第5話:決戦前
沈みかけた太陽が世界を紅く染める。
それは、一種の芸術品のようで見る者を魅了する。
昼と夜の境目。見る者を狂わせ、異形が動き出す時間。
人は古来、それを『逢魔時』と呼んだ。
そんな一種の異界の中、少年は魅了されることなく、目的地に向かって歩く。
それは少年が強いのか、それとも少年も異形なのか――どちらかだろう。
やがて、少年は目的地に着いた。
そこは公衆電話。誰かに連絡を取るのだろう。
少年は特徴的な黄緑のボックスの中に入り、ボックスと同じ色の電話機に十円を入れる。
待つこと数秒。
どうやら相手が出たようで、少年が喋り始める。
「爺、よくもやってくれたな」
少年は爺と呼ばれる人物にご立腹のようだ。
「知らなかった、だぁ? 嘘つくな! 知っててやったんだろうが!」
何かに嵌められてしまったのだろうか?
「お前のせいで明日戦うことになっちまったじゃねえか! 良かったの、じゃねぇ! どうすんだ、俺は魔法使えないんだぞ! 体術だけで戦えって言うのか? お前なら勝てるじゃろ、ってマジで体術だけでやんのか? おい!」
ずいぶんと揉めているようだ。
しばらく、少年と爺と呼ばれる人物の言い争いが続く。
「……はあ、わかったよ、やるよ。やればいいんだろ?」
と言って少年が溜息を吐く。
どうやら少年が折れたらしい。
「うん、うん、わかった。……わかった、またあとで連絡する」
そう言って少年は口を噤む。
何かを躊躇するような表情。
それは、ガラスを割ってしまったことを親に言おうか迷っている小学生を思わせる。
しばらくためらったあと、少年はゆっくりと、怯えるように口を開いた。
「……俺は許されるのかな?」
今にも泣き出しそうな顔。震える声。
しかしそれは次の瞬間あっという間に崩れる。
「はあ? お前のプリンなんか知るか! 俺が言いたいのはそう言うことじゃねえ!
……もういいや。いやなんでもない」
少年は疲れたような、それでいて憑きものが落ちたような清々しい顔をしている。
そのあと二言三言言葉を交わし、少年は受話器を置いた。
ボックスから出た少年はすっかり暗くなった道を歩き出す。
その背中にさっきの悲愴感はなく、かわりに力強さだけが浮かんでいた。
5 決戦前
俺は学院に向かい門をゆっくり、できるだけゆっくりくぐる。
無駄な足掻きだと知りながらもやめられない。
……昨日、あのあと五人のほかにクラスメイト、さらに戻ってきた片桐先生までもがやることに賛成してきた。
ここまで来るとやらなければいけない感じだし、下手に刺激してマークされては依頼に支障が出るかもしれない。
ということでやることにしたのだが……
「……はあ」
めんどくせぇ!
しかも十貴族の序列二位『弐村』が相手だ、町のチンピラとは訳が違うし、なにより『アレ』が使えない。
今も持っている『アレ』が使えないということは素手での戦闘になる。
正直、疲れるし、あまり手も抜けない。
そのくせ本気は出せないというジレンマ。
……溜息が出るのはしょうがないだろ?
「……はあ」
もう一度溜息を吐く。
俺がそんなふうに己の現状に頭を痛めていると、
「おはよう! りょうくん!」
誰かが声をかけてきた。
声で誰かわかったし、この幼い感じの喋り方は学院での知り合いに一人しかいない。
案の定後ろを見るといたのは、
「……ああ、おはよう」
「もうちょっと秋奈みたいに元気だせないの? 元気に行こうよ!」
本当に高校生かと疑ってしまうほど幼い言動の壱川秋奈だった。
正直、小学生といい勝負だと思う。
しかしその容姿は驚くほど大人びている。
ブラウンの髪は肩のあたりで綺麗に揃えられており、まつ毛も丁寧に整えられている。目もとはやわらかく母性的な魅力を放ち、肌も白く美しい。
さらにスタイルも抜群。はい、ここ重要! たとえば、美夜がモデル体型なら、秋奈(あのあと名前で呼ぶことを強制されたが、それはまた別の話)は完全なグラビアアイドルの体型だ。こう、ボン、キュッ、ボン、て感じ(死語かな?)。
つまり、中身と外見が完全にアンバランスなのだ。
そんなアンバランス秋奈は何が楽しいのかニコニコしている。
「いや〜今日の午後楽しみぃ!」
……痛いとこをピンポイントで抉ってきた。
しかしここまで楽しそうにしているのを見ると怒るに怒れない。
俺はそんな楽しそうな秋奈を横目で眺めつつ、もう一度嘆息した。
「そいじゃ、次、闘技場行ったあと今日のメインの弐村対夏目の実戦演習するぞ!」
そうテンション高めに叫ぶ片桐先生。
今、俺たちは午前の施設案内の真っ最中。さっき技術棟や大体育館をまわり、今闘技場に向かっている。
あ! ちなみに昼飯は俺たち早めに食べた。
片桐先生いわく、「そんくらいいいでしょ」とのこと。お前は本当に教師か?
