05
「霊媒師って、本当だったんだな」
「なわきゃねーだろ」
は?と訊き返したのは、『イナバ。』たちのアパートから駅へと帰る道でのことだった。
「どうすんすかこれ」と、サメは言った。浴室で、例の光景を目にした後に。
「今のところはちゃんとお札の効能が出ているので、大丈夫だと思いますよ。私たちが来たから、過剰に反応したんでしょう」と、頬澄は穏やかに答えた。
「今のところってことは、将来的には暴れまくるってこと?」と、不安そうにウサが言った。
馬鹿馬鹿しい、という顔で、それをワニが見ていた。どう見たってこいつは詐欺師だろう、という顔で。けれどどうにも、それを立証するだけの根拠が見当たらないから口を出せなくて、歯がゆくて仕方がない、という顔で。
「ずっと先の話だと思いますよ。契約期間は二年ですよね? その頃になって、また様子を見て決めればいいんじゃないでしょうか。二年くらいなら、何事もないと思うので」
それでもウサは不安がっていたが、終電の時間もある。とりあえず後でまた連絡させてもらうかもしれません、とサメが言って、撮影を終えることになった。
その帰り道で、頬澄はあっけらかんと、ついさっきまでのやり取りを否定した。
「いや、だって」思わず、新波は問いかける。もう、狸の面は外していた。「さっき、当ててたじゃないか。風呂場の天井の奥に、って」
「あのなあ、」へっ、と小馬鹿にしたような顔で、頬澄は笑う。「お前、馬鹿だろ。占いとか、お祓いとか、そーゆーの絶対近付かねー方がいいぞ。食い物にされてスカンピンになっから」そして、実際に小馬鹿にしてきた。
そんなことを言われても、と新波は思う。向こうからやってきた霊媒師に言われても。確かに、近付かれた後についていったのは自分の意思ではあるけれど。
「不動産屋ごとにルールがあんだよ、あーいうのは」
「お札を貼る場所とかに?」
「そう。あそこは知ってる系列だったから、事故物件で貼ってんならあそこだろーなって」
「それにしたって、」もちろん、その程度の説明ではまるで納得がいかない。「その前の音はどう説明するんだ」
「たまたま」
「たまたま、って……」
「いや、あれは私も正直ちょっとビビった。タイミングよく隣のやつとかが壁にぶつかったんだろ。元は普通に風呂場まで連れて行ってビビらせるだけのつもりだったんだよ」
そんな『たまたま』がありうるのか。
疑問に思うことは間違いなかったけれど、強く反論できるだけの根拠もない。隣の部屋から物音がすること自体はそこまで珍しいことではないと思うし、何よりあのときの音は浴室の『方から』聞こえただけで、浴室『それ自体から』聞こえたと言い切れるほど、所在のはっきりしたものではなかったのだから。
多少納得できなくとも、飲み込むしかない。それに、いきなり昔の友人が霊媒師になったと言われるよりも、種も仕掛けもある手品を見せてくれただけ、と考える方が、受け入れやすくはある。
しかしそうなると、さらなる質問も浮かんでくるわけで。
「なんであんなことしたんだ?」
「そんなん詐欺るためだろ」
「さ、」聞き間違いであってほしかった。「詐欺?」
そう、と言ってから、急にけらけらと頬澄は笑った。
「そうだよ。お前はさっき、私の霊能力詐欺の片棒を担いだんだよ」
「んな……聞いてないぞ!」
「言ってねーもん」
へらり、と笑う頬澄の肩を、思わず新波は掴んだ。細い両肩。ぐるりと九十度回転させて、自分と向き合わせる。「おお、」と頬澄は驚いた声。
「戻って説明しよう」
「は?」
「今からでも遅くない。金は取ってないんだし、謝れば何とか穏便に収められる」
じーっと頬澄は新波の顔を見た。信じたのか、とぼそっと溢す。その呟きの意味を新波が訊ねる前に、きっぱりと頬澄は言った。
「借金が五千万ある」
思考が止まった。
「ご、」
「嘘だよバーカ」
ふと、場違いな感情が新波の頭の中に湧いてきた。そうだ、こういうやつだった、という懐かしい気持ち。誰に対しても攻撃的で、つまらない嘘を吐いてはすぐに撤回して、いつもどこか不機嫌そうで。そういう、十年前に対する郷愁。
「お前、家ねーだろ」
なんでそれを、と頭の中に思考が上ってくるよりも、頬澄の次の言葉の方が早い。
「もしもお前がこれからも私のやることを手伝うっていうなら、部屋貸してやる」
喉から手が出るほど魅力的な誘いだった。けれど、まだ理性の方が断然強い。
「話を逸らすな。詐欺のことは、」
「話を受けるっていうなら、その説明もしてやる」
ちゃり、と頬澄は鞄から鍵を取り出して、新波の前にぶら下げる。迷っていると、ぐい、と前に一歩踏み込んで、髪の触れ合うような距離で、見上げるように顔を傾けて、頬澄は言う。
「別に、私のことが信じられないなら、警察でもどこにでも行っていい」
まっすぐに、新波の瞳を見つめながら。
「…………話を、聞いてからだ」
そして結局、新波はそう応えるしかなくなった。
「お前が事情を話してくれるなら、俺もそれを聞いた上で考える。……別に、俺が許すとかそういう話でもないと思うけど」
「それはホントにそーだな。偉そーにしやがって」
「お前が説明もなしにいきなり詐欺がどうとか言い出すからだろ」
頬澄は、鍵を新波のポケットの中に突っ込んでくる。思わず身じろぎして距離を取ると、もう背を向けて、駅の方へまた歩きだしている。
お前さ、と頬澄は言った。
「…………やっぱ、なんでもないわ」
なんだよ、と新波が言えば、なんでもねーって言ってんだろ、と頬澄は足を速める。
新波の方が足が長いから、大して苦労もなくそれに追いついて、並んで歩いていった。