第24話:殺人姫と切り裂きジャック(4) 静歌side
一歩踏み入れて抱いた感想は、「殺風景」の一言に尽きた。
おそらく手を加えていないであろう白い壁に、ポツンポツンと寂しげに置かれている少量の家具たち。インテリアなんてものがまるで無視されていて、おまけに彼が就寝時に使っているであろうベッドの上には、無造作にも銀弾がむき出しの状態で投げ出されていた。台所の方を見ると、使われた痕跡のある皿や鍋が水につかっており、少なくとも独身男性が陥りやすいカップ麺やコンビニ弁当だけの生活はなんとか回避しているようだ。とはいえ、それがさらに殺風景具合を増長させているのは言うまでもない。
私が周りを無遠慮に見回していると(一応自覚はある)、彼がそわそわしながら椅子を勧めてきた。
特に断る理由がないので、彼が勧めてくれた席に腰を下ろす。と、彼がまだ買って間もないであろう新品の木の机を挟んで、私の対面に座る。
しばし沈黙。どちらも喋らない。こういうのを文学的に表すと、空気が死んでいると言うのかしら?
やがて沈黙が耐えられない……というよりなかなか話さない私に対して我慢できない、というように、彼が話し始める。
「あのさ、どうしてお前は俺んちに来たの? というか何でここで世話になる予定になってるの? そもそもどうして日本に来たの? 何で一年も前に俺らから逃げたわけ? てかさ、あの、……なんか喋ってください」
続けざまにぶつけてくる質問。そのほとんどが今の私には答えられない。いや、答えようと思わない。
彼の質問を無視し沈黙を守っていると、私に喋る気がないのが分かったのか、彼はまた押し黙る。むっつりと顔をしかめ、拗ねたように前髪を弄っている。その仕草が一年前と変わっておらず何故かほっとした。
「……日本に来たのは清算よ」
「は?」
私がいきなり話し始めたのに驚いたのか彼は面食らう。口をポカンと開けて固まっている姿はなんだか面白い。それにしてもそんなに驚くようなことかしら。
少しの間硬直し、慌てて問いかけてくる。
「いや、それだけ言われても困るんだが!?」
「それだけって言われてもねぇ。本当にそれだけだし」
「それだけってお前…………まぁいい。良くないけどいい」
「そう? 助かるわ」
「……はぁ。じゃあどうして俺んちに来た?」
「言えないわ」
「何で俺が世話する予定になってる?」
「言えないわ」
「一年前に俺らから逃げ「言えないわ」……そうかい」
はぁ、ともう一度溜め息を吐き、彼は目を瞑って背もたれに寄りかかる。椅子がキィ、と悲鳴を上げる。
またまた沈黙。することがないので、目を瞑り微動だにしなくなった彼を見やる。
お世辞にも綺麗とは言えない煤けたような黒の髪。まるで乾いた血のような色にも見えるその髪は、一年前に私の見た黒曜石のような艶がまるでなくなっていた。そのことを残念に思いつつ、視線を下げる。今度見えたのは整っているのかいないのかよく分からない顔。見ようによっては二枚目にも普通にも見える。いや、本来は二枚目なんだろう。何せ、弟は絶世と言ってもいいほどの美少年なのだ、その兄である彼が不細工だとは思えない。ということは……。
「やっぱり貴族って恐ろしいわねぇ……」
「ん? なんか言った?」
「いえ、なんでもないわ。それより、話があるのだけれど」
「……おい」
何故か不満そうな顔をする。どうしてかしら。
私がそのことを聞くと、彼は刺々しい表情で、「人の質問に答えずに、自分の問題だけ解決しようとするのは虫のいい話じゃありませんかね、静歌さんや」と言った。
なんだそんなこと?
「大丈夫よ、貴方にも関係あることだから。むしろ貴方が一番関係あるわね」
「は?」
彼は眉をひそめ怪訝そうな顔をする。
その表情に吹き出しそうになりながらも告げる。
「ふふ……例えば、今回の切り裂きジャックは私の生き別れた姉、と言ったら……どうする?」
「……は?」
顔が引きつった。やっぱり面白い。