第八話 解呪
「ちょっと待ってください!」
「…………なんだ?」
俺を呼び止めたのはソフィアだった。
今日、会ってから一番大きな声を出したから、俺も少し驚いている。
急にどうしたんだ?
「あっ、ご、ごめんなさい。私、突然……」
「いや、いい。どうしたんだ?」
ソフィアも驚いているみたいだ。
「……あの、御主人様はどうして奴隷の私にそんなによくしてくださるのですか?」
「別に普通だろう」
「普通じゃありません!」
「そ、そうか?」
「そうです!」
ソフィアはそう言っているが、俺はそうは思わない。
「普通、奴隷は買う時以外、お金をかけません。服だって買ったりしません。せいぜい主人の古着が良いところです。なのに御主人様は武器に服に、女に必要なものまで買ってくれようとしています。どうして……」
奴隷でも女は女だ。
男には要らないものも必要になるし、これから働かせるんだから、環境を整えるのは当然の事だ。
だが、ソフィアは納得しなさそうだ。
ふむ。ならーーーー。
「いいか。俺がお前に金をかけ過ぎているなら、それは俺からの期待だと思え」
「期待、ですか?」
「ああ。俺はお前に期待している。これは投資だ。だから、必ず俺の役に立て。いいな?」
「っ、はい」
ソフィアがもう一度、杖を強く握った。
やる気十分だな。
ふんっと気合を入れている。
なるべく綺麗で、安い宿屋を探した。
「金色の雫」と言う宿屋を選んだ。
宿屋に入ると、受付の女の子がいた。
この宿の娘さんだろう。十歳くらいの女の子だ。
「いらっしゃいませ! えと、おなじへやのしんぐるべっどでよろしいですか?」
娘さんは勘違いしたのだろう。
まあ、若い男が女の奴隷を連れていたらそう思うのが当然か。
「いや、部屋は二つで頼むよ」
「わかりました! しょくじはつけますか?」
「そうだな、夕食と朝食を付けてくれ。どっちも俺の部屋に二人分運んでくれると助かる」
「わかりましたっ! えと、えと……千九百ギルになります!」
両手の指を折りながら、頑張って計算している。
微笑ましくてずっと見ていたかったけど、計算が終わったみたいだ。
俺は二千ギルを出した。
「はい。これでいいかな?」
「一、二……えと、百ギルのおかえしですっ!」
「ああ。残りはチップだ。お菓子でも買いな」
「あ、ありがとうございますっ! ごゆっくりおやすみください!」
二階に上がり、部屋を見つけた。
俺とソフィアの部屋は隣同士らしい。
ありがたい。
「さて。命令だ。“部屋から出るな”。“ただし、俺の部屋へ来ることは許可する”」
「わかりました。御主人様」
「ああ。それと、着替えが終わったら俺の部屋に来い」
「は、はい……」
頬を赤らめて、恥ずかしそうにするソフィア。
何故だろう、と思ったが、それよりも準備がある。
早めにすませよう。
俺は異空間から、今日買ったソフィアのものを取り出した。
「荷物はお前の部屋に置いておくぞ。ベッドのすぐ横だ」
「は、はい。ありがとうございます」
俺はソフィアの部屋を出て、自分の部屋に入った。
スキル《装着換装》を使い、今着ている服と、異空間から服を入れ替える。
このスキルがあると着替えが楽だ。
「ふぅ〜っ」
ベットに寝転がり、目を閉じる。
今日は疲れた。
色々なことがあった。
帝国に、仲間に裏切られた。
仲間に殺され、王国までやってきた。
王国で冒険者になろうとした。
冒険者になるために奴隷を買った。
奴隷を買うと聖女のソフィアと出会った。
本当に色々なことがあった。
だが、これからだ。
奴らに復讐する。
これは始まったばかりでしかない。
目を閉じていると睡魔が襲ってくる。
流石の俺も睡魔には勝てなかった。
こんこんっ、とノックの音で目が覚めた。
やばいな、寝てしまった。
「御主人様。ソフィアです」
「ああ、入れ」
くそ、爆睡してた。
準備も何もしてない。
まあ、見るだけ見てみるかーーーー。
「失礼します」
「ーーーーえ?」
俺の部屋に入って来たのは、ソフィアだった。
いや、それに驚いたわけじゃない。
ソフィアの格好に驚いた。
身体をタオルで巻いている。
まるで風呂上がりのように。
顔を真っ赤にしている。
「準備は、出来ていますーー」
そう言うとソフィアは肌を隠していたタオルを脱いだ。
タオルの下には何も着ていなかった。
「どうか、優しくしてください」
頬を赤らめて、ソフィアが言った。
その裸体は芸術のように美しく、俺の男の部分が反り立った。
「ーーッ!」
「私、初めてなのでーーーー」
「待て待て待て!」
が、俺はなんとか自分を抑えた。
俺も男だ。興奮くらいする。
「そう言う理由でお前を呼んだんじゃない!」
「で、ですが女の奴隷を買うと言うことは、そう言う……」
