第九話 ソフィアの場合
半分寝ながら書きました。結構長めですのでご了承ください。
私はかつて仲間だった人達に奴隷商人に売られた。
裏切られた。陥れられた。
けど、彼らを恨む気にはなれなかった。
楽しかった思い出が沢山ある。恩もあった。
悪いのは私だから。
誰も恨まなかった。
ある日、私は聖女の任務で“魔神の右腕”の解呪に向かった。護衛として、仲間もついてきた。
国の人達はみんな、私のことを応援してくれた。
盛大なパレードまでして、私を見送ってくれた。
けれど、私は呪いを解くことができなかった。
それどころか、呪いは解呪の反動で私に返ってきた。
私は自分自身にかかった呪いすら、解く事ができなかった。
仲間達は言った。
「お前は偽物だ」
「よくも騙したな」
……と。
違う。騙してないよ。
そう言っても彼らは信じてくれなかった。
彼らは私を奴隷商人に売り飛ばした。
貴族の子供達だ。
金の力で私の素性を徹底的に消させたのだろう。
とにかく、気づいたときには、私は王国の奴隷市場にいた。
私は店の奥の檻にしまわれた。
陽の光も当たらないくらい、暗い場所だ。
けれど私の目に光は映らない。
呪いのせいで。
そして呪いの私を買う主人もいない。
私はここでも孤独だ。
そんなある日のことだ。
私の前に一人の男が来た。
その人は聖騎士の匂いがした。
とても優しい匂い。だけど、凄く大きな悲しみも抱えている。
「名前は?」
「ソフィアと申します」
「職業は?」
「……白魔道士です」
嘘をついた。
聖女だと言えば、私が何者なのか知られてしまうから。
それから彼は私に質問をして行った。
戦闘はできるか。
盲目なのに戦えるのか。
他に何ができるのか。
その全てに私は正直に答えた。
最後の質問だと言われた。
裏切らないと誓えるか。
「神に誓います」
私はそう答えた。
私は仲間に裏切られた。
けど、私は絶対に裏切らないと決めた。
彼は私を買った。
私の値段は五十万ギルだ。
奴隷の相場が百万ギルだから、破格中の破格の値段だ。
「何故、私を買ってくれたんですか? 私は素性もわからず、目も見えず、呪いまでかかっています。厄介なだけの存在のはずです。なのに、なぜ……」
なぜ私を買ってくれたんだろう。
私は素性もわからず、目も見えず、呪いまでかかっている。
厄介な存在のはずだ。
そう聞くと彼は答えてくれた。
「別に。俺は裏切らない奴が欲しかった。お前は野心が無いらしいからな。それを信じた」
嘘はついていない。匂いでわかった。
今日から彼が私の主人になった。
彼、御主人様が私にした命令は“俺を裏切るな”だけだった。
御主人様の後をついて歩く。
私が盲目だからか、歩くスピードを落としてくれている。
どこに行くのかが気になり、行き先を聞いた。
「お前の見た目は汚すぎる。それに、冒険者になるには武器も必要だ。女には他にも必要なものも多いしな」
買い物に行くらしい。
けれど、私のために?
それが信じられなかった。
街の西区には沢山の店が並んでいた。
その中で御主人様は服屋に入って行った。
だが、奴隷の服にここまで高価なものを買うとは思えない。
きっと、恋人か誰かにプレゼントするために買うのだろう。
「適当な服を見繕ってくれ。数は五、六着ほど。それと下着とか靴とか、その辺も頼むよ」
……私の服を買うらしい。
「わかりました〜っ!」
私は女性の店員に連れられて、更衣室までやってきた。
「こんにちは! 私、クナです。貴方は?」
「私はソフィアです」
「そっか! ソフィアちゃん、いい御主人様に出会えたみたいだね!」
「そ、そうなのでしょうか?」
「そうだよ! だって、奴隷の女の子の服を買うのに、こんな服屋に連れて来てる人なんて初めて見たもん!」
「それは、まあ……」
「ね?きっとそうだよ!」
私は特に反論が出なかった。
「さて! それはさておき、お仕事しないとね! どんな服がいいとかある?」
「いえ、特には。これまで決まった服しか着てこなかったので」
「ありゃ、そうなの? もしかして、神官とか?」
「まあ、似たようなものですね。私は教会の孤児院で育ったので」
「そっかー、それじゃあ、オシャレとかもわかんないよねー」
うーん、と声を唸らせて悩んでいるクナさん。
私は教会の孤児院で生まれた。
自然と教会のシスターとしての修行を受けていた。
だから修道服以外を着たことがなかった。
「よし! それじゃあ、沢山試着してみよう!」
その後、私は着替人形にされた。
終いには店中の店員が集まって来て、私の大着せ替え会が始まった。
とても疲れた。
けどーーーー。
「まだまだ着せ足りないから、また来てね!」
と最後にぎゅっと手を握られた。
暖かい気持ちになった。
前の仲間達と一緒にいた時は感じなかった暖かさだ。
次に来たのは日用品店だった。
とても大きい建物だ。
店の中も品揃え十分だった。
最初は石鹸売り場だった。
匂いでわかった。
御主人様が石鹸を手に取り、私に近付けた。
「どうだ?」
「え、その、どうだ、とは?」
「お前の好みの匂いか、という事だ」
「えと、私はどちらかと言うと、そちらの方が」
「ふむ」
そう言うと、御主人様が片方を棚に戻して、片方を買い物カゴに入れた。
私が選んだ方が買い物カゴに入っている。
どうして?
