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「お、これで始まったかな? 始まってる?」

 今尾の言葉がイヤホンから流れてきたのを確認して、新波はオーケーサインを送る。目の前のパソコンには『夏怪談 百物語 海辺からの一夜目』のそっけないタイトル。すでに視聴者数は二千人を超えているが、これが多いのか少ないのか、新波にはいまいち判断がつかない。

 蝋燭の灯された部屋の中、車座になって参加者たちは座っていた。『羽の間』の入口に背を向けるようにして、まずは今尾。そこから時計回りに、アイドルの山城ほのか、イラストレーターの異堂、ワニ、サメ、ウサ、頬澄、芸人の回蔵と並ぶ。新波はその輪には加わらず、頬澄の背中側に座っている。配信それ自体は今尾が目の前のノートパソコンを使って管理しているから、新波の仕事はその配信を視聴者として確認し、大きなトラブルがないか監視することだけ。設営自体もそこまで作業量は多くなく、案外と楽な仕事かもしれない、と気を抜き始めている。

「これで顔出しは二度目ですね。今尾です。ははは、動画投稿を始めた頃はまだギリギリ若者だったんですが、もうすっかりおじさんです。ですがまあ、今回はお若い方々と縁がありまして、こんな風になんとも華やかな形で百物語を……おっと、なんだか一人、僕と同じくらいのおじさんがいるな」

「うるせえよ」

 ちらり、と目線を向けられた回蔵が、笑って今尾に言う。ややよれ気味のスーツを着た、痩せた男だった。部屋に入ってきたときにふと煙草の匂いが香ったことが、新波の印象に残っている。

 まずは自己紹介から、と言って淡々と順番が回っていく。新波が注意深く聞いたのは、特に山城ほのかと異堂の二人だった。頬澄は聞くまでもなく、『イナバ。』の三人もある程度は知っている。回蔵もテレビ放送の夏のホラー特番で顔を見かけたことがあるから、知らないわけではない。怪談ものと言えばまずこの男が出演者に名を連ねている。しかし、残りの二人はまだろくに言葉も交わしていなかった。

「ANiMaというグループでアイドルをしている、山城ほのかです。……といっても、まだそれだけじゃ通じませんよね。去年、『絶えず。』という映画で幽霊役をやらせてもらいました。最近の悩みは前髪をパッツンから弄らせてもらえないことと、親戚の小学生たちに近付くと泣かれることです」

 本人の言ったとおり、見事なおかっぱ前髪だった。後ろ髪自体は肩甲骨くらいまでは伸びているけれど、本人の輪郭の細さもあいまって、日本人形のような、という形容がそのまま当たる。『絶えず。』昨年夏に公開された、今時珍しい直球の幽霊型ジャパニーズホラー映画。元は彼女の所属する『ANiMa』のメンバーを売り出すための低予算映画の予定だったが、それに当たった若手のホラー監督が何を思ったかメンバーの一人である彼女を脇役から幽霊役にコンバート。元演劇部だったという彼女は思わぬ怪演を見せたほか、監督の持っていたクラシカルホラーへの拘りが口コミを呼び、少ない上映館ながらロングランを見せた。今夏のテレビロードショーでもすでにその放送が決まっており、作品及び彼女の知名度はさらなる躍進が見込まれている。

 おしとやかとおしとやかで若干私とキャラ被ってんだよな、と頬澄は言っていた。いくらなんでも自惚れではないか、と新波は思ったが、どうせそんなことを言っても怒られるだけなので、言わないでおいた。

「異堂です。あ、イラストレーターです。全然話とか上手くないんですけど、日頃から『怖い話とかあったら送ってください』って投稿フォームを設置してるんで、そこから今日は、俺が怖いな、と思ったやつを抜き出して話そうと思ってます。滑舌とかは、まあ。見逃してください」

 そして異堂。この男も若い。おそらくサメやワニと同年代なのではないか、と思える。黒髪に赤いインナーカラー。長髪を一本結びにして耳に開けたインダストリアルピアスを晒してはいるが、どうも立ち居振る舞いを見るとかなり落ち着いて見えた。彼はイラストレーターで、『イナバ。』の三人を除けばSNSでのフォロワー数が最も多い。ホラー系のジャンルで活躍しており、小説や雑誌での挿絵担当の他、商業ゲームのコンセプトアート等を手掛けている。

 その後、『イナバ。』の三人は全員まとめての自己紹介。いかにも手慣れた明るい声色は場違いにも見えたが、この場のカジュアルな雰囲気をよく伝えているようにも見えた。それを引き継いだ頬澄も、ごく穏やかに「創作怪談を細々と手がけています。霊能力者という触れ込みでやらせてもらっているんですが、今までのところ霊を発見している場面を皆さんにお届けできたことがないので、おおむね霊感のない人と同じです」と気の抜けたことを言って、その空気を維持した。

