第十七話 緊急クエスト③
「くそっ、頭痛え……」
朝目が覚めると、とてつもない頭痛に襲われた。
頭がガンガンと鳴って、まともに動くこともできない。
昨日の今日でこれだけ辛いんだ。
と、ベッドの横のテーブルに目が入った。
そこにはサンドイッチと手紙が添えられていた。
御主人様へ。
おはようございます。昨日からうなされていたので、本日は勝手にお休みを取るとギルドに連絡しました。なので、どうか安静にしてください。
ソフィアより。
それはソフィアの手紙だった。
本来なら、奴隷のソフィアが主人の断りもなく勝手に休みを取ることを連絡するのはいけない事だ。
だが、今回は助かった。
頭の痛みがひどい上に、全身が重たい。
それに少し眩暈がして、
サンドイッチを手に取り、食べた。
優しい味付けだ。
具合が悪い俺でも食べやすい。
「……美味い」
おいしすぎてすぐに食べ切ってしまった。
その後、水を少し飲んでから眠った。
昨日よりは心地よく眠れた。
『オルガン。私からは逃げられないわよ』
嫌だ。来るな。
「ーーーん様!」
『ねえ、オルガン』
やめてくれ。
「御主人様! 起きてください!」
「ッ!」
悪夢にうなされていた。
皇女にずっと追われる夢を。
「ソフィアか……」
俺を悪夢から助けてくれたのはソフィアだった。
「どうしたんだ、ソフィア?」
「大変です! い、今すぐ逃げないと!」
だが、いつものソフィアとは違って、冷静さを欠いていた。
「風に匂いが乗ってきたんです! あと数時間でこの街に着きます! は、はやく逃げないと!」
「落ち着け! 落ち着くんだ、ソフィア!」
「ハアハア……」
「何があったんだ?」
「十万を超える、魔物の大群です……ッ!」
「なっ!」
「それがこの街に向かってるんです!」
ソフィアの口から告げられたのは、信じられない事だった。
「それだけの大群が何故?」
「おそらくですが……魔王、かと」
「魔王だと?」
「はい。一人だけ、恐ろしい匂いを感じます」
「そうか……」
どうする?
俺一人で倒せるか?
いや、無理だな。
前は聖騎士の連中がいたから、俺は魔王に集中して倒すことができた。
しかも、今回の魔王の軍勢は十倍の十万。
勝率は無いに等しい。
ソフィアが俺の手を握った。
見上げるように言う。
「御主人様。逃げましょう」
「え?」
「私と御主人様だけなら、どこへだって逃げられます」
「ソフィア、お前」
「私は、御主人様さえいれば生きていけます。もちろん、フランさん達は大好きです。でも、私はご主人様さえいれば平気なんです」
ソフィアの目は本気だった。
だが、その手は震えていた。
怖いんだ。きっと。
ソフィアにも過去がある。
どんな過去があったのかは分からないが、ソフィアも怖いんだ。
この街を失うのが。
「二人で森の中で暮らすのもいいかもしれません。それとも、海のそばにしますか? 私は御主人様にこの身を捧げています。悪夢にうなされても、必ず私が救います。だからどうか、どうか……」
ソフィアの目を覆う布が涙で濡れた。
だが俺はそれを、受けることはできない。
「……方向は?」
「え? 街の南側です、が……」
軍隊を呼ぶか?
冒険者ギルドに応援を呼ぶか?
……無理だ。
俺はもう、誰にも背中を預けられない。
「俺一人で行く」
足止めくらいならできるだろ。
「え? そんなの無謀です!やめて下さい!」
「これが最後の命令だ。“俺に着いてくるな”そして”幸せになってくれ”」
「なっ! 御主人様!」
ソフィアを命令で縛った。
これで、ソフィアは俺の命令に逆らえない。
「街の住民の避難は頼んだ。魔王は俺が命に賭けても足止めする」
俺にだって、元聖騎士としての矜持はある。
人を救う。
この街の人達も、ソフィアも。全員だ。
「……元気でな、ソフィア」
最後にソフィアは叫んでいた。泣いていた。
もう、会うことはないだろう。
どうか幸せになってくれ、ソフィア。
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