第36話:嵐(5)
片桐先生の突然の登場に一瞬怯んだものの、秋瀬と紫園の行動は素早かった。事前に役割を決めていたのか、お互い合図もなしに行動を始める。
まず秋瀬は体勢を低くすると、弾丸のようにこちらに突っ込んできた。それと同時に、落ち着きを取り戻した紫園が腕を大きく縦に振る。特に変化はない。と思ったら、その手にはいつの間にか黒光りする銃が握られていた。突撃銃、しかもVHSだ。ずいぶんと懐かしいモノを……。
あまりの懐かしさに、俺がある種の感動を抱いていると、
「The gun to my hand」
こちらはこちらで片桐先生が戦闘態勢に入っていた。いつかの時と同じように詠唱し、その手には自動拳銃を握っている。それを躊躇いもなく紫園に向け、ぶっ放した。
乾いた軽い音。それに反比例するように紫園の頭が大きく後ろに反れる。紫園の額に当たったのはゴム弾だった。紫園は手に持った銃を使う間もなく後ろに倒れる。
同時に突っ込んできた秋瀬を蹴りあげた。顎にキレイに突き刺さり、意識を消し飛ばす。
突然始まった戦闘は、一瞬で決着がついた。あまりにもあっさりしすぎていて、恐怖を感じる暇も危険に震える時間も与えられなかった。まるでB級映画を見ているかのようで、命のやり取りをしているはずなのに、ある種の陳腐さを感じてしまった。秋瀬と紫園が悪いのではない。むしろこの歳であそこまで動けるのは異常だと言ってもいい。ただ相手が悪すぎたのだ。
俺が茫然としている間に、片桐先生は銃を消し、どこからともなく出した縄で秋瀬と紫園を縛り上げていた。二人はぐったりしていて意識がないようだ。いつの間にか俺の束縛も外されている。手際が良い。慣れているのだろう。
俺が手錠をかけられていた場所をさすりながら立ち上がると、ちょうど秋瀬たちを縛り終えた片桐先生――いや、二重弾幕がこちらに振り向いた。その顔には薄気味悪い笑みが張り付いている。ニタニタと厭らしい笑み。
「貸し一つだ、夏目」
「……はぁ」
溜め息を吐く。が、異論は挟まない。実際助けられた身だ、文句は言えない。それに来てくれなかったらもう少し長く拘束されていただろうしな。
俺は携帯を取り出すと、ディスプレイを見る。時間は八時ジャスト。静歌からの連絡はやはりなかった。
落胆しつつ携帯を仕舞うと、それを待っていたかのように二重弾幕が口を開く。
「夏目、貸しをもう一つ作る気はないか?」
顔を上げ、二重弾幕を見る。今度は笑みを浮かべていなかった。その目には真剣な光が宿っている。
「ない」
素っ気なく俺は背を向け、部屋から出て行こうとする。これ以上あいつに貸しを作りたくない。何をされるかわかったものではないし、何より危険すぎる。わざわざ自分から火に飛び込んでいく必要はない。
しかし俺がドアノブに手をかけたところで、
「ペンテクスの居場所まで届けてやる……と言ってもか?」
ヤツは切り札を切ってきた。
自然と部屋から出ようとした体を押し止める。ドアノブにかけていた手を降ろし、ゆっくりとヤツの方に振り向く。諦めの色を滲ませながら、言葉を吐き出す。
「……話してみろ」
それを聞いて、二重弾幕がニヤリと笑う。俺が話に乗るのを確信したかのような笑みだった。