第一話 聖騎士長オルガン
帝国の帝都に住む、両親と妹、そして僕の四人家族だった。
決して裕福な家ではなかったが、幸せだった。
「ここにオルガンという少年はいるか!?」
そんなある日、僕が十歳の時だ。
僕の家に騎士団がやってきた。騎士団長様と騎士達が五十名。大所帯だ。
僕達が住む場所には普段、騎士団が来るなんて絶対にあり得ないから驚かれた。
「な、ななな、何をやったんだ、オルガン!?」
「そ、そそそ、そうよ! 正直に言えばきっと騎士様も許してくれるわ!」
「おにいちゃーん!あそぼー!」
両親は俺が何かやらかしたと思ってるみたいだ。妹は相変わらず可愛い。
「女神よりお告げが降りた! 少年オルガンには聖騎士への適性があると言うこと! よって、オルガンには騎士団への軍属命令が出ている! 断った場合は一族郎党、処分させてもらう!」
な、なんだって?
女神のお告げで僕に聖騎士の適性があるって?
しかも、従わないとみんなが……。
「オルガン。別に受ける必要はないんだぞ」
「そうよ。私達は大丈夫だから。いざとなれば、帝国から出ればいいわ」
「おにいちゃん、どこかいっちゃうの?」
父さんや母さんはそう言ってくれたけど、二人にも仕事がある。それに、故郷を離れたくない。
妹よ。少しの別れだ。すぐに帰って来るからな。
僕はその日から家を離れ、皇城で寝泊まりするようになった。
皇城にきてから、一週間が経った。
聖騎士になるための訓練は酷いものだった。
「ぐはっ!?」
僕の腹に騎士の蹴りが入った。
子供相手なのにほぼ全力の一撃だ。
それに騎士は鎧を纏っている。鋭いつま先で蹴られて、痛みが走る。
「早く立て!」
「い、痛いよ……」
「泣き言を言うな! お前は聖騎士にならなければならないのだ! 名誉な事だ! 光栄に思え! さあ、立て! 剣を握れ!」
「うう……、嫌だよ、もう嫌だ! 家に帰りたい!」
母さんが作ってくれた美味しいご飯に、父さんのくだらない親父ギャグ、そして妹の可愛らしい笑顔。
あの時に戻りたい。
「お前の父親は鍛治師らしいな。だが、どうやら小さい工場らしいな。それも経営難の」
「っ!」
「知っているか? 帝国はお前の両親に高い金を支払っているんだ。その金がなければ、お前達家族はどうなるんだろうな?」
僕は震える足で立ち上がった。
精一杯の力で剣を握り直した。
「はああああ!」
「おらぁ!」
騎士は僕の頬を木剣で打った。
激しい痛みが走る。
その後も何回も闘って僕は身体中をボコボコにされた。
「会いたいよ、父さん、母さん」
その日の夜。
僕は与えられた自室で泣いた。
ベッドに潜り込み、声を殺して泣いた。
それから二年が経った。
僕は十二歳になった。
「オルガンを聖騎士に任命する!」
帝都でパレードが行われた。
理由は僕が最年少で聖騎士になったから。
国民は新しい英雄の誕生だと、溢れんばかりの拍手喝采が帝都中に鳴り響いた。
「若造が、調子に乗ってるんじゃねえよ!」
「があっ!」
僕の腹に木剣が突き刺さる。
大人の、それも聖騎士長の全力の突きだ。
腹の底から酸っぱいものが込み上げて来る。
「史上最年少だかなんだか知らねえがよお……。ここじゃあ、騎士団は甘くねえぞぉ?」
この聖騎士長のおっさんは、俺が聖騎士になるまで最年少記録を持っていた人らしい。
聖騎士とは帝国でも百名ほどしかいない、騎士の中の騎士、精鋭中の精鋭だ。
単純な強さも並の騎士より上であり、他国で言うところの王族を守護する近衛兵に相当する。
その仕事は主に皇族の守護。そして騎士団では対処できない事件を解決するのが仕事だ。
僕はその日から毎日のような暴力と過酷な訓練に耐えた。
僕が十三歳の頃。
新しい仕事を任せられた。
「私が帝国の第一皇女ヴァーリよ!」
僕の新しい仕事とは、皇女様の守護だ。
「ちょっと、オルガン!」
「はい。なんでしょうか」
「どうして私が呼んでいるのに十秒以内で来ないの!?」
