幕間:少女の夜
朱雀から数百メートル近く離れた位置に二つの建物がある。
一見ただの高層マンションだが、両方とも朱雀に深く関係している建物だ。
所謂、寮である。遠くから通っている生徒や海外からの留学生をもてなすための寮。
濃淡の青の壁の男子寮。それに一本道路を挟んで建つ薄い桃色の女子寮。この二つが朱雀エルフィード学院の保持する寮だった。
どちらの寮も警備は世界最高水準であり、入れるためには音声パスワード、指紋、さらに生徒一人一人に配布される身分証明カードを専用のカードリーダーに通さないと入れない。さらに入口、裏口には二十四時間体制で警備員が張り付いている。
凄いのはもちろん警備だけではない。
寮は一つ一つの部屋が広く大きく、さらに豪華なシャンデリアや何千万もする家具が置いてある。その広さや豪華さに初めて来た者は唖然として小一時間固まってしまうほどである(とはいえ、世界中から留学生が来ており、その中には王族やら貴族の子も混じっているため、驚かない者も多い)。
深夜。そんな女子寮の中の部屋の一つに一人の少女がベットにうつ伏せで寝転がっていた。暗闇の中、白く触り心地の良いシーツをギュッと握って皺を作っている。
少女は焦り、イライラしていた。それは手際の悪い自分に対してであり、同時になかなか尻尾を見せないあの男子生徒に対してだ。
一日付いて回ったにも関わらず、あの少年は尻尾を見せるどころか途中から自分の追跡を振り切ったのだ。当然焦るし、プライドも傷ついた。
あの少年――夏目良、いや参崎良夜は少女にとって現段階では最も注意するべき人物だった。他にも何人か計画を邪魔しそうな人間はいるが、その中でも良夜は抜きんでて危険な人物だ。計画を頓挫させるという意味で。
もちろん計画が失敗するわけがない。失敗するはずがない。
しかし万が一という可能性があるのもまた事実。不安の芽は摘み取っておきたい。
とそこまで考えたところで、自分がギリギリと歯軋りしているのに気がついた。ふぅ、と力を抜きくるりと回って仰向けになる。
光がないのでなにも見えない。それでも少女には良夜の顔が暗闇の中から浮かんで見えた。
……もやもやする。
目の前にいないのに考えてしまうなんてまるで恋だな、と少女は自分を嘲笑する。
そんな感情は昔に捨ててきたはずなのに。
それからも少女がぼーっとしていると、暗い部屋に突然ピリリと音が響き渡った。
枕元を見ると、案の定携帯の着信だった。連絡してきた相手を見て、思わず顔をしかめる。
一つ嘆息してから体を起こし、通話ボタンを押す。
「もしもし」
「やあ。寝ていたかな? 起こしてしまったのなら謝ろう」
相変わらず不快で五月蠅い。
「そう思うなら早く要件を言ってくれる?」
皮肉る。
「わかったよ。とりあえず明日の計画は今日と同じく『死神』参崎良夜に張り付いてくれたまえ。他の指示は追々連絡する」
「……それだけ? なら切るわよ」
携帯から耳を離し通話を切ろうとする。
と、
「ちょっと待ってくれ」
「なに」
「実は妙な相手が潜り込んだ」
早口で捲し立てる様に話してくる。が、大した情報ではなかった。
「それが?」
「いや、こんなタイミングで朱雀に侵入してきたからな。危険があるかもしれないだろう?」
相手は馬鹿にしたような声音で言う。言外に「そんなこともわからないのか?」と言っているようだった。
その態度が少女のイラつきを加速させる。
「例えどんな相手でも邪魔すれば殺す」
少女が低く唸るように言葉を吐き出す。
シーンと一気に空気が固まる。音が消える。
電話の相手は殺気に当てられたのか、何も言わない。
「切るわよ」
相手の返事を待たずに切る。さらにまた掛ってこないように電源もオフにする。そこまでしたところで少女はやっと一息入れた。
しばらく暗くなった液晶画面を眺め、枕元に放る。
それからまたうつ伏せで倒れこむ。ギシギシとベットが悲鳴を上げた。
やがて静まり返る室内の中で、少女は一言静かに呟いた。
「みんなみんな殺してやる」
夜は更けていく。