第二十一話 緊急クエスト⑦
そこにいたのはソフィアと、街にいるほぼ全員の冒険者達だった。
「御主人様!」
「なんで……?」
なんで、なんで来たんだ!
心の中でそう叫びたくても、内臓がやられて、痛みで話せない。
「第二陣! 放て!」
その時、ソフィアの後ろから魔法が放たれた。
水魔法だ。俺の周りにいる魔物達を水圧で押し返していく。
指揮を出しているのは壮年の男性だ。
他の冒険者よりも格好がしっかりしている。
「次! 戦士部隊、前へ! 大盾部隊と連携して壁を築け!」
魔法使いが魔物を押し返している内に、戦士と大盾使いが前に出た。
壁になるように俺より前に展開する。
指示通りに動く冒険者達はまるで軍隊のように完璧な連携をしていた。
「陣形を整えろ! 決して、魔物達を通すな!」
俺を囲うように戦士達が壁を作った。
その内側に盗賊や剣士が並び、その一番後ろに魔法使いや弓使いが並んだ。
その動きは圧巻の一言で、普段からのパーティの動きを人数を増やすとこうなるのか、と思った。
その動きに感心していると、ソフィアが駆け寄ってきた。
「御主人様! ああ、酷い怪我! すぐに手当てを開始します!」
「ま、待て。何でお前が……」
「御主人様は黙っててください!」
「…………」
え、ソフィアってこんなに怖かったっけ?
ソフィアの変貌ぶりにショックを受けていると、指示を出していた壮年の男性が話しかけてきた。
「初めまして。私はギルドマスターのマカンだ。君には聞きたいことが沢山あるが、それはいい」
ギルドマスター、マカンの目は俺ではなく、魔物に向いたままだ。
「君の相棒に感謝するんだね。彼女が私達を“動かした”」
「ーーーえ?」
オルガンが街を出て、すぐのことだ。
冒険者ギルドに一人の少女がやってきた。
ソフィアだ。
「私に力を貸してください! お願いします! 私の御主人様が、オルガン様がピンチなんです!」
その取り乱し様は余程のことがあったのだろうと思うほどだ。
「ちょ、ちょっと待てよ、ソフィアちゃん。もっと具体的に……」
「この街に魔王が十万の魔物を率いてやってきます! 御主人様は足止めのため、一人で向かわれました!
「「「ッ!!!」」」
冒険者ギルドに動揺が走った。
普通ならそんな与太話、誰も信じないだろう。
だが仮にもソフィアは、ギルドの最年少記録を塗り替えたオルガンの奴隷にして、唯一の相棒。
その発言には信憑性があった。
「ま、まじかよ……」
「十万って、しかも魔王だって?」
「そんなの勝てるわけねえ」
「逃げるか?」
「ばか、街の住民はどうするんだ」
「そうは言ってもよ……」
冒険者達がそれぞれ、近くにいたパーティメンバーと話し合った。
勝てるのか?
無理だ。不可能だ。
逃げるか?