ソフィアの言うことは間違いではない。
女の奴隷を買うものの多くは、そう言うことを目的で買っている。
「………とりあえず、着替えて来てくれ」
俺も限界だから。
「わ、わかりました」
ソフィアは納得いっていないようだが、大人しく従ってくれた。
それから少しして、ソフィアが戻ってきた。
今度はしっかりとした服を着ている。
「俺がお前を呼んだのはその目の呪いを解くためだ」
「そ、それは、無理ですよ」
「さっき言ったろ? 俺は聖騎士だ。治療もできるさ」
「でも、私でも解呪出来ませんでした。私はーーーー」
そこまで言って、ソフィアは言葉を飲み込んだ。
聖女だから、と言おうとしたのだろう。
「大丈夫だよ、俺は呪いくらい何個も祓って来てる」
「これは普通の呪いとは違うんです」
「どうな風に?」
「これは、“魔神の右腕”を解呪しようとした時の呪いです」
“魔神の右腕”。
かつてそれは神だった。しかし、その神は堕ちてしまった。それを魔神と呼ぶようになった。神は魔神を倒したが、強すぎる呪いの力を封じることができず、身体をバラバラにすることで呪いを分散した。
身体を頭、胴体、両手両手、五臓六腑と分けて、世界各地に封印したのだ。
だが、その強すぎる呪いは今でも自然を蝕んでいる。
自分を殺した神に復讐しようと、益々力を増やしている。
呪いを解くには、かなりのリスクを負うことになる。
失敗すれば呪いは自分の身体に降りかかり、最悪の場合は死ぬことになる。
そして、ソフィアは失敗した。
呪いによって両目を失った。
「そうか。よし、見せてみろ」
「話を聞いていましたか?」
「ああ。よし。見せてみろ」
「聞いてないじゃないですか!」
うるさいなぁ。聞いてたぞ。
「魔神の右腕だろ? そのくらい知ってるぞ」
「私の呪いを解こうとするのは魔神の呪いを解くことです。ヘタをすると御主人様まで呪いを受けてしまうんですよ!?」
「ああ、そうだな」
「ならどうして、やろうと思えるんですか!?」
「……俺を信じろ」
根拠のない自信。
昔、誰かに言われた気がする。
俺もそう思う。
だけど、時々俺には絶対に大丈夫だという自信が湧く時がある。
それはいつも、“運命が変わる時”だ。
「……わかり、ました」
ソフィアはやっと大人しくなった。
ベッドに座り、両目に巻く布を取った。
「……なるほど。酷いな」
俺は《聖眼》で呪いを見た。
まるで大樹が地に根を張るように、ソフィアの両目は呪いに蝕まれている。
ここまで根強く呪いは初めて見た。
ソフィアの目に光は宿っていなかった。
一瞬で目が見えていないんだなとわかる。
俺は両目を隠すように手のひらを当てた。
「だが、治せる」
俺はスキル《破呪》を発動させた。
呪いを打ち消すためだけにあるスキルだ。
「ふう」
集中する。
これだけ根強い呪いだ。
丁寧に、全ての呪いを一つ残らず取り除かないといけない。
一つ、二つとゆっくりと呪いを探していく。
そしてようやく、呪いが最も集まっている場所を見つけた。
ーーーーここだ!
俺は《破呪》を全力で使った。
ソフィアの両目から手を離す。
どうだ?
「これって……」
一瞬、ソフィアと目があった。
光が宿っていて、俺のことも見えたみたいだ。
「あっ……」
だが、次の瞬間にその光は消えた。
俺を探すように顔を右に左に向けたり、自分の顔をぺたぺたと触っている。
「すまない。俺の力では、まだ治せそうにない。だが、必ず治す」
くそっ!
あれだけ言って、俺は結局約束も守れないのか?
ふざけるな。
何が根拠のない自信だ。運命が変わる時だ。
何も変えられないじゃないか!
「何が起こったんですか?」
「一瞬だけ呪いを解くことができたんだ」
「それってーーーー」
「だが、すぐに再生した」
「え?」
「魔神の呪いは俺が思っていたよりも強かったみたいだ。今の俺じゃ解くことができなかった。だが、必ず俺が呪いを解く。時間はかかるかもしれないが、それでもーーーー」
その時だ。
ガバっ、とソフィアが俺に抱きついてきた。
「ありがとう、ございます。御主人様……っ!」
ぽろぽろと涙を流している。
真っ暗な洞窟で一筋の希望が見えた、そんな風に泣いている。
それからしばらく、俺はソフィアに抱きつかれていた。
しばらくして、すーぅ、とソフィアの寝息が聞こえた。
疲れていたのだろうか。
それとも、微かな希望が見えて安心したのか?
まあ、どちらでもいい。
いずれ俺が必ず呪いを祓う。
俺はソフィアを部屋に運んで、ベッドに寝かせた。
最後におやすみ、と言ってから俺も自分の部屋で眠った。
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