第26話:進む事態
魔法調査二日目。
俺は朱雀の一年B組の教室で困り果てていた。
「昨日ははぐれてしまったので、今日は最後まで私たちと一緒に回ってもらうんです。だから朝倉さんたちは三人で回ってもらえますか?」
「それは困る。夏目には今日いろいろ手伝ってもらう予定なんだ」
「……いろいろ?」
「そう。エロエロ。……あ、間違えた。いろいろ、だったな」
わざとらしく間違える朝倉さん。おい、ニヤけんな。
その言葉に美夜は「ッ!」と唇を噛み締め、青筋を立てる。おい、からかわれてるだけだぞ? キレんなよ?
美夜が睨みつけ、朝倉さんが笑みを浮かべてそれを流す。
数秒後、
「……どういうことですか、良さん?」
朝倉さんに鋭い視線を向けていた美夜が、不意に俺に視線を移した。黒蝶真珠を思わせる瞳がこちらを見据える。怖い。よく見ると目が虚ろだ。
俺が焦りながらもなんと言えばいいか迷っていると、
「あっれー、お兄ちゃんじゃない! こんなとこにいるなんて、静歌、訊いてないぞっ!」
……背後から正気とは思えないような甘ったるい声が飛んできた。聞き覚えのある声だが、こんな声聞いたことない。
俺がギギッとロボットのような不自然な動作で廊下を振り返ると、そこには朱雀の女子制服を着た静歌が立っていた。ご丁寧にわざわざ中等部の制服で、しかも長かった髪を所謂ツインテールに纏めている。ゴスロリを着ていた時の妖艶な雰囲気や大人っぽさがなくなったが、代わりに年相応の幼さが出ていて凄く可愛い。
まあそれはいい。問題はそこじゃない。
「はいはいー、そこ退いてくれますー?」
問題なのは、いきなりの展開に固まってしまっているクラスメイトをかき分けながらこちらに向かっている静歌自身である。どうしてそんなにいい笑顔なのか分からない。
彼女は普段の大人っぽさを感じさせない幼い笑みを浮かべながら、こちらにスキップでもしそうな勢いでやってくる。
俺の前で立ち止まり、蕩けそうな笑みを浮かべながら甘ったるい声を出す。
「さ、早く行こうよ。お兄ちゃん」
誰がお兄ちゃんだよ……はぁ。
18 進む事態
「で、何であんなことしたんだ?」
「ん? あんなことってどんなことぉ?」
「その薄気味悪い喋り方とその格好だよ」
現在、俺たち――俺と静歌――は技術棟に向かって、南校舎の一階を歩いていた。
時刻は午前九時ジャスト。つまりあの修羅場(?)をなんとか切り抜けて、その後ずっとこの頭のネジが二、三本はずれたような静歌と行動を共にしているのだ。
正直疲れる。
が、そんな俺の憂鬱など分かるはずもない静歌は、質問に対してにこやかに答えた。
「ひどいなぁ。そんなのお兄ちゃんとずっと一緒にいたいからだよ!」
……どこをどう間違えたらこんな状態になるんだよ。
「意味分からん。なんでそんな格好?」
「それはねっ…………とりあえずテンション戻すけどいいかしら?」
「うおっ!」
びびびびびっくりした! い、いきなり無表情になるなよ、心臓に悪いだろ!
静歌の突然の変化に跳ね上がった心臓を俺が抑えていると、驚かせた張本人はしれっとした顔で話し始めた。
「えーっと、喋り方とこの服装だったわね。
まず喋り方はなんとなくよ。いつもの口調よりこっちの方がいいかなーって思っただけ。あとこっちの方が妹っぽいでしょ? だからよ。
次に服装だけど、これは西校舎の家庭科室ってところに置いてあったから、借りてきたの。サイズもピッタリだったしね。髪を結んだ理由も口調と一緒で、なんとなくね」
淡々と説明する。ハイテンションの反動でも出たのか、いつもの不気味なうすら笑いすらない。
静歌はさらに続ける。
「まぁ、カモフラージュの意味があるのも確かよ。世界トップクラスの魔法校とはいえ……いやだからこそ私や貴方のような裏世界の住人がいるかもしれない。そういう人間が私のことを知らないなんて保証はないでしょう?」
だからある程度変装しないといけないのよ、と静歌は締めくくった。
俺なんかは、全く変装せずに名前だけ変えて潜入してるわけだが(俺の場合は姿がある程度知られているというのもある)、静歌みたいな中途半端に有名なのは、そういうのがないといけないのかもしれない。
まあ、確かに必要なのかもな……、でも、
「やりすぎじゃね?」
「……徹底的にやらないと、こういうのは意味がないのよ」
静歌はプイっと視線を横にそらす。プリーツスカートがふわりと揺れる。
その格好でやられると、本当に幼く見えるな。
そんな風にしてしばらく歩くと、技術棟に続く廊下が見えてきた。廊下に入り、技術棟の入口を見ると、ふと疑問が湧いた。自然に歩みが止まってしまう。
俺が足を止めたことに眉をひそめ、静歌はこちらを見る。そんな静歌に疑問をぶつけてみる。
「なぁ、なんで技術棟に来たんだ?」
「は?」
「いや理由が分かんないからさ」
静歌は鳩が豆鉄砲でも食らったような顔をし、呆れたように首をふる。
「分からないでついてき「うん」……はあ」
今度は額に手を当て、大きく溜め息を吐いてきた。失礼なヤツだな。
静歌は歩みを再開すると入口付近まで歩き、その場でくるりと一回転したあと、まだ足を止めている俺を見据えた。
その顔にはいつものうすら笑いが戻っている。嫌な予感がする。というか嫌な予感しかない。
俺が密かに冷や汗を流していると、静歌は慈愛に満ちた笑みを浮かべ、言った。
「貴方が巻き込まれたプチビックバンの爆発事件。その現場検証をするのよ」
嫌な予感は的中した。