そんなふうに片桐先生の先生としての品格を疑っていると、
「はい、第一闘技場到着〜」
……着いてしまった。
俺は思考を止め、前を見ると綺麗な彫刻のあるでかい建物があった。どうやら、これが第一闘技場のようだ。
「ここは主に実戦的な演習や校内大会などで使われる。かなり強度があって、ちょっとやそっとのことじゃビクともしない。
隣の第二闘技場は個人練習や普通の授業で使われる」
簡潔に言うと片桐先生は闘技場に入っていく。
あまりの短い説明に一瞬、俺たちは呆然とする。
が、説明が終わりだとわかり、先生に慌ててついていく。技術棟でも同じことが何回かあったので、今日五度目だ。
中に入ると、意外とでかいことに驚いた。さらに観客席まである。
どんだけ金使ってんだよ。
「さて、さっそく戦ってもらうぞ! 弐村、夏目」
楽しそうに叫ぶ片桐先生。
ちょ、マジでやんの?
横目で弐村を見る。
すると、ちょうど弐村もこっちを見てきた。
交差する視線。
そして次の瞬間お互い、同時に逸らす。
しかし、それでもわかったことがある。
それは弐村に引く意思がないこと。
よくわからないが何かを決意した強い気持ちがあることだけはわかった。
……はあ、仕方ないか。
「じゃあ、弐村、夏目中央の白線のとこに立て」
どうやら始めるみたいだ。
じゃあやるか! ……と言いたいところだが『アレ』が使えない俺は徒手空拳で戦うことになる。
つまり体一つで戦うのだ。
当然危険も増える。
戦闘での怪我ならともかく、準備不足が原因での怪我は勘弁願いたい。
なので、
「……すいません。ちょっと準備させてください」
参崎新夜side
今から僕の親友のアルことアルフレッドが、謎の外部新入生の夏目君と実戦演習を始める……はずだったんだけど、夏目君が「準備したい」と先生に待ったをかけた。
それが今からちょうど一〇分前の出来事。
僕たちやクラスメイトたちが観客席に座る中、二人はお互いの方法で準備をし始めた。
アルはいつものように精神統一。
つまり、目を閉じひたすら自分の中にある魔力を体に馴染ませている。三流から一流まで幅広く扱われる方法だ。
対する夏目君は準備体操。
えっ? って思うかもしれないけど本当に準備体操をしている。今も軽く走ったあと、足首を回し調子を確かめている。
「……なにあれ? ふざけてるの?」
「う〜ん、ちょっとあれはないかもね」
僕の隣では凪と秋奈が夏目君を批判している。
あまり人のことを批判するのは好きじゃないんだけど、今回は凪たちに賛成したい。
普段ならともかく、今から戦うのは僕の親友なのだ。
「……良さんには何か考えがあるんです」
そう言ったのは美夜。
だけどそう言った美夜自身からは自信の無さが感じ取れる。
どうやら美夜も困惑しているらしい。
当然だろう。
ここは魔法学校だ。つまり、扱うのは当然魔法。
それは演習だろうが実戦だろうが同じ。
僕たち魔法使いが扱うのは魔法だ。
ならば試合前の準備も当然魔法をうまく扱えるようにコンディションを整えるようなものになる。
それは一流でも三流でも同じだ。
だからこそ、今夏目君がやっているのは悪ふざけ以外の何物でもない。
周りの生徒も同じことを感じているらしく、「ふざけんな!」とか「弐村負けんなよ!」とヤジを飛ばしている。……主にアルを応援する。
ある意味クラスが一致団結する中、夏目君もアルも全く反応せずに準備をしている。
そんな状態がさらに五分ちかく続いたあと、
「んじゃ、始めるからお前ら用意しろ。
よし、準備はいいな?
……んじゃスタートだ!」
片桐先生によって戦いの火蓋が切って落とされた。