白でした。
上手くいったのだわ。
真っ青な顔をしたフィルネオ様が駆けつけてきたのが見えました。
「ああ、アリア。しっかりしろ。医者をっーー。」
「皇太子殿下。アリア様はもう…息をしておりません。」
「アリアっ…。アリアっーーーー。」
わたくしは、階段を下りて、演技しました。
涙を浮かべて、真っ青な顔を…
「ああああ…なんて事。アリア様っ…。こ、こんな事になるなんて…。さっきまで、一緒にお話しておりましたのよ。」
フィルネオ様に近づいて、縋りついて…
「あああ、アリア様…」
「来月には結婚を控えていたんだぞ。アリアっーーー。アリアーーー。」
アリア・グリニス公爵令嬢はこうして亡くなりました。
わたくしは、こっそりと護衛のハルディスと、毒入りクッキーを作ってくれたメイドのサラと祝杯をあげました。
わたくしは、再びフィルネオ様の婚約者へ返り咲きましたわ。
悲しみに打ちひしがれるフィルネオ様を傍で、慰めて、フィルネオ様には、
「ああ、リンディアナ。お前がいなかったら私は…リンディアナは本当に優しい人だ。
やはり皇妃はお前しかいない。愛しているよ。リンディアナ。」
愛を囁いて貰えました。
ああ…本当に幸せで…
この後、フィルネオ様と結婚致しましたわ。翌年に、皇帝陛下が儚くなられて、
(わたくしは手を下していませんのよ。長年の暴飲暴食がたたって倒れられたのですわ。)
フィルネオ様が皇太子から、皇帝に…。わたくしは皇妃になりましたわ。
幸せになれる。皇妃として、フィルネオ様に愛されて。
あああ…そう信じていたのに…。またしても裏切られるとは思いもしませんでしたわ。