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 どうすればいい、と新波は訊ねた。

 時間はない。いつ虫が上がってくるかもわからない。できるだけ詳細は省いて、しかし骨子だけは決して伝え洩れないように。

「どうすればいい?」そして、新波は訊ねる。「どうすれば、呪いは解ける?」

『……大体、話は掴めました。一つだけ、質問をしても?』

「なんでも」

『あなたが最初に羽の間で虫の幻を見たとき、車座の中央の虫はどうしていましたか?』

 記憶を探る。確か、確か――――そうだ。あのとき、自分はその場所に注目していなかった。休憩に入ってから拾った繭のことを今尾に訊ねるつもりだったから、そこに目をやらなかった。それは、彼らの顔からぼとぼとと虫が落ちてきてからもそう。見ていないということは、それだけで一つの意味を持つのではないか。

「何も……何も、変わったところはなかった。少なくとも、俺が気にするようなことは、何もなかった」

『――――わかりました』

 ふっ、と息を吐くような声。そして、頬澄は、声音を変えて、言った。

『新波。お前、私のことどのくらい信じられる?』

 エセ霊能力者としての言葉ではない。そのことがわかったから、だから新波も、シーチとしてではなく、ただの新波永一として答えた。

「もう頼りはお前だけだ。だから、何を言われても、どこまでも信じるよ」

『…………重てぇわ、お前』

 その嘆息のような一言を最後に、頬澄はホーマに戻る。

『鬼火と恐れ虫の話は、元々一体のものだった、と考えるのがよいでしょう』

「一体の?」

『つまり、本来一つの流れとして生み出された話が、時を経て二つに分かれた、ということです』

 いいですか、と彼女は言って、

『本来は、オオミズアオ――月蛾は呪いの象徴として使われるものだったのでしょう。あの浮世離れした姿ですからね。それに、蛾と言ったら基本的にマイナスのイメージを持つ人が多いでしょう。どうしても蝶と比べれば夜の生き物、という印象が強いですから。街灯りのない時代における夜というのは不明の象徴です。それだけで、恐ろしいものとして扱われてもおかしくない。

 そして、その恐ろしさを消すために、恐れ虫の話が作られたんです。恐れ虫はそもそも『恐ろしい虫』の話だったんです。そして、年月を経てその対処法だけが残った。あれは本当は、月蛾という呪いを月に送るための、流し雛に類似した儀式について語られた話だったんですよ』

「いや、待ってくれ」

 辻褄が合わないのではないか。思わず、新波は言う。

「それじゃあ、山で見た鬼についての説明がつかないんじゃ――」

『そんなのは嘘です』

 は、と。

 呆気に取られて、息が洩れた。

『鬼だのなんだのと、そんなのはただ怪談をこさえたがった人々がつけた尾ひれでしょう。口裂け女の話のバリエーションを知っていますか? カシマレイコは?』

「いや、でも、まさか、」

『言ったでしょう。実在しないものが出てくる話なんて……』

 全部嘘だ、と。

 その言葉を、新波は思い出している。

 ぐらり、と足場が揺らぐ思いだった。そうだ。確かにそうだった。

 自分だって、元々コンビニで売っているような怪談本なんか、まるで信じないような人間だっただろう。それが、こうして実際に怪奇現象に直面したおかげで、ハナから信じ込んでいた。本に書いてあることだから、と。これが真実なのだろうと、言い伝えのとおりなのだろうと、すべてを頭から信じ切っていた。

 でも、確かに頬澄の言うとおりで。

 怖い話なんていうのは、大抵の場合、人を怖がらせるために誰かがついた嘘なのだ。

『とは言っても、』

 電話の向こうで、彼女は言う。

『今のだって、私が考えただけのお話にすぎません。状況と自分の経験を照らし合わせて、こうなるだろうな、と想像しただけの、何の確証もない話です』

「いや、信じる」

『…………』

「悪いが、俺一人じゃどうしても経験が足りてない。この場ではお前が頼りなんだ。

 恐れ虫と鬼火の関係についてはわかった。ということは、恐れ虫の技法を成就する必要があるってことか?」

『その点についてはご心配なく。あなたたちがいなくなってからもう随分な時間が経ちます。そろそろこちらでは百物語が終わります。そうしたら……』

「自然と俺たちは目覚めるわけか」

『いいえ』

 意表を突かれた。これまでの話の通りに受け取るのなら、『恐れ虫』は自分とワニに降りかかる呪いを解くための技法なのだから。百物語が成就したのであれば、この虫たちは消える。そのはずではないのか。

『そこで、さっきの質問です。あなたの夢の中では、私たちが百物語に使っている繭は反応していなかった』

「……まさか、関係してない、ってことか」

『そこまでではありません。共鳴自体はしているでしょうが……ああ、やっぱり。今確認しました。もうこちらにあなたたちの姿はありません』

「それは……どういう」

『深みに嵌り過ぎた、ということです。現実世界にいる繭と、あなたたちを取り囲む世界が離れすぎている。このままだと、恐れ虫の技法によって月まで逃げていくのは私たちの使った怪談だけ。五十一話目をあなたが語ったおかげで、これが終われば虫の動きも多少は和らぐでしょうが……』

「引っ張り切れない?」

『そのとおりです。幻から醒め切らない。そのまま取り残されることになります』

 そのとき、ワニが大きく声を上げた。

「き、来ましたよ!!」

 スマホを顔に当てたまま、新波はワニの言う方を見る。

 虫がいる。小さな虫が、三、四匹、ちらほらとのたくってこちらにやってきている。

 そしてその奥。廊下の闇の向こうから、惨たらしい姿の巨大虫も、ぬっと顔を出した。

「ピィイイイイイイイ…………」

 細く吹く寂しい風のような声。それらは、二人ににじり寄ってきている。

『三階の、私たちの部屋まで逃げ切ってください』

「それからは!?」

『恐れ虫の技法に手順を足して、あなたたちまでどうにか引き上げます。そこで待機してください。準備ができたら、私から合図します』

 それを最後に、電話は切れる。

 三階だ、とワニに告げて、また走り出す。階段へ。

 終わりは、近付いている。




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