「……申し訳ありません」
無理に決まってるだろう。
皇女の守護と言っても、皇城にいる限りは基本的に安全だ。
それに元々、僕には聖騎士の訓練もある。
そちらにも参加しないといけないため、四六時中皇女様の近くにはいられない。
だが、僕が十秒以内に現れないと皇女様は癇癪を起こす。
そしてそうなると、皇女が皇帝に文句を言い、皇帝から聖騎士長にお叱りが降る。
そのまま僕は聖騎士長にお前のせいだと殴られる。
僕の身体のあちこちに青いアザが出来ていた。
十五歳になった。
この頃から僕は僕の事を俺と呼ぶようになった。
「聖騎士オルガンよ。お主をヴァーリと婚約させる事にした」
「……はい?」
皇帝陛下に呼ばれると突然そんな事を言われた。
後ろのヴァーリが何故かドヤ顔をしている。
「ヴァーリはお主のことを気に入っているみたいだからな。……ふむ。その顔は納得いっていないようだな」
「それは、私と皇女殿下では身分の差がありすぎます。それに本来、王族は王族や貴族と結婚するもの。私は一市民です」
「ふむ。身分の差ならば心配するな。聖騎士は貴族で言うところの男爵と同じ扱いをされているからな」
参った。反論できない。
これでは俺はヴァーリと婚約関係になってしまう。
「ふふふ。これからよろしくね、ダーリン(ハート)」
俺の腕に抱きついて来るヴァーリ。
ウインクしてくる。
まあヴァーリは美人ではあるが、性格が……。
そうして俺はヴァーリと婚約関係になった。
俺はそれまで以上にヴァーリにこき使われるようになる。
俺が十八歳の時。
聖騎士長に任命された。
これも史上最年少記録だ。
今日はそのパレードがある。
しかし……。
「お願いします! 俺を行かせてください!」
「ならん」
「何故ですか! 俺は両親の死に目にも会えないんですか!?」
「お前は聖騎士長になるのだ。今日、ヴァーリとの婚約も発表される。お前は今日の主役なのだ。欠席などできるわけないだろう」
俺の両親は病気にかかってしまったらしい。
珍しい病気で、医者にも手の施しようがなかった。
妹は帝国を出て、王国で働いている。
だから両親に会いに行けるのは俺だけだ。
俺は十歳から今まで、一度も家族に会うことが許されなかった。
だからせめて、最後くらいは両親に会いたかった。
両親に、大きくなったね、言ってもらいたかった。
「駄目だ」
皇帝は無情にもそう言った。
「おお! オルガン様だ!」
「凄いわよね、この間なんて一人でドラゴンの群れを討伐したそうよ!」
「きゃー! オルガン様ー!」
「帝国の未来も安泰だな!」
何も知らない愚民共が国旗を振り、喜んでいる。
みんな笑顔だ。良かったな。
俺は両親の死に目にも会えない。
笑顔になどなれなかった。
「聖騎士オルガンよ! お主を聖騎士長に任命する!」
「「「おおおおお!!!」」」
皇帝が宣言すると帝都の民は手を叩いたり、叫んだり、とにかく自分なりの方法で俺を祝福した。
「そして、皇女ヴァーリとの婚約を許す!」
ざわつく帝都の民。
「姫様が婚約!?」
「まさかオルガン様と婚約されるなんて!」
「でも、ぴったりじゃないかしら? オルガン様は姫様の守護をしていたらしいわ」
「なら納得だな。きっと、そうした時間の中で愛を育んだのだろう」
勝手に想像して盛り上がっている。
だが実際はヴァーリが俺を強制的に婚約者にしたんだ。
守護の時も、俺はヴァーリの我儘に振り回されていた。
突然隣から現れ、俺の腕を組むヴァーリ。
外用の笑顔で国民達に手を振っていた。
「ふふふ。もう逃げられないわよ」
隣でヴァーリが何か呟いたが、俺には聞き取れなかった。
その日の内に俺はヴァーリの部屋に連れて行かれた。
そのままヴァーリに押し倒された。
結局、両親の元に行けたのは、二人が墓に入ってからだった。
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