その後もシャンプーやリンス、歯ブラシなどを買った。全部、私の意見を聞いてくれた。
どうして?
女性のアレのための物を買うために御主人様は店員にわざわざ話しかけてくれた。
御主人様から恥ずかしそうな匂いがする。
どうして?
どうして、そんな思いまでして、私に物を買ってくれるの?
次に行ったのは武器屋だった。
店に入ると鉄の匂いがした。
武器に使っている鉄だ。
その他にも血の匂いがする。
きっと冒険者のものだ。
御主人様について歩いていると、御主人様から一本の杖を持つように言われた。
「持ってみろ」
「はい」
「どうだ?」
「そ、そうですね。初めて持ったと思えないほど、手に馴染みます」
「それなら戦えそうか?」
「は、はい」
「よし。ならそれを買おう。次だ」
その杖はとてもいい武器だった。
私でも分かる。凄く上質な物。
手に持った瞬間、手に馴染んだ。
まるで長年連れ添った相棒のように思えるほどだ。
そんな武器をどうして私に?
「着てみろ。一人で着れるか?」
「は、はい。大丈夫です」
それから少しして
私は更衣室に入って、服を着た。
それは神官系の服だとわかった。
さっきの杖もそうだが、神聖な匂いがする。
きっと御主人様が私に合わせて選んでくれたのだろう。
服を着て、さらに驚いた。
その服は私の身体に驚くほどフィットした。
ピチピチになるわけじゃない。
足を動かしても、邪魔な服が当たらない。
どうして?
どうして、御主人様はこんなにいい装備を当てられるの?
きっと、この杖と修道服?は《特別級》だ。
御主人様は鑑定系のスキルを持っているんだ。
そうとしか考えられない。
でも、どうして私にこんな高価な武器を買ってくれるの?
結局御主人様は、このどちらの装備も買った。
どうして御主人様は私に服を買ってくれたの?
どうして御主人様は私に
だって、アイツら私を裏切ったのに。
「ちょっと待ってください!」
「あっ、ご、ごめんなさい。私、突然……」
「いや、いい。どうしたんだ?」
急に呼び止めてしまった。
御主人様に対して失礼だ。
けれど御主人様は許してくれた。
まるで、ゆっくりでいいから話してごらん、と言ってくれているようだ。
だから、私は一度深呼吸をした。
すぅーはぁーっ。よし。落ち着いた。
「……あの、御主人様はどうして奴隷の私にそんなによくしてくださるのですか?」
「別に普通だろう」
「普通じゃありません!」
「そ、そうか?」
「そうです!」
普通じゃない。
優しすぎる。
「普通、奴隷は買う時以外、お金をかけません。服だって買ったりしません。せいぜい主人の古着が良いところです。なのに御主人様は武器に服に、女に必要なものまで買ってくれようとしています。どうして……」
私の国でも奴隷制度はあった。
けど、ここまでよくしてくれる主人は稀だった。
いや、もしかしたらこの世で一人だけかもしれない。
御主人様は一瞬、悩んだように上を見上げた。
それから、話した。
「いいか。俺がお前に金をかけ過ぎているなら、それは俺からの期待だと思え」
「期待、ですか?」
「ああ。俺はお前に期待している。これは投資だ。だから、必ず俺の役に立て。いいな?」
「っ、はい」
私は強く杖を握った。
御主人様が私に期待してくれている。
そうか、これは投資だったんだ。
なら、私は頑張らないといけない。
期待に応えないと。
それから宿を探した。
「金色の雫」という店だ。
部屋は二つと言われ、私は驚いた。
てっきり同じ部屋だと思っていた。
だって、女の奴隷なんだから、きっと、そう言うことも仕事にーーーー。
「着替えが終わったら俺の部屋に来い」
「は、はい……」
やっぱりだ。
そうか、御主人様は別の部屋に待機して、私を待つ時間を楽しむつもりなのか。
本で読みました。
こう言うのが好きな人もいるって。
なら、私も覚悟を決めないと。
一度、部屋で
すーっ、ふーっ
すーっ、ふーっ
すーっ、ふーっ
深呼吸を三回繰り返した。
こんこんっ、とノックする。
とても緊張してしまう。
「御主人様。ソフィアです」
「ああ、入れ」
「失礼します」
「ーーーーえ?」
私が部屋に入ると、御主人様は驚いたような表情をした。
私の格好はバスタオル一枚だったからだ。
御主人様も顔を真っ赤にしているけど、私もきっと同じだ。
「準備は、出来ていますーー」
そう言うと私は肌を隠していたタオルを脱いだ。
タオルの下には何も着ていない。
つまり、裸。ありのままの姿だ。
「どうか、優しくしてください」
凄く恥ずかしい。けれど、やらないと。
仕事だから。
ああ、匂いがする。
雄の匂いだ。
「ーーッ!」
「私、初めてなのでーーーー」
「待て待て待て!」
私は身を乗り出して、御主人様の胸に手を当てた。その時だった。御主人様が私を止めた。
「そう言う理由でお前を呼んだんじゃない!」
「で、ですが女の奴隷を買うと言うことは、そう言う……」
??? なら、どうして私を?
