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第4話 呑んで呑まれてまた吐いて

 回る──世界が回る──俺を中心に──。

 いや、回っているのは俺の視界だ。しっかりしろ。

 真っ直ぐ、そう──とりあえず真っ直ぐ歩くんだ。


 必死に平常通りに歩こうとする俺だったが、さっきから鈍った聴覚にゴンッだのガンッだの物体同士が衝突したと思われる音が響いている。物体Aが俺の頭で、BとCは壁と地面である。

 転けても痛みがない。


「ウプッ・・・・・・」


 地面に叩きつけられた衝撃で胃が揺さぶられ、その内容物を外界に解放せんとしている。

 まずい、とにかくもう少し人目につかない所に避難しよう。こんなとこで伸びてちゃ身ぐるみ剥がされそうだ。

 俺は生まれたての鹿のような足つきで立ち上がると、壁を支えに裏路地へと向かった。 


「オヴェェ──」


 汚物を存分に吐き出す。

 一息ついた所で、派手な赤色が視界の端に写っていることに気がついた。

 路地の奥に、人が倒れている。

 赤い髪、小麦色の肌──レオナだ。

 吐いて少し楽になった俺は、フラフラとレオナの方へ歩み寄った。

 レオナはうつ伏せに倒れ、その右手には紫を基調に白いマダラがあしらわれた、この上なく毒々しいデザインのキノコが握られている。

 同じ見た目のキノコが路地の壁に沿っていくつか生えているのを見るに、どうやらここに自生しているらしい。

 レオナの手元をよく見ると、キノコには一口齧った痕がある。

 飢えに耐えきれず、こんな劇物じみたキノコを食したようだ。


「えーと、こうゆう時はどうすればいいんだっけ?」


 俺はとりあえずレオナを仰向けにひっくり返す。鼻のあたりに手をかざすと、彼女が息をしていないのが分かった。


「やっべー」


 酔いであらゆる感覚が鈍くなっている俺は、型式程度の危機感を口に出し、しばらくボーッと考え事をしていた。

確か昔読んだ漫画にフグ毒に当たったときの対処法が出てたような・・・・・・なんだっけな?

 人工呼吸器・・・・・・つけてたような気がするなぁ。ではとりあえず──


 酒で大胆になった俺は躊躇なくレオナの唇を奪った。

 で、思い切り吸った。

 酒のせいで人工呼吸の真逆の事を実行してしまったのである。

 

 ともかく、俺が掃除機並みの吸引力で吸い上げた直後、俺の口の中に何かが飛び込んできた。

 思わずえずきながらレオナから顔を離し、口の中の物を吐き出した。

 地面の上をバウンドしながら転がっていったのは、レオナが握りしめていたあのキノコである。どうやら喉に詰まらせていたらしい。

 視線をレオナに戻すと彼女は目を覚まし、上半身を跳ね上げた。


「ぶはぁっ! 死んだと思ったわ!」


 叫びながら辺りをキョロキョロと見渡し、すぐに俺の存在に気づいた。


「あ、アンタさっきの!」


「どうもです」


「・・・・・・どうやらアンタが助けてくれたみたいね。癪に触るけどお礼を言っておくわ・・・・・・ありがとう」


「いやいや俺の方こそなんだか申し訳ない。助ける為とはいえ唇を・・・・・・」


「は?」


「いやだから、人工呼吸をしちゃったからさ・・・・・・」


「はあっ!? 何してくれてんのよ! アタシまだ・・・・・・」


「・・・・・・申し訳ない」


 レオナは呆然とした表情でしばらく俺の顔を見つめていた。


「許さない・・・・・・!」


 レオナは立ち上がってフラフラと俺に向かって歩を進める。その圧力に押されて、俺も立ち上がり、後退りした。

 

「なあおい、悪かったって」


 弁明すら俺の声には耳を貸さず、レオナはゆっくりと近づいてくる。

 腰のベルトから、ナイフを抜くのが見えた。


「その唇を削いでやるわ!」


 そう叫びながら飛びかかってきた。


「バカッやめろ!」


 俺は叫びながら、目を瞑って両手を前に突き出した。

 パニック的なガードだ。

 そのまま一秒、二秒と時間が過ぎていく。

 あれ?

 レオナが襲いかかってこないことを不審に思い、恐る恐る目を開けると、そこには宙に浮いた状態のレオナが居た。


「え?」


 俺は驚きの声を漏らす。

 レオナも驚きの表情で固まっている。


「ど、どうしてアンタがアタシの能力チカラを持ってんのよぉっ!?」


 宙に浮いたままジタバタともがくレオナを見て、俺は自分が彼女を拘束していることに気がついた。

 その事実に驚いた俺は、突き出した両手を戻し掌を見つめた。

 同時にドサッとレオナが地面に落ちる音がした。

 レオナは痛みの声もあげずに、なんでなんで、と繰り返している。

 が、不意に起き上がったかと思うと、俺に向けて右手を突き出してくる。

 そのまま何やら気張っているが、何かが起こる気配はない。

 レオナの顔がみるみる青ざめていく。


「ア、アンタ、アタシから能力を盗ったわね・・・・・・? 信じられないけど、そうとしか考えられないわ──」


 レオナは呟きながら手を下ろし、またもフラフラと俺に歩み寄ってくる。

 そして俺の両腕を掴み、顔を見上げながら喚き出した。


「返して! 返してよアタシの能力! あれがないとアタシは・・・・・・グスッ」


 レオナは泣き出していた。


「ちょっと待て! 俺は何にも盗ってないって!」


「トッテナイ?」


 レオナは空虚な表情でオウム返しに呟いた。見てるだけで心配になる声と表情だった。


「アハハハハー。そっか、そうだよね。アタシの能力があんたなんかに真似される訳ないもの。きっとこれは幻覚なんだわ、お腹が空いたせいでこんな幻覚を見るのよ。何か食べないと・・・・・・」


 現実を受け止めきれないらしいレオナは、ブツブツと呟きながら壁際に生えている例のキノコを無造作にむしり取った。狂気じみたものを感じる動作だった。


「おいおいそのキノコどう見てもヤバいって!」


「バカにしないでよ。アタシはプロの賞金稼ぎなのよ、食べられる物と食べられない物の見分けくらいつくわ」


 賞金稼ぎとキノコの知識がどう結びつくのか俺には分からなかったが、とにかくレオナは俺の制止を無視してキノコに齧り付き、飲み込んだ。


「ヴッ・・・・・・!」


 ただでさえ青白くなっているレオナの顔色が、より一層悪くなった。


「ほら言わんこっちゃない! 吐け! 吐いちまえ!」


 背中をさする俺の声に、レオナはこくこくと頷いて、壁に手をついて思い切り吐いた。

 ゲェゲェと、美少女らしからぬ嗚咽を漏らすその姿を見て、俺も再び気分が悪くなってくる。


「オヴェェエ──」


 俺も貰いゲロしてしまった。

 レオナと俺は同じ姿勢で、胃のデトックスを行った。


 ゲェゲェビチャビチャと、不快極まりない二重奏が路地裏に木霊こだました。

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