幕間:少女と殺人姫
どこか懐かしく感じる。
私は目の前で揺れる長い金髪を見ながら、ふと故郷のにおいを思い出した。
「ねえ、ここは?」
「図書館です。日本で一番多くの魔法理論書が置いてあるんですよ」
私の簡単な説明に、すごいね、と目を輝かしながら目の前の金髪の少女は感嘆の声を上げた。
彼女は近くの本棚に走っていくと、一冊抜きとり、パラパラーと流し読みし始める。
私はその光景に笑みを浮かべながらも、頭の片隅では彼女をどう撒こうか考えていた。
図書館から出ると、今度は高等部の校舎を案内してほしいと頼まれた。
もちろん丁重に断った……はずなのに、今一緒に校舎を歩き回っている。なぜだろう?
(そもそも死神を見失ったこと自体あり得ないって言うのに、こんなところで足止めを食らうなんて……私らしくない)
そう、今は死神を尾行している真っ最中なのだ。確かに途中見失ってしまったが、だからといって放りだして、暢気に散歩なんてことは許されない。しかも一般の生徒に尾行中に見つかるという、いつも指示だけ出してくるあの馬鹿男に蔑まれても仕方ないほどの醜態を晒したあとだ。なおさら死神を血眼になって探さなくてはならないだろう。だというのに……。
ひっそりと溜め息を吐く。
と、私の横で周りを楽しげに見渡していた彼女が、声を掛けてきた。
「どうかしたの? 顔色わるいよ?」
心配そうな顔。
どうやら溜め息が聞こえてしまったらしい。
慌てて弁解しようと、彼女の方に視線を向ける。
彼女は胸の前で祈るように手を組み、不安げにこちらを伺っていた。
その姿が不意に一つの光景と重なる。
夕焼け。目を刺すような金色。真っ赤な街。悲鳴。紅。冷たい黒。弾ける。混ざる。向かいに住んでいたお婆ちゃん。優しかった。暗い。夜。誰もいない。お父さん。叫んでる。三軒隣のエレナちゃん。ぬいぐるみを抱えてる。泣いてる。その隣。赤い。雑巾みたい。エレナちゃんによく似たブロンドの髪。真っ赤に染まってる。ガラス。私が映ってる。赤い。街が赤い。火。妹。
頭を駆け巡るその景色は、目の前の少女とは似ても似つかない。
それでも頭は壊れたフィルムのように、勝手に過去を再生する。
「うっ」
思わず頭を抑えて、大げさに呻いてしまった。
彼女の顔に浮かぶ不安の色が、加速的に広がっていく。
「ほ、本当に具合悪いの? は、早く保健室に行こう!」
「いや、大丈……「大丈夫じゃないよ! ほら、ふらふらしてるし!」
強引に手を取られる。
彼女は額に手をやり「保健室、保健室……あっちだ」と呟くと、一目散に駆け出した。
当然手をつないでいる私も一緒に走り出してしまう。
「いや、あの!」
「ほら早くしないと、保健室がしまっちゃうよ!」
いや、まだ全然閉まる時間じゃないけれど。
そう言おうとする。でもすぐに口を噤んでしまう。
彼女は私の手を引っ張りながら、楽しそうに笑っていた。
その姿が妹に重なって、私は結局保健室に付くまで彼女のなすがままになっていた。