だめだ。戦おう。
反応はそれぞれだったが、殆どが逃げる方の考えだった。
ソフィアはまた落胆する。
このままではオルガンが死んでしまう。
また、一人ぼっちになってしまう。
その時だった。
「やろう」
一人の冒険者が言った。
全員の視線がそこに集まる。
Bランク冒険者のデブンだった。
「やるしかねえだろ、お前ら! この中で一番の新人のオルガンが、命を張ってるんだぞ! なのに、アイツよりも先に冒険者をやってる俺たちが、酒を飲んで、逃げるだけか!? ふざけるな!」
シンッ、とギルドが鎮まる。
「冒険をしよう! 結果なんかわからねえ! 答えが見つかるかもわからねえ! それが冒険だ! 俺たちはなんだ!? 冒険者だろう! この、勝てるかどうかもわからねえ戦いに、仲間が戦ってるのに、それに参加しねえ冒険者がどこにいる!?」
デブンの叫び。
唾を撒き散らしながら、ギルド中に。それどころか、ギルドの外にまで聞こえるような大声で叫んだ。
そして、その叫びは冒険者達に届いた。
「ああ、その通りだ!」
「オルガンの野郎がやってるんだ! 俺もやってやるさ!」
「つうかあの野郎、俺らを頼れよ!」
「そうだ! 俺たちがそんなに情けないって言うのか!?」
「ふざけやがって!」
「ぶん殴ってやる!」
「じゃあ、私は魔法でぶっ飛ばしてやる!」
「それなら俺は回復魔法で治療してやる!」
「治すな! 優しいか!」
「仲間を治すのは突然だろ!」
「そうでしたね!」
冒険者達はいつもの調子で笑い合い、武器を手に取った。
「「「行こう! オルガンの所へ!」」」
冒険者達のやる気はマックスだ。
今すぐにでも冒険者達がギルドを出ようとすると、2階から誰かが降りてきた。
足音に気づいて、冒険者達がそちらを見る。
「話は聞かせてもらったよ」
「マスター!」
アンナが言った。
マスター、ということはこのギルドのギルドマスターのことか。
三ヶ月も冒険者をやって、ソフィアは初めて見た。
ギルドマスターは階段を降りて、キョロキョロと見渡すと、ソフィアのところまで来た。
「君がソフィアさんだね? 噂は聞いてるよ」
「は、はあ。ありがとうございます」
「私の名前はマカン。ギルドマスターをやってる者だよ」
「よ、よろしくお願いします」
思ったよりも優しそうな人だな、とソフィアは思った。
「それにしても、大変な事になっているようだね」
っ!
この人、全部知ってる。
事情もわかってるんだ。
この人にも力を貸してほしい。
そう思ったソフィアはマカンにまで協力を頼んだ。
「そ、そうです! どうか、お力をお貸しください!」
ソフィアは頼み込んだ。
ギルドマスターが力を貸してくれれば、百人力だから。
「いいのかい?」
「えっ?」
「君の今の発言は、Cランク冒険者オルガンが規律違反をした事を意味している」
「っ!」
「最悪の場合は、冒険者資格を剥奪する処分もあり得る」
冒険者資格の剥奪。
それは、これまでの功績が消えることを表していた。
「……かまいません!」
「ほう?」
「たとえ資格を剥奪されても、御主人様ならすぐにギルドランクを上げられます! 私だって手伝います! そのくらいのペナルティで済むのなら、どうぞやってください!」
ソフィアには覚悟があった。
オルガンを死なせてなるものか、と。
「責任は私が取ります! それに、御主人様が死ぬよりは、御主人様に怒られた方がよっぽどマシです!」
盲目で目がないにも関わらず、目を真っ直ぐに見られているようだ。
とマカンは感じた。
それほどまでにこの少女から覚悟を感じた。
ふっ、と笑うマカン。
この奴隷の少女にここまで言わせる冒険者に会ってみたいと思った。
そして同時に、これほどまでに彼女が信頼している冒険者が何者なのか、興味も湧いた。
「これより、ギルドマスターのマカンの名において、緊急クエストを発令する!」
だが、これから一世一代の大仕事だ。
全ては戦いが終わった後に。
「報酬は最低でも五十万ギル! 活躍したものにはさらなる報酬を与えよう! そして、魔王を討ち取った者はこの街で英雄と称えられるだろう! さあ、やるか!? やらないか!? 参加は自由だ!」
正直、報酬なんてなくても冒険者達は死に物狂いで戦うだろう。
冒険者のプライドのために。
仲間のために。
だが、まだ足りない。
マカンがやったのは、ダメ押しだ。
金が与えられる、英雄と呼ばれる。
そこまで言われてテンションが上がらない冒険者はいないだろう。
報酬が与えられると聞けば、彼らは生き残るために戦う。
死に物狂いではなく、勝って生き残るために。
そうなった人は、強い。
「さて。私も準備をしようか」
よっこらせ、とマカンが槍を取り出した。
その様子を見て、アンナは驚いた。
「え? マカンさんも行くんですか!?」
「何を言ってるんだ? 十万vs三百だ。それだけでも無謀なんだ、兵力差を覆せる、優秀な指揮官がいる。違うかい?」
ギルドマスターのマカンは若い頃を思い出すように、懐かしの装備を装着した。
その目はきらきらと輝いていて、まるでこれから冒険に行く子供のようだった。
もうすぐ一章完結です。それから、少しの間だけ休載しようと思っています。
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