第十六話 緊急クエスト②
御主人様の部屋が静かになったのを見計らって、部屋に忍び込んだ。
今は静かに眠る御主人様だが、三時間以上も発作が起きて、叫び続けていた。
御主人様の両耳は血だらけで、掻き毟ったのであろう、両手の爪も血だらけだ。
「……《回復》」
私は静かに血だらけの耳を回復させた。
何度かかけると傷は驚くほど綺麗になった。
「……酷い」
御主人様の頬には一筋の涙が流れていた。
一体誰が。
何故、御主人様が。
色々と聞きたい感情もあるけど、我慢した。
だって、私はまだ御主人様に頼ってもらえる人じゃないから。
静かに御主人様の部屋から出て、扉を閉めた。
するとーーーー。
「……治ったかい?」
「フランさん……」
この宿屋の女将のフランさんだ。
御主人様の発作が起きるようになってから、いつも相談に乗ってもらっている。
本当に頼りになる人だ。
「それにしても、今日は酷かったね。下まで声が響いてたよ?」
「いつもご迷惑をおかけしてすみません」
「いいんだよ。アンタらにはウチも世話になってるしね。期待の最速昇級のCランク冒険者様だ。恩を売っとけば、後からもっと良いものが返ってくるって算段さね」
フランさんなりの冗談だ。
優しい人だ。
私が落ち込まないように、こうやって話しかけてくれた。
「過去に何があったんだい? あんなになるほどのトラウマなんて、そうそうできるものじゃないだろう」
フランさんが聞いてきた。
けど、私は正解を答えられない。
私は御主人様に過去の話を聞かされたことがないから。
それに御主人様にも、私の話をできていないから。
「……きっと、あの発作は恐怖じゃないんだと思います」
「なんだって?」
「御主人様は裏切られるのが怖いと言っていました。だから、奴隷の私を買ったんです」
「なら、昔の仲間か恋人に裏切られたんだろうさ」
「きっとそうです。御主人様は“人を信用できない”と言っていました。でも、私は何度も御主人様に言われました。“信じるぞ”“仲間”と」
「それは、矛盾してるね」
「はい。御主人様は優しい人です。私なんかを見つけ出して、買ってくれました。幸せをくれました。初恋をくれました。そんな人が、人に復讐なんでできるわけがありません。そんな思いをしても人を信じてしまう、お人好しなんです。でも、自分を裏切った人を許せない。許しちゃいけない。その思いもあって、御主人様の心の中が揺れているんです」
どこまでも、どこまでも真面目な人。
優しくて、お人好しで。
こんな思いをするなら、もっと器用に生きてもいいのに。
全部忘れてしまえばいいのに。
「難儀だね」
「はい」
「まあ、とりあえず。アンタはさっさと告白する事だね」
「うっ……」
「いつまでもチンタラしてると他の女に取られちまうよ?」
「で、ですが、私は奴隷ですし……」
「だから何だっていうのさ。オルガンはアンタを一人の女の子として相手してるんだ。脈はあると思うけどね」
「そ、そうですか!? そうですよね!」
脈がある。
その一言で嬉しそうに満足してしまうソフィア。
「……はあ。こりゃ先は長そうだ」
「今何か言いましたか?」
「言ってないよ。ほら、明日も早いんだ! 早く寝な!」
「むぅ〜。何か誤魔化された気がします」
その姿はまるで、母親と娘のようだった。
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