 こうして見ると、と改めて新波は思う。この面子の中に混じる度胸があるというだけでも、頬澄の精神に対する尊敬の念が生まれる。

「なんだなんだ。今日は随分あれだな。なんつーか、こう、なあ?」

 出番の回ってきた回蔵は、今尾に語り掛けるようにして、

「なんかこう、俺らのころのホラーつったら、人が死んだの死なないの、もっとこう、ジメジメした話が好きなジメジメした連中が集まってたもんだが……」

「いやあ、時代の移り変わりだねえ」

 生まれた時代を間違えたな俺たちは、などと言いながら、楽しげに自身のプロフィールを話す。やはりそれを生業にしているだけあって、淀みなく舌は回っていた。

 誰も彼も楽しそうではあった。ただし、『イナバ。』のワニだけは、やや表情が固いようにも見えたけれど。

「それと最後に、今日と明日、諸々手伝ってくれることになった、ホーマさんの助手のシーチさんですね」

 今尾が言うので、カメラの死角から少しだけ姿を出して、ぺこ、と頭を下げて、元の位置に戻った。

「今回が顔見せって初めてですか?」

 今尾が頬澄に訊ねる。ええ、と彼女は頷いて、

「また今度、改めて紹介動画を出すつもりです。やっぱりどうしても、編集に撮影に一人だと手が回らなくなってしまったので、山から拾ってきました」

「山から」うふふ、と笑ったのはサメ、ウサ、山城ほのか。他の面々は妙に深く頷いている。「大変なんだよなあ、あれ。やってみると」とはしみじみ回蔵が呟いた。そうなのか、とちょっと新波は身構える。

「さてそれでは、自己紹介も終わったところで、改めて企画の説明に移りましょうか」

 ぽん、と手を叩いて、仕切り役の今尾が話を進める。

「今回の夏怪談、百物語は今日金曜日と、明日土曜日の二夜をかけて百個の怖い話をする、というものです。大体夜の九時から始めて五十個終わるまでが配信時間です。まあちょっと、回蔵なんかは気合入れてるみたいなので、果たして夜が明けるまでに終えられるのか、という懸念はあるんですが」

「終わるまでが夜だよ」茶化すように回蔵。

「それは青少年の生育によくないので」今尾は笑って、「まあ元々よいものではないと思いますけど。適宜巻いたりなんだりしながら、午前二時くらいに終わるのを目指して進めたいと思っています。で、早速一話目なんですが、実はこれ、今回の百物語の趣旨とも絡んでくるところなので、僕からさくっと話させてもらいますね。……皆さん、僕らがいま囲んでる箱、なんだと思います?」

 一同の目線が、まっすぐその箱に向けられた。誰も彼も気になっていたのだろう。この部屋に入ってきたときから、座布団に囲まれるようにして置かれていた、真っ白な布を被せられた箱。

「誰かに訊いてみようかな……じゃあ、山城さん」

「え、はい」

「何だと思います?」

 えーっと、と唇に指を当てて、「つまらない答えかもしれないですが、いいですか? たぶん、蝋燭だと思ってました。百物語で、吹き消す用の」

「あ、あたしも!」勢いよく手を挙げたのはウサ。その横で、俺も俺も、とサメが笑っている。ああなるほど、と納得しているのは異堂。

 けれど、「やっぱりそう思いますよね」と告げる今尾の声色は、そしてその横でにやにやと笑いながら無精ひげを擦る回蔵の丸まった背は、それが不正解であることを示している。

「あ、じゃあ。せっかくだからホーマさんにも訊いてみようかな。透視とか。超能力捜査官みたいに」

 話を振られた頬澄は、一度ゆったりと首を傾げると、服の袖を軽く捲って、両手を箱に向かって手品師のように大袈裟に掲げて、言う。

「か、感じます……。霊の力を……!」

 芝居がかった言いぶりに、参加者たちが笑う。が、『イナバ。』の三人だけは、どことなくその笑いの中に、真剣味が潜んでいる。

 そして、頬澄は言った。

「虫、ですか」

「えっ!」

 大きく今尾が声を上げれば、それが正解だということも知れる。へえ、と感心したように回蔵も声を洩らした。

「え、え、え。もしかして、知ってました?」

「さあ、どうでしょう」声に笑いを含ませて、頬澄は小首を傾げる。

「いや、びっくりしたなあ。本物だ、これは」

 動揺を隠せないながら、大したもので今尾は進行を続ける。座布団から立ち上がると、箱の上にかかった布に手をかけて。

 パッ、と取る。


 黒茶色の、死んだような繭。

 人の、親指ほどの。


「仰るとおりです。この地域では、百物語に蛾の繭を使うという風習があるんですよ」




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