「………とりあえず、着替えて来てくれ」
御主人様の声が少し上擦った。
御主人様にそんな反応をされると、私まで恥ずかしくなってしまいます。
「わ、わかりました」
どうして止めたのかはわからないけれど、今は御主人様の命令に従おう。
それから私はお店で買った服の中で、一番着やすいものを着た。
「俺がお前を呼んだのはその目の呪いを解くためだ」
「そ、それは、無理ですよ」
「さっき言ったろ? 俺は聖騎士だ。治療もできるさ」
「でも、私でも解呪出来ませんでした。私はーーーー」
私は聖女だから。
そう言おうとして、なんとか止めた。
「大丈夫だよ、俺は呪いくらい何個も祓って来てる」
「これは普通の呪いとは違うんです」
「どうな風に?」
「これは、“魔神の右腕”を解呪しようとした時の呪いです」
あんなものを解呪できると思っていた私が馬鹿だった。
アレは化け物だ。
死してなお、生きている。
呪いとして、世界中に蔓延っている。
「そうか。よし、見せてみろ」
「話を聞いていましたか?」
「ああ。よし。見せてみろ」
「聞いてないじゃないですか!」
そんな、うるさいなぁ、って顔をしてもわかるんですよ!
「魔神の右腕だろ? そのくらい知ってるぞ」
「私の呪いを解こうとするのは魔神の呪いを解くことです。ヘタをすると御主人様まで呪いを受けてしまうんですよ!?」
「ああ、そうだな」
「ならどうして、やろうと思えるんですか!?」
「……俺を信じろ」
ーーーーッ!
それは答えになっていなかった。
けど、不思議と、本当にできてしまうんじゃないか。
そう思わせてくれる声色と、匂い。
かつて、一度だけ嗅いだことがある匂いに似ている。
帝国からやってきた魔法使いの少女の匂いに。
「……わかり、ました」
私は御主人様のベッドの上に座った。
そして両目に巻かれた布を取る。
これを人前で取るのはいつぶりだろう。
「……なるほど。酷いな」
私の目を見て、御主人様はそう言った。
「だが、治せる」
ーーーーえ?
今、なんて?
そう言おうとしたが、それより先に御主人様が私の両目に手を置いた。
これから治療が始まるんだとわかった。
「これって……」
一瞬だけど、見えた。
御主人様がそこにいた。
その顔は優しい顔だった。
けれど、その瞳の奥には悲しみと復讐心を宿していた。
他の家具や、景色だって見られるのに、何故か私は御主人様から目を離せなかった。
「あっ……」
けど、すぐにまた見えなくなった。
あの景色が名残惜しい。
もっと見ない。
「何が起こったんですか?」
「一瞬だけ呪いを解くことができたんだ」
「それってーーーー」
「だが、すぐに再生した」
「え?」
「魔神の呪いは俺が思っていたよりも強かったみたいだ。今の俺じゃ解くことができなかった。だが、必ず俺が呪いを解く。時間はかかるかもしれないが、それでもーーーー」
御主人様が説明してくれてる。
頑張ってくれている。
話を聞かないといけないのに、今はとにかく嬉しい。
ようやく一筋の希望が見えた。
私はそれが嬉しかった。
その日、私は久しぶりに夢を見た。
どこかの家族が楽しくピクニックしている。
四人家族だ。
私はお母さん。
可愛い子供達に囲まれている。
そしてお父さんは、御主人様でーーーー。
夜中、目を覚ました。
そして、自覚した。
私は生まれてから一度も恋なんてしたことがなかった。
御主人様の匂いはとても落ち着く。
まるで硝子細工のように脆いけど、一際輝いている。そんな匂いだ。
私は御主人様のことが好きだ。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
ブックマークや評価(★★★★★)などよろしくお願いします。