幕間:貴族たちの事情
次の話に行く前に、少女の話を読んで言って下さい!
私は八年前、最愛の兄を失った。
いや、別に亡くなったわけではない。行方不明になったのだ。
しかし、それでもたいして変わらないだろう。
この国――日本では、魔法の発見により、いくつもの憲法や法律が改正された。例えば、失踪宣告は、生死不明の状態が七年間続いてからだったが、五年に短くなった。
つまり、私の兄――参崎良夜は三年前に死亡したことになっている。
この事実は参崎家と親しいものは、みな知っている。
現にもう一人の兄――新夜兄さんは、そのことを認めてしまっている。
他にも、幼馴染で同じ十貴族の壱川秋奈や伍塔凪も認め、私に忘れるように言ってくる。
しかし、それでも私――参崎美夜は最愛の兄、いや、最愛の男を忘れることはできなかった。
3 学院(参崎美夜side)
私は今日、名門朱雀エルフィード学院高等部に進学する。
だからといって、特に緊張することもない。
なにせ、中等部からの内部進学なのだ。緊張しろ、という方が無理だ。
というか、昨日も来たから緊張できないんですよね……。
私は、そんな取り止めもないことを考えながら門をくぐる。
見えてくるのは、とてつもなく大きい校舎。
初めて来た人なら威圧されてしまうような存在感を放っている。
しかし、それは初めて来た人限定。初等部から通っている私には、まったく関係なく、むしろ安心感を与えてくれる。
そんな学院に向かって歩くと、一人の男子生徒が立っていた。
背は私より、少し高いくらいで、私と同じ一年生を示すブルーのラインの入ったブレザーを着ている。
なにか困ったことでもあるのか、まったく動かない。
普段ならスルーするところだけど、正直、入口の前に立たれると迷惑なので、声をかけることにした。
いきなり、話しかけるのもどうかと思うので、肩を軽く叩く。
「わひゃあ!」
……驚かせてしまったようだ。
男子生徒は声を上げたのが恥ずかしかったのか、少し俯くと、周りを見回し、笑われているのに気づくと、さっきよりも深く俯いてしまった。
こんなに落ち込まれると、とても罪悪感が湧いてくる。
私は罪悪感をできるだけ無視し、
「あの……」
と声をかける。
すると、男子生徒はやっと振り向いてくれた。
瞬間。
私は頭の中が真っ白になった。
……兄、さん……?
耳にかかる程度の黒髪に、そこそこ整った人の好さそう顔立ち、どこか人を安心させるような雰囲気。
私の中の兄さんをそのまま大きくしたような人がそこにいた。
たぶん、新夜兄さんや秋奈たちは分からないだろう。
誰よりも兄さんを見てきた私だから気付いたのだ。
それでも、やっぱり、確信は持てない。他人の空似かもしれないし、なにより八年前に姿を消してしまっているのだ。
でも……もしかしたら。
少し経ってようやく、混乱する私は、兄さん似の人がジッとこちらを見ているのに気付いた。
あわてて話しかける。
「えっと……何かお困りですか?」
「え?」
「いえ、門の方で立ち止まっていらっしゃったので」
なんとか平静を保って話す。
すると、兄さん似の人は急に頬を緩めなにか考えはじめた。
ど、どうしたんでしょう?
私の視線に気付いたのか、兄さん似のひとはあわてて私の質問に答えた。
「あ、えっと、にゅ、入学式の場所が分かんなくて」
と言うことらしい。
困っているなら助けるべきだし、びっくりさせた罪悪感もある。
なにより、兄さんかもしれないのだ。
それらの感情が私を後押しした。
「あ、それでしたら私も行くところですし、ご一緒しませんか?」
「え? いいんですか?」
もちろん、いいに決まっている。
「ええ。大丈夫です」
「じゃあ、お願いします……」
兄さん似の人も了承してくれたので、二人で並んで歩き始めた。
少し、少しだけドキドキしていたのは秘密です。
その後、兄さん似の人と、体育館のところで別れた。
少しだけ名残惜しかったが、新夜兄さんや秋奈たちと待ち合わせしていたので別れて、今、私は秋奈たちとの待ち合わせ場所に向かっている。
五分くらい歩き続けると、ようやく待ち合わせ場所が見えてきた。
どうやらみんなもう集まっているらしい。
私が急いで駆け寄ると、みんなも私に気付いた。
「遅いよ、みーちゃん」
「ごめんごめん」
真っ先に口を開いたのは、幼馴染兼親友の秋奈だった。
秋奈の文句を皮切りに、
「美夜なんかあったの?」
「大丈夫かい? 美夜」
と凪と新夜兄さんも口を開く。みんな心配してくれたみたいだ。
ありがとう、とみんなにお礼を言ってから、事情を説明する。もちろん兄さん似の人のことは伏せて。
言えば、どんな反応するか分からないし、秋奈や凪は何故かあまり兄さんのことが好きではないからだ。
事情を説明し終えると、もう一人の少年が口を開いた。
「庶民のことなんてほっときゃいいのに」
と悪態をついてくる。
少年の名前は弐村・アルフレッド。十貴族序列二位の弐村家の御曹司だ。
十貴族とは、日本で最も力を持つ魔法使いの十の家系のことで、日本の魔法界最高峰に君臨する集団だ。十貴族は、序列一位『壱川』、序列二位『弐村』、序列三位『参崎』、序列四位『肆空院』、序列五位『伍塔』、序列六位『陸郷』、序列七位『漆草』、序列八位『捌風』、序列九位『玖頭』、序列十位『什文字』の十の家系で成り立っており、絶大な権力を持っている。
アルフレッドは、その序列二位の弐村の次期当主。そのため、自分たちとその他の人たちとの差別がひどく、私はあまり好きではない。
私の不満げな視線に気付いたのか、アルフレッドは不機嫌に問いかけてきた。
「なんだよ?」
「いえ、単純にそういう発言は控えた方がいいですよ」
「んだと?」
「そういうは発言は控えた方がいいですよ」
睨みながら問いかけてくるアルフレッドに、同じことを言う私。
もしかしたら今、私たちの間には火花が散っているかもしれない。
私たちの険悪な雰囲気に気付いたのか、新夜兄さんがあわてて声をあげる。
「あ、もう入学式じゃないかな? うん、もう入学式だ。ほら、遅れたら困るし、僕は代表挨拶があるから早く行こう。ね? みんな」
それに便乗するかのように、秋奈と凪も
「そ、そうだね! しんちゃん、早く行こう」
「そうね、美夜もアルも行くわよ」
と言って歩き出してしまった。
アルフレッドも「チッ」と舌打ちしながらもついていく。
私もゆっくりとみんなのあとを歩く。
少しだけ良夜兄さん似のあの人のことを考えながら。
こうして私の学院高等部生活がスタートした。