第33話:嵐(2)
学院の中を探し回ったが、静歌の影も形もなかった。
現時刻は七時二十分。あのあとすぐに家を飛び出したものの、それでは遅かったらしく、道中どこにも静歌の姿を見つけることは叶わなかった。もしかしたらと思い、学院を走り回って探してみたのだが……
「いない」
額から垂れてきた汗を拭う。走り回っていた所為か、体がいい具合に火照っており、さらに走り回った廊下の窓から差し込んでくる朝日も、体温の上昇に一役買っていた。
俺はもう一度辺りを見回し、代わり映えのしない普段通りの廊下なのを確かめると、デバイスを取り出した。着信はゼロ。静歌の方からの連絡は期待できないようだ。
俺は溜め息を吐いてデバイスを仕舞うと、家を出てからずっと後ろを付けているヤツに声を掛けた。
「いつまで俺に張り付いてんだ。さっさと静歌に会わせてくれないか?」
無音。返事はない。しかし相手が身じろぎしたのが、空気越しに伝わってきた。やはり警戒している相手への尾行には慣れてないようだ。
俺は体を反転させ、誰もいないように見える廊下に言葉を投げつける。
「お前が俺を付けてんのは分かってんだぞ、愛歌」
返事はない。朝特有の静けさの中に、言葉だけがむなしく響いていく。だがこの反応は予想通りだ。気にせず続ける。
「目くらましか? それとも式神? 意外なところで千里眼ってところか?」
やはり返事はない。バレているのは理解できているはずなんだがな……。
何の反応も示さない相手に俺は一度溜め息を吐くと、
「どっちにしたって早く静歌の場所言えよ。俺だって暇じゃない」
反転させた体を元に戻し、他の場所を探すために歩きだす。
しかしそれも一メートルも歩かないうちに、止めることになった。
首筋に当たる冷たい感触。背中にさっき少しだけ感じた気配が現れていた。同時に視界の端に映る白銀の髪が、廊下の奥の階段から流れてくる微かな風に揺れる。
気配の主は俺の首にナイフを突き付けたまま、体温の感じさせない声音で呟く。
「こちらに振り向かず、両手を上げてわたしの指示に従いなさい」
「物騒じゃないか、いきなりナイフを突き付けるなん「わたしの指示に従いなさい」
首筋にある冷たい感触がさらに押し付けられる。ぞくり、と悪寒が背中を駆け上がった。
わかったよ。従いますよ。
俺は両手を上げると、
「どこに行くんだ?」
「黙りなさい。わたしの指示に従って歩きなさい」
冷たい感触を首に感じたまま朝の静かな廊下を歩きだした。